【2】

 夜七時、父にバトンタッチされたカフェは、おしゃれさを増す。悔しいが父はお酒も料理も作るのがうまく、多くの人が快適な空間を求めてやってくる。

 私も、できるだけ手伝うことになっている。今のところ昼間は大赤字だから仕方がない。ま、看板娘はいるだけでも価値があるのである。

 毎晩のように来るのは、ギターを持った三人組のおじさんたち。地元では有名な金持ちグループだ。何の仕事をしているか知らないが夕方から暇になり、いつもギターの練習をする。そしてそのあと飲みに来るのだ。

「そういえばさ、近所でプロ棋士見たぜ」

 おじさんの一人、アゴヒゲ山本。プロキシというのは聞いたことがあるが、ネット上のものでそこら辺に転がってはいないと思う。酔っ払っているのだろう。

「へー。誰」

「名前は忘れた。あんまり有名じゃないんだよな。ただ、去年一回テレビ出てた」

 話の内容はさっぱりわからない。まあしかし気前よく飲んで食べて、たまにかっこいい演奏を聴かせてくれる、いいお客さんたちだ。

「マスターは見たことないの」

「うーん、よくわかんないなあ。見たかもなあ」

 父は薄くなってきた頭をかきながら、首をかしげる。この人はいわゆる聞き上手だ。どんなにいい加減な話でも、否定したり無視したりしない。私にとっても理想的な父親だが、母にとって理想的な夫ではなかったらしい。

「それさ、池永五段じゃない」

 そう言ったのは伊達眼鏡斉藤。口数が少なく、モスコミュールばかり注文する。

「池永? そう言えばそんなんだったかな」

「昔あった、駅前の時計屋の息子」

「時計屋? ああそう言えば池永さんだったか」

「確かに、将棋好きだったなあ」

 最後の言葉は、ロレックス進藤。高級時計にとりつかれた男だ。ところでショーギスキとはまた何のことだろう。

 とりあえずわかったのは駅前にあった時計屋さんの息子(池永)がネットに関係する何かの仕事をしていて、テレビ出演もしたことがあるショーギスキであるということだ。よくわからん。

「笹子ちゃんは見たことないの」

「うーん、ちょっとわかりませんねえ」

 何となく興味は湧いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る