魔力は欲しいのです
「ケホッ……ケホッ……」
ヤエという少女は、エゾリスと呼ばれる種族の少女だった。
幼い頃に捨てられていて、既に身体は病に蝕まれていたそうだ。
『魔力暴走に恐れを抱いた親に、見放されてしまったのでしょう……』
そんな話を聞いてはいたが、何度思い返してもひどい話だと思ってしまう。
その足で誰かに相談はしなかったのだろうか?
すぐに治療をしていたら、もう少しマシになったとは思わなかったのだろうか?
全身毛で覆われている獣人族だが、病気になると目に見えて毛質が荒れてくるそうだ。
ヤエも例外ではなく、本来のサラサラしたものではなくゴワゴワと太さはバラバラで絡みやすくなってしまっている。
それでも引き渡しに際し、少しは整えてもらっているみたいだ。
身長は90センチ、大人のエゾリスでも1メートルと少しだから、成長が悪いということはないそうだ。
耳も合わせて、だからシュンと垂れ下がった今の状態では70センチくらいなのだけど……
『小さい……』なんて口にはできないけれど、すごく頭をなでたくなる小動物感。
首輪を外されて、おじいさんがヤエに説明をしているようだ。
声が聞き取れないのだけど、多分僕やフロックスの言うことを聞くようにと言っているのだろう。
時々こちらを見ながら、コクコクと頷いている様子がさらに愛らしい。
「では、何か不都合や相談がございましたら私どもへ……
お見えにならなかったフロックス様にも、どうぞヤエのことをよろしくお願いいたしますぞ……」
最初は『奴隷なんて……』と思っていたけれど、意外といい場所なのかもしれないと考え始めてしまった。
保健所、と言ってしまうとヤエに申し訳ないけど、養子申請だとか、そんな風に思えば必要な施設にも感じられてくる。
多分昔はそれこそ労力としてしか見なかったり、理不尽や差別、まぁ時にはイヤらしい目的もあったのかもしれないけれど、ちゃんと管理されている奴隷市ってこんなものなのだなぁ……と、少し関心してしまった。
奴隷市を出て、大通りから少し入ったろじへ。ヤエの調子に合わせて歩いているもので、あまり大きくは移動できなかった。
「表向きだけに決まってるだろうが。
言い出せなくて理不尽な扱いを受けている奴隷は今でも多いんだよ。
権力を持っているやつに買われた奴隷なんかはなおさら、だ」
フロックスと合流して早々、そんなことをハッキリと言われてしまった。
砂漠で『ヒューマンの奴隷は面倒くさい』なんて言っていたことと関係があるとか。
「ケホッ……」
ヤエが辛そうに一つ咳をする。
「あぁそうだ、頼んでおいたもの買ってある?」
「首輪だろ? 安物だから大した効果は無いし、お前……これ一つで50万はするんだからな……」
フロックスは、袋の中から一つの首輪を取り出した。
ゴツくシンプルな金属製のものに、中央に赤い石が埋め込まれている。
なるべく可愛いやつを、とお願いしていたのだけど、今後はフロックスに任せない方が良いのかもしれないな。
「ん? ヤエどうしたの?」
ふと、目を瞑り首を前に出すヤエが視界に入る。
「いえ……首輪……」
「あぁごめんごめん、寝る時だけ付けてもらうからさ。
睡眠の邪魔にならないように細いやつをお願いしたかったのに、フロックスって困っちゃうよねぇ」
「おいおい、俺はなるべく可愛いやつを選んできてやったんだぞ」
「それでも不合格だよ! なんでこんなにゴッツいのさ」
「ふふっ……んっ、ケホッケホッ……」
クスクスっと笑うヤエを見て、少し安心してしまう。
買われてやってくる前も、少なくとも人としては扱われていたみたいだと。
しかし、5歳児のヒューマンに文句を言われる大人のワーウルフの光景が面白かったのだろうか?
だったら、もっと思いっきり笑えるようになってもらいたい。
「ヤエさん、とりあえずコレでも飲んでどこかで話をしようか」
緑の液体を受け取ったヤエは、困惑した表情でフロックスに目をやった。
回復薬でどこまで治るのかは知らないけれど、とりあえずは飲んでほしいのだが……
「薬なんだけど、ヤエさんどうかした??」
それでも動きが止まってしまうヤエに、困ってしまう僕。
フロックスは頭をポリポリと掻きながら、ヤエを見て呟いた。
「あれだろ? 奴隷の立場の自分に『さん付け』で呼ばれるのが不思議なんじゃねーのか?」
「でもヤエさんの方が年上じゃん。僕まだ5歳だし」
「だったら俺はなんで呼び捨てなんだよ?
フロックス様、とかじゃねーのか?」
「フロックスはフロックスじゃん。
スコルピと遊んでたから、お茶目な人かと思ってたよ」
『遊んでたわけじゃねぇ』なんて言われたけれど、別に今更どうでもいい。
フロックスは今まで通りフロックスだし、呼び方なんてその時の状況で変わるもんなんだよ。
「あ……あの、私もヤエ……て呼び捨てにしてもらえますか?
その……呼び辛かったら『オイ』でも『お前』でも大丈夫です……」
「んっと……、じゃあ僕のことはなんて呼んでくれる?」
「あ……ケホッ……ん……」
口ごもってしまうヤエ。
あれか、フロックスフロックスとは言っているが、もしかして名乗ってなかったかな?
「僕はクロウ。見ての通りヒューマンだよ」
「ク……クロウ様……」
だよね、流れで察していたよ。
オッケー、他人行儀な呼び方撤廃、奴隷商の人にも『楽しませて』と言われているんだから、気をつかうの禁止だな。
そうは言ったところですぐには慣れないんだろうけどさ。
「クロウって呼ぶこと、フロックスも呼び捨てでいいし僕たちもヤエのことは『ヤエ』って呼ぶから。
命令だから背かないように、それと……」
僕は緑色の液体を指さして、ヤエに命令する。
「それ、早く飲んじゃってよ。ヤエ」
「あ、ハイ……ケホッケホッ……」
返事がまだかたっ苦しいけど、少しくらいはしょうがないよね。
フロックスも少し柔らかな表情で、『フッ』なんて……鼻息が生あたたかいから正直こっちを向いてやらないでほしい。
エゾリスなんて種族を聞いていたから、余計に情が移っちゃったのかもしれないけれど。
まぁ、こんな出会いだってあってもいいだろうさ。
通路の奥で、深夜に見かけたエゾリスの女性が歩いているのが目に留まる。
身体は小さいけれど、何気に出ているところは出ていたりするんだよな。
背が小さい分、走っていてもそれほど早くは感じない。
それにしても忙しなく行き交う人々だ。
あのエゾリスの女性も、袋を大事に抱えて何か用事があるのだろうな。
『少し楽になりました……』とお礼を言うヤエと共に、僕たちは今日も街の外へと向かうのだった。
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