プライムミサイル

美玖(みぐ)

第1話 暴走事故

 それは突然の出来事だった。

 雄二が市立図書館を出て国道横の歩道を歩いていると、後方で車のタイヤの鳴る音と悲鳴が聞こえた。彼が振り返ると銀色のハイブリットカー『プライム』が約百メートル後方の市立図書館の出口からタイヤを軋ませながら左折し国道に飛び出した所だった。

「あの車は、確か……? でも何でそんな速度で?」

 その車は更に強烈な加速を続けながら雄二の横を通り過ぎた。車内には三名の人影が見える。三人とも先程のイベントでの主役だった人達だった。運転席の老人が目を見開いているのが見えた。後席の若い女性が叫んでいるのも見える。

 『プライム』はこの先の赤信号のT字交差点に加速しながら突っ込んでいる。信号待ちしている車を避ける為、運転手はハンドルを右に切った様だ。車が対向車線に飛び出した。百キロを超えるスピードで交差点に差し掛かると、そのままベビーカー押している女性を跳ね飛ばしたのが見えた。そしてT字路先の廃業した本屋に速度を落とさずに飛び込んだ。物凄い衝撃音と共にそこら中から悲鳴が上がる。

 雄二は駆け出すと、丁度、青信号になった交差点を渡り、その本屋に飛び込んだ。

 『プライム』は店舗に残っていた本棚を押し潰し、店の奥の壁に衝突して大破していた。

 エンジンコンパートメントが完全に潰れ、運転席と助手席、そして後席のエアバッグが展開している。窓は全て割れて、車体は大きく捻じ曲がり、ドアを開けるのは無理そうに思える。中に乗った三人は幸い息がある様だ。頭が動いているのが見える。しかし……。

「ガソリンが漏れているのか?」

 雄二は異臭を感じ、車の下方を覗くと液体が床に漏れ出しているのが分かる。

「急がないと爆発してしまう」

 雄二はまずは割れている後席窓から『理紗』に声を掛けた。

「理紗さん! 今、引き出すからシートベルトを外して!」

 事故の衝撃で朦朧としていた彼女は、その声を聞き、ボンヤリと雄二を見た。

「雄二さん……?」

「理紗さん、早くするんだ!」

 雄二の緊迫した声を聞いて彼女はハッとして、急いでシートベルトを外すと後席窓から手を出した。雄二は力を込めて彼女を窓から引きずり出した。

 そのまま彼女を床に降ろし、彼は言った。

「豊国さん達を助けるから、ここで待っていて!」

 理紗が頷くのを見て、雄二は車の助手席に駆け寄った。そして同じく割れた窓から助手席に座る夫人を引き出した。丁度、運転席側でも他の何名かの男性が運転席の男性を救出していた。雄二は夫人を抱えると、床に蹲って震えている理紗に叫んだ。

「理紗さん! 車が爆発する! 店の外に出るんだ!」

 雄二を振り返った理紗は大きく頷き、フラつきながら店の外へ歩き出した。雄二が夫人を抱いて外に出ると、運転席の男性も二人の男性に抱えられ店の外に出て来た。

 その瞬間だった。夫人を抱えている雄二の背中で『プライム』が爆発した。車は店の中で物凄い炎を上げている。幸いな事に巻き込まれた人は居ない様だ。

 雄二がホット胸を撫で下ろして振り返ると、本屋の十メートル程先の歩道に人だかりが出来ているの気付いた。理紗がその場所へフラフラと歩いていくのが見える。

そして、その人だかりの中を覗いて彼女は悲痛な叫び声を上げた。

 雄二がそこに近付いて見たのは、通常では考えられない角度で身体を折り曲げ、大量の赤い液体の上に横たわる、若い女性と乳児の遺体だった。

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