第一幕 蓮華姫婚姻譚/こんがり童子と龍の姫君 その12
「おトヨさーん!」
少女は老婆に駆け寄った。老婆は初め誰が近寄ってきたのか分からず怯えた声をあげたが、自分をのぞき込んだのがあの蓮華であることに気がつくと、あああ、と感極まった声をあげた。
老婆は少女のことを枯れ木に似た老いた腕で強く抱きしめてくる。
「れ、蓮華姫さま!蓮華姫さま!よ、よくぞ、よく……ご無事で」
「うん。おトヨさんも」
「ええ……ああ、とんでもないことになってしまいました」
「わかってる。リョウゼンだね」
「あ、あの鬼畜めは……ああ、許せねえですだ!里を焼き払い、皆を殺していたぶりおった……ッ!お、オラの孫たちまでも……ッ!の、呪いの『贄』にするだと……ッ!!」
老婆は怒りに狂う。心優しいおトヨがこんな顔をするのか、と蓮華は衝撃を受けた。
「もう、いつ死んでもええと思っていました大年寄りのオラですが、今日だけは死ねないですだ!あの鬼畜どもを楽しませるために死ぬのだけは、絶対にイヤじゃあ……ッ!!」
「だいじょうぶ。おトヨさんは死なない。私がぜったいに死なせないよ。ちょっとガマンして、矢を抜くから」
「は、はい」
少女は老婆の左肩から矢を抜いた。痛くして、ごめんね。
少女はそうつぶやきながら、矢を抜いたことで出血が酷くなった方の傷口に、治癒の術を老婆に施していく。
霊力が白きかがやきとなり、奇跡の力が老婆の傷をまたたく間にふさいでみせた。
そのやりとりを見ながら天歌はよろこぶ。蓮華が見せたその能力は、自分にとっても価値がありそうだと確信したからだ。
老婆は泣きじゃくりながらも、少女に伝えてきた。
「うう、オラだけがこうして助かってしまいました……さ、里の者たちもがんばったのです。それでも……もうしわけない、姫さま。お屋敷は、すでに敵の手に落ちてしまいました。お、お館さまも奥方さまも……おそらく」
「……そんなっ!じゃあ……姉さまは?」
「わ、わかりませぬ」
「……そう。なら、急いでみんなを助けに行かなくちゃ」
「ええ。そ、そうしてくだされ。オラはこれだけ手当していただければ、もう十分です」
おトヨがよろつきながらも立ち上がったころ、おーい、という声をあげて大牙が馬に乗ってやって来た。
天歌は、おそいぞ、と文句をつけるが大牙は口を尖らせて反論する。
「深谷王と一緒にしないでよ。この馬だって、僕の霊符で強化してようやく……」
「言い訳してんじゃねえよ。お里のヤツはもう来てるぜ」
天歌が近くの林に身を潜める女を指差した。
彼女は里であばれるリョウゼン軍をこっそりと弓で狙い撃ちしている。いまだ一人の敵も倒していない大牙は、ばつが悪そうだ。
「僕だってがんばったんだよ。でも、大妖怪の一人娘は術者としても優秀なの!」
「それならお前も人間代表としてもっと腕を磨け。負けんなっつーの」
「……ううっ。なんだか厳しいな」
「おい!男どもー!戦闘中なのはうちだけか?話し込んでないで、さっさとリョウゼンどものところに殴り込みかけんかい!まだ生きてる村人たちがおるんやで!」
「まだ生存者がいるだと?……そうか。そいつらをここに集めるように誘導できるな?」
「ああ。僕の『虫の知らせの術』をつかえばね」
「お里と大牙はここでそいつらを守れ。殴り込みはオレに任せろ!おい、蓮華!」
「うん!私が屋敷まで案内する!リョウゼンを倒し、皆を救うんだ!破戒僧殿、お里殿、おトヨさんのことを頼んだぞ!」
少女が坂を駆け下りながらそう叫んで、深谷王の背へピョンと勢いよく飛び乗った。
深谷王はいななきの声をあげ、意気揚々と戦場のまっただ中を目指して坂を駆け下りていく。
「…………れ、蓮華さまには、とても言えませんでしたが」
「え?」
老婆が大牙を前にしてボロボロと大粒の涙を流していた。誰かに聞いて欲しい言葉があるのだろう。
僧侶の姿をしている大牙は適任だと感じたのかもしれない。老婆の告白は続いた。大牙はうなずき、彼女の心の叫びに付き合うことにする。
「……琥珀さまは、と、とても口には出来ない目に遭わされて……すでに―――」
「……そうですか。大変でしたね、お婆さん」
「……うう。ど、どうして、こんな年寄りだけが生き残されたのか……ッ!」
「……きっと。見届けるためだと思います。この地に『天狗』はやって来た。リョウゼンは、夜明けを迎えることなど出来ぬでしょう。あいつ、あれでかなりお節介ですから」
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