魔物の肉はいいのです?

「あの山を越えたところが聖獣ガルムの棲むと言われる地だ。

 まぁ、街の名前もそのままガルムだけどな。

 今はあまり見なくなったが、俺たちワーウルフやいくつかの種族はそこで誕生したと言われている」

 四方を見渡せるところまで来ると、フロックスは遠くを指差して教えてくれた。


 じゃあ反対側には別の聖獣が? なんて思ったのだけど、この大陸に棲むと言われるのはその一体だけらしい。

 別の大陸にはまた違う聖獣が、その大地を護っているのかもしれない。


「でだ、街道はこう東から北西に向かって……」

 地図と実際の場所を交互に示しながら、フロックスは丁寧に教えてくれる。

 こうやって見回すと、行くかどうか悩んでいた砂漠の向こう側には、再び山が見えていた。

 その向こうは海であり、人は住んでいないのだと教えられると内心ホッとしている自分がいた。


「行かなくて良かったよ……」

「そうだな、砂漠の内部にはシーカーワームという巨大な魔物もいる。

 おそらく歩いているだけで、そいつらの腹の中だろう」


 おぉぅ……干からびるだけじゃなく巨大生物まで……

 ゲーム世界じゃなくても砂漠というのは危険な場所なのだな……いや、魔物がいなくても危険だけどさ。


 結局、聖獣のいる地を目指すにも反対の街へ行くにも、道は意外と険しいようだ。

 魔物が出るから道の整備はほとんどされていないし、大型の魔物が荒らしたりもする。

 最低でも護衛をあと二人は雇って、いざという時は囮に……って……


「えぇっ⁈ なんで囮??」

「そりゃあ安全に次の街に行くためだろう。

 っつっても、そうしなきゃならないなんて富くじに当たるくらいの確率だ。

 その時の護衛は、よっぽど運が無かったってことだろうな」


 手に負えない魔物に遭遇しないとも言い切れない。

 だから、餌を持っていくのだが魔物にも好みがあってだな……と比喩していたが。

 つまりは捕食されている間に他の人たちは逃げてしまおうと。

 それはもはや護衛ではないのでは……とも思ったが、深くは追求しないでおいた……


「まずは剣を持てる奴隷を一人だな。抵抗くらいはしてもらわないと時間が稼げない。

 後はそこそこ腕があって信用できる冒険者を一人。

 夜までに小屋へたどり着けない場合は、交代での見張りが必要だから、できれば知り合いが良いが……」


 なんだか生々しい現実を見せられてしまった気がする。

 ファンタジー世界って、こうも平気で残酷なことを行えるものなのか……


 とにかく雇うのにそれなりの資金が必要で、まだ何もわからないとは思うが念のためこの街でも情報を集める時間も欲しい。

 一週間……は、冒険者として資金集めを優先すべきだろうという結論だった。


「じゃあ今日もスコルピ狩り?

 でも相場が崩れちゃうから、一種類の魔物ばかりは狩れないんでしょ?」

「あぁ、だが今日は、ここでワイルディアをたくさん狩ってやろうと思ってな」


 聞けば、鹿みたいな魔物ワイルディアも、一応シルバーランク適正の魔物らしい。

 素材はツノが売れるのだが、砕いて研磨剤として用いられ、買取価格はそれほど高くないのだとか。


「インテリアか漢方に使うんだと思ってたよ」

「中には自分で狩った大物の素材を飾る奴もいるが、俺は良い趣味だとは思わないね。

 金に困っていないからできるんだと、周りから良い目で見られねぇ」


 飾るというくらいだから、そこそこ立派なものじゃなくちゃ意味がない。

 だけど、飾ったらそれは嫌味にも捉われる。

 そんなこと考えずに、綺麗なものとか好きなものくらい収集しても良いと思うんだけどなぁ……


「あぁ、昨日のスコルピの爪なら状態も良いし、飾りたい奴もいるんじゃないか?」

「嫌だよ綺麗じゃないし生臭いし……」


 そんな無駄話ばかりしながら、僕とフロックスはワイルディアを狩り続けた。

 このツノは十本売っても、スコルピの時の半分にもならないそうだが、目的は肉だとフロックスは言う。

 どうやら、昨日食べた鹿肉のローストが思いの外旨かったそうで、それで商売にならないかと考えてみたそうだ。


「クロウなら魔法で簡単に作れちまうんだろ?

 あいつの残りをな、昨日ちょこっと他の奴らに食わせたら話題になっちまってよ」

 どういう事かと聞くと、僕が寝てしまってからフロックスは酒場に寄っていたらしい。


 基本的に持ち込み自由で……というか、外に立ち並ぶ屋台で買って入るスタイルだそうだが。

 まぁ、ドリンクと場所のみを提供している店らしい。

 そこで一杯飲んできたんだとさ、赤ワインを。


「飲み物だけって珍しいね」

「まぁ、獣人っつっても色々いるからな。

 好みが違いすぎて店側も料理を出しづらいんだ。そんなことしたら何百種類もの材料を揃えなきゃならないってな」

 おぉなるほど。確かに合理的かもしれない。


「珍しいもん食ってるからって、他の奴らが勝手につまみやがってよ。

 まぁそれで何の肉なんだって話になってな……」

 意外と盛り上がったのだろう、フロックスは昨晩のことを楽しそうに話している。

 結局誰もが魔物の肉だとは思わなかったようで、しかもそれが多くの獣人たちに受けていた……と。


「屋台には無いもんだからよ。

 酒場で売りゃいいじゃねーかって話になってよ」

 そうは言っても、一食や二食程度で商売にはならない。

 『千食分用意できるなら考えてやる』なんて言われてきたそうだ。


「せ……ん食⁈」

「大丈夫だ、千食っつっても千体のワイルディアを倒す必要はねぇ。

 昨日の半分で四食として、それが両モモ肉使えば四倍、ざっと六十体ほどでいいんだからよ」

「いやでも保存は?

 ローストなんて干し肉と違って保存がきかないよ?」

「んなもん凍結魔法でどうにでもなんだろうが」


 魔法って、そういうことにも使うんだ……

 僕の氷結魔法も(魔法じゃないけど)、そんな風に使えるのだろうか?

 そう思うと気になってしまい、後で試してみようと考えていた。


 とにかく今日一日で千食分を作るんだと言い出したフロックス。

 それは相場を壊さないのかと心配ではあったが、魔物の肉はギルドが関わっていないものだから大丈夫だとか……

 干し肉くらいにしか加工されていないし、常に供給過多だとも言う。


「でも牛肉の相場を崩しかねないけど……」

「そりゃ牛肉の努力不足だろう。

 別に家畜を盗んでいるわけじゃないし、非難される心配はねぇ」


 なるほど、フロックス的にはそれはオッケーなんだ……

 きっとルールとかマナーだと言われていることだから守るのであって、それ以上でもそれ以下でもないんだろうな。


 そんなことを思いながらもワイルディアを狩り続けるクロウであった……

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