機械の故障ではないのですっ

 学院生活も、早一ヶ月を過ぎた。

 授業では、やはり基本的な魔力量の底上げと、魔力の操作が重要視されるようだ。

『攻撃力:128』

『魔力:0』


 まぁ僕には関係ないことだろうけれど。


「今日も、最初は瞑想訓練からだ。

 体内に蠢く自らの魔力を感じるんだ。

 これがしっかりできていなくては、発動した魔法もうまく形にならんからな」


 特に魔力操作と合わせて、物体のイメージがしっかりしていなくては、魔法はうまく発動しないようだ。


 そんな講義は、魔法の使えない僕にはあまり意味のないことなのだけど。

 ……と、思っていたのだけど、そうでもないみたいだ。


「うーん……コーラの味じゃない……」

 そういえば製造方法を知っている人は少ないとか聞いたっけ。

 ガラナとカラメル色素がどうのこうの……

 ついつい炭酸も強くしすぎて、喉が痛い飲み物になってしまう……


 何が言いたいって、ドリンクバーのスキルって、『僕の創造した液体』を出すことができるスキルだったのだ。

 塩水でもノニジュースでも。

 実際には原材料なんて知らないものでも、『こんな味』と思えば出てきてくれる。


 つまり僕はコーラの味を覚えていない……?

 炭酸の印象が強いからだろうか……うーん……


 まぁとにかく、それを使って毎日プロテインを摂取していたりする。

 摂りすぎもよくないだろうから、カルシウムとビタミンDを含んだものをイメージして少量だけ。

 正直、スキルで作った飲み物が身体に害が無いのかは不明だったけど。


「んー……

 タピオカ入りは無理だったしなぁ……」

 瞑想しながら教室でブツブツと呟く僕。

 大きな固形入りでなければ出せるはずなので、次に試してみたいドリンクを考えていたりする。


 プロテインのおかげで、少しだけ力も少しついたような気がしていた。

 しっかりと走り込んだらステータスも上がっていたし、やはり基礎体力は大事だと思う。

 でもまぁ、普通に成長しているだけだろうけど。


「よーし! 魔法使いたるもの、いざという時には逃げることも必要だ。

 なにせ集中力を必要とする分、なるべく身軽な装備にする必要もあるからなっ!」


 先生が、いつもとは少し違った授業の始め方をした。

 逃げるとは一体何から?

 というか、今のセリフだと戦いに行くことが前提にも聞こえるのだけど……


「先生っ!

 逃げる前に、魔法で倒すというのはダメなんですか?」

 ヨタカ……君だったと思う。

 ちょっと真面目な雰囲気の生徒が、先生に質問した。


「そういう手段が、必ずしも行えるわけではない。

 例であげるのならば、エレメンタルという魔物だな。

 特定の魔法以外は全て無効化してしまう魔物相手に、その攻撃手段を持っていなかったらどうするんだ?」


 先生の質問に、再びヨタカが答える。

「……逃げます」

「そうだ、そうしなくてはやられてしまうからな」


 えーっと、つまり何?

 魔法を使って何かと戦うの? 戦争?

 もしかして……とは思ったけど、小さな声でツグミちゃんに聞いてみたら、『僕がそれを知らなかった事』に対して驚かれてしまった。


 この世界、多くの魔物が棲んでいたのだ。

 しかも、それらを退治する冒険者になるために、学院に来ている生徒がほとんどだった。


 ツグミちゃんの顔を見ながら呆けてしまう僕。

「もしかして知らないで入学したの?」

「う、うん……生活魔法とかを学ぶんだと思ってたよ」


 確かに、生活魔法程度だったら『水球』までは必要ないように思えてくる。

 あれでお湯をためてお風呂に入ることしか想像していなかった……


「よーし、魔力操作の基本は一応教えてやった。

 次は身体を動かしながら、今まで習った事を行うんだ!」


 あれから数日して、一応全員が水流の魔法は使えるようになった。

 掌から流れる水は、まるで流水解凍でもしているかのようにチョロチョロと。

 それを、勢い良く放つことで水弾という魔法になるらしい。


 きっと水球で同じことをやったら、水……爆……いや、さすがに違うだろう。


 冒険者たるもの、いつどんな時だって、どんな体勢であっても行動できなくてはならない。

 いざという時にも身体が動くように。そういった主旨の授業を行なっていくそうだ。

 中庭に出ると、以前見た先輩方が、今日もお手本のため整列している。


「そんなに難しい事じゃない。

 何より大事なのは、自分が魔法を使いやすいよう落ち着いて行動する事だ。

 あとは慣れろ、それだけだ!」


 先生の説明が終わると、先輩方は全速力で走りながら的に向かって水流を放つ。


 同じ水流でも、勢いはかなり強い。

 攻撃用の魔法ではないので的を破壊できるわけではないが、練習ならばこれで十分なのだとか。


「君たちも、しっかりと集中すれば的に当てるくらいのことはできるはずだ。

 この一ヶ月で、ちゃんと基本を身につけていれば……だがな」


 先生からそんな言い方をされると、少し不安になってしまう。

 ツグミちゃんも、ヒガラお嬢様の腕を掴んで『無理無理っ』なんて言っている。


 的までの距離があって、僕のスキルでは届くかどうかもわからない。

 大丈夫だろうか……

 僕もようやく学院にも少し慣れてきた。

 しかし、一ヶ月経って入学時から何も変わらないのでは、先生や他の生徒に幻滅されてしまいそうだ……


 そんな事をふと思ってしまったのだ。


「よしっ、外周の数カ所に的を立てておいたぞ。

 一人ずつ走りながら的を狙ってみろ!」


 面白そうだと張り切るのは、やはり例の三人組。

 ヤンはあれでいて物覚えは早く、最初の一つは外してしまったが、残りは全て命中させていた。


「なんだ、ヤンは家で練習でもしてきたのか?」

「えっへへ……実は早くやってみたかったんです!」

 なるほど、ヤンだったらあり得そうな話だ。


「どうだっ、俺も凄いだろ!」

 女子二人に誇らしげなヤン。

 『#も__・__#』というのは、まぁつまりそういう意味なんだろうけど……


「すごいよヤン君、やっぱり上手だよねぇ。

 ね、ヒガラちゃん」

 うん、やっぱりツグミちゃんは良い子だなぁ。

 僕にはマウントを取りたいだけにしか聞こえてこない。


「あら、私だってすぐにできるようになるわよ。

 それよりも、クロウの方が凄いんじゃないの?」

「えっ? な、なんで僕?」

 ヒガラお嬢様……頼むからこっちを見ないでください……

 ヤンの視線も痛いです……ホントごめん……


「男子、次は誰が行くんだ?」

 みんな、ヤンの上手い魔法制御を見て、二番手は恥ずかしいようだ。


「じゃあ、僕が行きます」

 誰も行かないのなら仕方ない。

 いつまでもごまかしていても、隠し通せるものではないし……


「なるべく勢いよく……ドリンクバーの水よりもっと勢いよく出せばもしかしたら……」

 スタート位置に立つと、少しだけ緊張してしまう。


 そういえば、水をレーザーみたいにして石を切る動画とかあったよなぁ……

 それくらい勢いよく出せたら届くかなぁ?


 僕が走り出して、1個目の的が近づいてくる。

 そして僕は、的にめがけて水を出してみた。


 チュインッッ!!


「…………え?」

 的の向こうにあった石の壁の汚れが、水の当たった一部だけ落とされて白く見えている。

 小さな的も勢いでポッキリと折れて、中庭は一瞬にして静寂に包まれてしまったのだった……

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