第4話



「まったく……今回ばかりはホント呆れましたよ」


 研究室のソファの上で、平子は入れたばかりのお茶をすすりながら、教授に向かって容赦ない言葉を浴びせていた。


「おかしいと思ったんですよ。先生が一目惚れするわけないって。しかもいくらあのインコが貴重でも、告白まがいのことをしてまで手に入れようとするなんて……ほんっと信じられない!」


「平子くん。告白じゃないよ、立派な計画さ。花言葉を引用した方が効果的に話を進められるから、そうしただけじゃないか。現に君だって惚けていただろう」


「それは大好きな人から送られた言葉だからです! ほぼ初対面の女性に『輝くばかりの美しさ』なんて言い出したら、ただのナンパです!」


「うーん、もう少しゆっくりと説得するべきだったなあ。あのインコの美しさについ我を忘れてしまったよ。残念でならないなあ。あれほどの個体を観察しにも行けないだなんて……」


「出禁ぐらいで済んで良かったじゃないですか。しかし先生も落ち込む事があるんですねぇ。あ、そういえばどうして突然、話の相手をお母さんの方に変えたんですか?」


「『誤解をときたい』って言ったろ? 最初はあの若い店員が飼い主かと思っていたので、彼女に交渉したんだ。けれどあのインコは普通のペットショップでは扱っていないし、若い子の給料で買える値段でもない。だから気にはなっていたのさ。あの母親を見た時に、正当な飼い主は彼女だということに気づいた。それで交渉する相手を変えたんだ」


 教授は得意げに解説していたが、急に虚しくなったのか頭を押さえた。


「平子くん、もうあの鳥の話をするのはよしてくれ。いまでも店に行きたくてうずうずしているのだけれど、それはすまいと自分に言い聞かせてるんだから」


「まあ次にあの調子でいったら、間違いなく通報されますけどね。まあ、先生も頑張れば告白まがい・・・の事ができるって分かっただけでも良かったかな。これを機に、人間の女性にも興味を持ってくださいね!」


 その時、机の上に置いてあった黒木教授のスマホの着信音が鳴り響いた。


「おっと、南エクアドルの鳥類学者とりなかまのルーニーからだ。おっと! ベニタイランチョウの繁殖が観察できる絶好のスポットが確保できたらしいぞ!」

「ベニタイランチョウ? チョウチョですか?」

「まったく、君はそれでも僕の助手なのかい? 南米に生息するスズメの仲間じゃないか。しかも固有種は貴重なんだぞ。平子くん、少しは鳥の繁殖にも興味を持ちたまえ。彼氏との交尾のことだけじゃなくね」

「こ、こ、交尾っって!!」

「さっそく出かけるぞ。このチャンスを無駄にはできない」

「へ……まさか、これからですか?」


 黒木教授は足元から巨大なリュックを取り出し、カラナビやロープなど、フィールドワークで使うクライミング用具を放り込み始めた。


「この前はビデオのバッテリーが切れてしまったからな……余分に持っていかないと……」

「あ、あのお、先生? 以前からお伝えしているのですが、明日私はお休みを申請しておりまして……忘れてませんよね? 一週間ぶりのデート――」

「またにしてくれよ。君がデートに行くと、次の日に必ず落ち込むじゃないか。『あれが失敗した』『ああ言えばよかった』『ナニできなかった』とか。研究のパフォーマンスに影響するぐらいなら、僕のフィールドワークに付き合ってもらった方が、全然有益だと思うのだが」

「なぁぁんてこと言うんですか! 何ハラかもよくわからないし、それ以前にめっちゃ失礼じゃありませんか!? わたし今回はぜぇったい行きませんからね!?」

「そうか……なら仕方ない。今回は私だけで行くよ。ルーニーには予約を断っておくから」

「ぜひそうしてください! ん。予約?」

「『ヒラコサンの為に、エクアドルで最高のスイーツのレストランを予約するよ』って言ってくれたのだがなあ」

「……へ?」

「えーっと、エイト環も用意したし、トレッキングシューズは……少し臭いが履けるな。大丈夫」

「せ、先生? あの……スイーツ……ですか?」

「ん、ああ、何でも五つ星のレストランからシェフを引き抜いたそうだよ。ティラミスが最高だとか言ってたな」

「てぃら……みす……」

「ああ、君のために写真ぐらいは撮ってきてあげるよ。ちゃんと食べる前にね。」

「も、もう! 先生ひどすぎます! わかりましたよ! 行きますよ! ご一緒すればいいんでしょう!!」

「あ、そう? じゃあキャンセルの連絡はしなくていいね」

「観測場所は……エクアドルのどこですか」

「ガラパゴス諸島!」

「……ええええええ!!!!!」

「よし、準備完了だ。縁起をかついで、どこかで一輪のガーベラを買っていこう。花言葉は『冒険心と我慢強さ』だ!」





奇鳥男(きちょうメン)   おわり

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