奴隷を先に買うのです?
先に宿へ戻り休んでいると、フロックスが一枚の紙を手にして大慌てで入ってきた。
「クロウ、いい情報があったぜ」
「どうでもいいけど、1メートル以上の接近禁止!」
お風呂上がりでサッパリと、着ていた服もお湯で洗浄してスッキリしていた僕は、フロックスに近寄らせたくなかったから。
驚くことに、公衆浴場にはシャンプーらしきものも常備されていて、全身の汚れと匂いがすっかり消えてしまったのだ。
魔法の効果なんだろうか? それとも単純に技術がすごい??
ともかく、今しばらくはこの清らかな身を保っていたいのだ。
お風呂嫌いは論外だよ。
「まぁ聞けってクロウ。
街を移動するのに大事な奴隷が手に入るチャンスなんだよ。
調べたら今日の日没から奴隷市が始まるそうだ」
そう言って見せてくれた紙には、たしかにそのような走り書きがなされている。
ただのメモにも見えるのだけど……
奴隷市というものが月に二回ほど、戦争の捕虜や自分では働き方がわからなくなった者が商品として出品されている。
まぁ主に怪我でろくに動けなくなった者を救済する制度なんだとか。
今回はそんな人たちではなく、重犯罪を犯した奴隷。
死罪が決定しており、魔法の道具にて魔力を封じられ拘束具を付けられた者たち。
前者は主に雇用者側が働き口を与え、ある程度の生活は保証するというもの。
しかも、個人的に財産を蓄え、自分自身を買い戻すことも可能だという。
それに引き換え、犯罪者には容赦が無い。
この奴隷市に来た時点で、もはや道具扱いである。
死ぬくらいなら最後くらいは周りの役に立って死ねということらしい。
小さな建物の地下へと降りる道。
その先にある広い部屋には、鉄の柵で仕切られた空間がある。
別に隠れてやるものでもないらしいが、大昔の名残でこんな場所でやるのだとか。
その上チラシもなく、印が押されたあのメモ紙のようなものでしか告知をしないのだと。
「待遇が悪いと奴隷が主人を殺めたりすることもあってな、昔はその主人に仕えていた奴隷が全員処罰されたもんだ。
だからそうなる前に、納得のいかない奴隷は国の定める奴隷商に申告することもできる」
色々と説明してくれるのはいいのだけど、それって5歳児に聞かせるような内容なのだろうか?
フロックスは僕がまだ子供だと、本当にそう思っているんだろうか……?
「で、結局どうすればいいのかだけ教えて欲しいんだけど……」
「あ、あぁスマンスマン。
先に重犯罪奴隷を買って、明日の朝に傭兵を一人、こちらはギルドを通じて雇う。
そのまま荷馬車を用意したら奴隷を引き取って北西へ向かおうと思うが」
「なんだか急だね。
お金が必要って言ってたけど……」
「多少のことはやむを得ないさ。
それに、食料はどうとでもなりそうだしな」
そう言って僕をチラッと見るフロックス。
購入した奴隷は、翌日までしか預かってくれないらしい。
「あまり一緒にはいたくないだろ?」
「んー……そりゃそうだけど……」
「おっ、始まるぞ。
一番最後に出てくるからな。なるべく動けなさそうな肉付きの良いやつがオススメだ」
いやいや、選べるほど犯罪奴隷って多いの?
魔法がある世界って怖い……
檻の向こう側に、次々と奴隷候補が並んでいく。
獣人も人族も関係なく。
「まずはいつも通り捕虜となられた方から。
無論同意を得てやってきた屈強な5名です!」
戦争捕虜はガタイの良い男が多いようで、買う方も何故か立派な身体だったりする。
どの人も、50万から100万Gが相場らしく、その通りに競り落とされていく。
「ムキムキばっかり……」
「大体が主人は別だな。
ナメられないように屈強な奴を市場に連れてくることが多い」
聞いてない、けどなるほど。
色々と知っているみたいだけど、フロックスはいつも来ているのかな?
「お次は一般部門です!
歳は18から37歳、一人一人生い立ちを紹介していきますので、皆様がこれだと思う方がいましたら、ぜひとも入札を!」
これまた会場は賑わい、中にはイケメンだからと買っていく婦人や、亡くなった息子の面影が……なんて。
一般の場合、手数料五割であとは本人に支払われる。
さらに生活まで保証されているからと、家族がいても奴隷になりたがる人がいるのだとか……なにそれ身売り? 怖い。
一般部門も終わり、客のほとんどは席を立とうとする。
犯罪奴隷には用事が無いのだろう。
「す、すみません皆さま!
急で申し訳ないのですが、あと1名だけ一般として見ていただけないでしょうか!」
ところが、主催者側から呼びかける声が響き、皆が立ち止まって檻の向こうに目をやっている。
奴隷らしき姿は見えないが、主催者はその者の説明を始める。
「歳は……まだ八歳と幼いですか、大人顔負けの魔力を持つエゾリスの少女です。
実は、肺に病を持っていて……その……時々呼吸困難の症状が見られ、あまり長くはないと言われています」
主催者は、このまま暗い部屋で最後を迎えるくらいなら、せめて最後だけは幸せに過ごして欲しいのだと説明した。
元々孤児で、病気の原因は魔力の暴走だったらしい。
小さい子供が高い魔力を持つと、時々そういう事故が起きてしまうのだそうだ。
「まぁ……可哀想ですわね……」
「本当だな、慈悲というものはないのかねぇ」
周りからはそんな声が。
この様子なら、きっとその子も幸せな最後が送れるだろうと思っていたのだが……
「エゾリスの少女ヤエです。
我こそはという方はご入札を!」
コホッコホッという咳き込む音と共に、痩せ細った少女が姿を現す。
すると、先ほどまで慈愛に満ちた言葉を発していたはずの客たちが一斉に黙ってしまう。
「あ、あれ? どうしたんだろう……」
「んー……あれだな、魔力が強すぎる。
刻印だけで抑えきれないから、ああやって魔道具の首輪で魔力を押さえつけているんだ」
暴走すれば周囲にも被害が及ぶし、魔道具は高価なものらしい。
引き取った時点で首輪は返却しなくてはならず、この場で入札前にその取引は難しい。
しかもやたらと高価な首輪をつけているということは、それ相応の魔力を持っている。
あとは迂闊に手が出せずに傍観……ということだそうだ。
誰も巻き込まれて死にたくはないのだと。
「肺の病気……かぁ。
治んないもんなのかなぁ?」
「詳しくは知らんが、無理みたいだ。
よほど高級な回復薬を用意するか、神の力でもない限りは……な」
誰も入札しないと、やはりあの少女はこのまま死んでしまうのだろう。
同等の首輪を買うには、手持ちの数倍は欲しいって言うし……
……ん?
そういえば授業で習った気がするんだけど、暴走って魔力操作が上手くできないからだって。
持つ魔力量に見合っていない魔力操作では、術者の意思とは無関係に発動するようになる。
「そっか……もしかして……」
どうにかなるんじゃないかと、そう思うと僕はスッと手を上げたのだった。
誰もが僕の腕を見て驚いていたが、全く気になることはなかった。
それ以上に、目の前のエゾリスの少女のことが心配でならなかったせいなのだろう……
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