十代短編集
柳なつき
中2
虫の死骸
下駄箱の中は、虫の死骸でいっぱいだった。
またか、と
裕子はスクールバックから、軍手とスーパーでもらえるビニール袋を取り出す。軍手を両手にはめ、虫の死骸をビニール袋の中にうつし始める。
気持ち悪い。裕子は込み上げてくる吐き気を必死で抑えた。裕子は虫が大の苦手だ。蟻一匹足を這い上がってきただけでパニックに陥るくらい、苦手だ。それなのに今、ゴキブリやらクモやらの大きな死骸に、軍手越しとはいえ触れている。顔を真っ青にしながらも、裕子は黙々と作業の手を休めない。
今職員室に駆け込んで事情を話して、この忌々しいものを片付けてもらうことだってきっとできるんだろう。しかし裕子にとって、その行為は死骸の片付けよりも苦痛を伴うものだった。
先生たちに、延いては家族にこんなことが露見してしまったら。なけなしのプライドをこれ以上傷付けられるのは嫌だった。
ようやく下駄箱はそれなりにきれいになった。死骸が詰まったビニール袋の口を固く結び、スクールバックに押し込む。軍手をはめたままの手で、スニーカーにくっついていた虫の羽やら足やらをはたき落とす。成績が上がったから、と買ってもらったコンバースのスニーカー。桃色の大きな星が可愛くて、それに全体は白いから校則面でも全然大丈夫。ずっと欲しかった靴だった。履き始めてまだ一ヶ月。なのに、もう薄汚れている。「まだ買ったばかりなのに、もうこんなに汚しちゃって」といささか訝しげに言う母に、取り繕って話すのは大変だった。
でも、こんな誤魔化しいつまで通用するだろうか。
放課後の校舎を、紅色の光が包み込む。遠くから聞こえてくる、部活中の生徒たちのはしゃぎ声。
玄関から校舎の外に出る。汗をびっしょりかきながら走る、一年の男子とすれ違う。
空を見上げると、秋の夕暮れは美しすぎた。こんなに気持ちが悪いのは、虫の死骸のせいだけではないかもしれない。
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