第二章 王都の洪水貴族

第15話 メインウェポン調達


 ミスター・クラフトとの決闘で汗をかいてしまったので、またお風呂を借りることにした。


 気持ちよく汗を流して、リビングに戻る途中、廊下で婚約者の姿を見つけた。


「エド、エド……」


 瞳を潤ませ、もじもじ恥ずかしそう俺の名前を呟いていた。


 ただならぬ気配に、俺は息を呑んだ。


 あれ、狂気に呑まれてる……?

 

 『フラッドボーン』では、物語の進行にあわせてだんだんバーナム市民たちが″イカれだす″のごお約束となっている。


 一応、俺がモブキャラなら、もちろんマーシーもモブキャラなので、彼女も物語進行にともなう″発狂度の増加″から逃れることはできない。


「エド、エド……!」

「ど、どうした、マーシー! しっかりしろ! 狂気に呑まれるな!」


 マーシーの細い肩に手を乗せる。


「エド、エド、エド……大好きーっ!」


 マーシーはほっぺたを赤く染めて、俺の耳に噛みついて来ながら言った。


 なんだ、ただ可愛いだったかぁ。


「俺も大好きだよー、よしよし」


 俺は柔らかい彼女の金髪をなでて言う。

 抱きしめると、俺のお腹あたりに彼女の慎ましい胸あたって、ふにゃあっと潰れる。

 

 これは、よくないよ。うん。


「くんくん♪ えへへ、エドの匂いがする〜!」

 

 マーシーは鼻をヒクヒクさせて、おでこを俺の胸にこすりつけてくる。


 だめだ、このマーシーは可愛すぎる。

 

 このままだと、おっさん暴走してしまいそうだ。

  

「マーシー、ちょっと、落ち着いて」


 マーシーを引き剥がして、甘える声で後ろから抱きついてくる彼女をそのままに、俺はリビングに戻ることにした。


 リビングに入ると、ミスター・クラフトがいた。


 ミスター・クラフトは俺を見とマーシーを見るなり目を丸くする。


「エドウィンくん。それにマーシーも…………あー、ふたりとも、世界に没入してるところ悪いが、少しいいかな?」


 ミスター・クラフトは恥ずかしくて見てられないとばかりに、視線をそらして言った。


 仕方ない。

 俺たちは今、最高にあつあつのカップルだからな。


 ただ、まあ、そんなこというと「やっぱり、娘、返して」とか言い出しそうだし、見てる側としてはうざいだろうから、ここらへんでやめておくことにする。


 マーシーの頭を撫でて、二階で待っているようつたえた。


 それを見てミスター・クラフトは、机の上の″銃″を手にとって悪どい笑みをうかべて言う。


「よかった、エドウィンくん。これ以上イチャつこうものなら、コレを使って頭を撃ち抜いてるところだったよ?」

「……勘弁してください。顔がマジじゃないですか」


 俺はそう言って、ミスター・クラフトから危ない凶器を受け取った。


 たたいま、婚約者の父君からいただいたのは、『銀人』が『魔獣狩り』に使用する銃だ。


 水銀弾を撃ちだす特殊な銃で、銀人たちは弾を撃つ前に、水銀に射者の血を混ぜで携行しておくのが常のかわった逸品。


 モブキャラの俺はステータス上、水質だけはまともに高いので、近接戦が弱くても銃の威力だけは、高い数値を叩き出せる。


 中折れ式の単発銃。


 俺はバレルを開いて、試しに水銀弾をこめて、ひっかかりがないかを確認する。


 


「パーフェクトだ、ウォルター」

「え、エドウィンくん? 急にどうしたんだね?」

「いえ……すみません、なんか急に言いたくなっちゃって。……んっん、鏡のように磨き上げられたハンマー。リロードの際にもひっかかりが少なく、排莢作業を確実におこなえる。アイアンサイトも見やすくされてますね、『魔獣狩りの短銃』、素晴らしいです」

「ずいぶんと手馴れているね……ふふ、まあ、銃の質に関しては当たり前だろう、エドウィンくん、それはこの私の鍛治工房で造ったんだからね」


 ミスター・クラフトは自慢げに語った。


 『魔獣狩りの短銃』とは、『フラッドボーン』を代表するもっともポピュラーな銃武器にして、最初期に手に入る武器のひとつだ。


 単発式、先端がやや広がったラッパ銃であり、威力はそこそこ、もそこそこ。


 汎用性があり、使いやすい。

 もっとも、ステータスの水質を上げることによる、ダメージの上昇率ーー『フラッドボーン』では補正値などと言うーーは、良い部類ではないので、最高のダメージは期待できない。


 だが、最初に持つ武器としては十分すぎる性能だ。

 

「あの、クラフトさん、この銃ってリロードしないとダメですか?」


 銃を片手でまっすぐ構え、俺はミスターにたずねた。


 ミスターは不思議そうな顔をして「当たり前だろう? 銃なんだから。ていうか今してなかった?」と、疑問符を頭のうえにうかべて、至極真っ当なことを言ってきた。


 やはり、そうか。

 いや、わかってたよ、モブキャラには必要だって、銃のリロードが。


「はあ……」


 俺がおかしな質問をしたのには訳がある。


 『フラッドボーン』というゲームでは、基本的にプレイヤーは″銃のリロードをしない″。


 そう、しないのだ。

 明らかに単発式の銃なのに。

 どうみても次弾を装填してないのに、バンバン連射できるのだ。


 これはスピード感のある、スタイリッシュな死闘を演出するためらしい。


 本来ならリロードしないと撃てるわけないのにな……。

 敵であるモブキャラたちは、ちゃんとリロードするのにな……。


 ただ、「リロードしないと撃てないよ」に対して「はい、そうですか」と素直に認めるわけにはいかない。


 なぜなら、単発式銃のリロードなんてした事ないし、一発しか弾が撃てないなんて、縛りプレイもはなはだしいからだ。


「クラフトさん、この銃、あと5丁ください」

「?!」


 一発しか弾が装填できないのなら、たくさん銃を持てばいい。


 よし、これで問題は解決だな。


「二丁拳銃、銃の使い捨て……ふふ」


 厨二心くすぐるスタイルに、不思議と笑みが溢れてしまった。


「エドウィンくんは、そんなに強いのに、なぜわざわざ銃を使うなんていうんだい?」


 この世界の銃は、わりと当たっても死なないような設定があるので、彼の発言はおかしくはない。


 普通に考えて銃使わないで、剣をふるとかバカかよ、と思うがここはゲームの世界だ。


「マーシーを守るためですよ、クラフトさん」

「む、ならば、仕方ない。ありったけの『魔獣狩りの短銃』を持っていくといい」


 どうやらミスター・クラフトに変なスイッチを入れてしまったらしい。


 この晩、俺の家には合計8丁の『魔獣狩りの短銃』と300発の水銀弾が届けられることになった。


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