2倍マンのせいで世界は灰色

ちびまるフォイ

他人の幸福は蜜の味

部屋の片隅に男が座っていた。


「私は2倍マンです。私とあなたは同じ存在。

 ですが、私の感覚はあなたの2倍です」


「なにいってんだこいつ」


「試しに、なにか食べさせてください」


冷蔵庫で冷やしていたプリンを2倍マンに食べさせた。


2倍マンが食べた瞬間、自分の口の中にも味が広がった。

その旨さたるや何十年も断食したあとの最初の食事のような感動。


「な、なんだこれ!? こんなに美味しかったのか!?」


「驚きましたか。私の感覚はあなたに2倍になるんですよ」


「次はこれをやってみてくれ!」

「いいですよ」


2倍マンにゲームをやらせた。


自分がやっているわけでもないのに、ドキドキが2倍で伝わってくる。

ちょっと勝利できると脳内がすさまじい幸福ホルモンで爆裂しそうになる。


「しゅ、しゅごぃぃぃ!! こんなにおもしろいなんて!!」


「2倍マンはなんでも2倍になるんですよ」


「次はこの泣きゲーをやってくれ!」

「もちろん」


展開を知っていても、2倍の波はそれを凌駕して感動させてくれる。

単純に考えても自分の感覚が2倍になった。


「2倍って最高だ!!」


これまでつまらないと思っていたものも、2倍増しになるので楽しくなる。


単調で飽きていたテレビ番組も。

読み飽きていた漫画も。


いまや子供向け番組だってワクワクしながら見れてしまう。


あらゆるものを2倍マンに貢いでは、その2倍の感動を受け取っていた。


ある日のこと、たまには掃除でもしようかと立ち上がると足元がふらついた。


「あれ? 危ねっ!」


よろめいて壁にぶつかった。

こんなこと今まで感じたことがなかった。

体に力が入らない。視界もぼやける。


「なにか変なもの食べたかな……」


自分の食べたものを思い出そうとしたとき、何も食べていないことに気づいてしまった。

食べ物は2倍マンに与えている。


わずかな量でも満腹感は2倍。

そのうえ、美味しさも2倍。


お腹いっぱいになるので自分自身で食事を取っていなかった。

2倍マンがぶくぶくと太っていくのに対して、自分はみるみる痩せていた。


「さすがに……これはまずい……な……」


冷蔵庫に残っていたプリンを取り出して口に運ぶ。

口に入れた瞬間に吐き出してしまった。


「まっず!! どうなってるんだ!?」


どぎつい化学薬品を固形にしただけのような味を感じる。

2倍マンを通して感じるあの鮮烈な美味しさはどこにもない。


「もしかして、慣れすぎてしまったのか……?」


あらゆるものを2倍マンに与えたことで、2倍の感動が普通になっていた。

本来の感動を味わってしまうと「普通」の1/2のように感じてしまう。


なにを食べても、なにを飲んでも同じだった。

しまいには水すら薬品臭くて受け付けられなくなる。


「俺は今までこんなものを平然と飲み食いしていたのか!?」


2倍マンが来るまでの自分の日常に絶句した。

おいしい高級な水やおいしい高級な食べ物を用意してやっと満足できる。


しかし、それを2倍マンに与えると、その2倍の感動のうち震える。

ひとたび2倍マンに与えてしまったら、もう前の満足では物足りなくなってしまう。


「腹減った……でも何も食べたくない……」


ついに倒れてしまった。


何を食べても「2倍マンに与えたら2倍感動できる」と脳裏にちらつく。

今自分が味わっている感動は1/2だと思い込むと嫌になる。


1/2しか美味しさを感じられないものを食べる気になれない。

目の前に2倍の感動を与えてくれるものがあるならなおさらだ。


「どうしてこんなことに……」


視線の先には2倍マンがいた。

思えば、こいつが来てからあらゆる感動が1/2になってしまった。


2倍の感動を知らなければ、餓死寸前まで追い込まれることもなかった。

最初から今以上の感動があることを知らなければ、現状で満足できたのに。


「な、なにをしているんですか……!? 包丁を置いてください!」


「お前がいなければ、2倍の感動を味わうこともない。

 俺は前の1/2で満足できていた普通の日常に戻れるんだ……!」


「ひぃぃぃ!! やめてーー!」


逃げる2倍マンを追い詰めて包丁を突き立てた。

刃先が皮膚を裂いた瞬間に自分へ2倍の激痛が走る。


「ぎゃあああーーーーー!! い、痛ってぇぇぇーー!!!」


あまりの痛さに包丁を投げ捨て床にもんどり打って倒れる。

そのままゴロゴロと転がりながら痛みに耐える。


「だからやめてと言ったでしょう! 痛みも2倍になって戻るんですから!」


「ふざけんなぁ!! ちくしょう! 痛いィィ!!」


たかだか薄皮一枚切っただけでこの激痛。

2倍マンを殺すために必要な痛みに自分が耐えられそうもない。


けれど2倍マンを処分しない限り、自分に待っているのは1/2にされた灰色の日常。

あんなのが続くならいっそ死んだほうがマシだ。


「……死んだほうが、マシ……」


床に転がった包丁を手にとって、自分の足に刺してみる。

2倍マンで味わった痛みに比べればなんてことはなかった。


2倍の激痛を味わって2倍マンを殺すことよりも、

1/2の痛みで済むなら自分を殺したほうがいいんじゃないか。


どのみち、2倍マンを殺して手に入れた日常では、今後1/2の感動しか得られないのだから。


「まあ、いいか」


俺の最後の言葉はあっけないものだった。

命を断ったその時でさえ、絶望も痛みも1/2しか感じなかった。




死を知った両親は、俺より3倍は絶望した。

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