第15話 帰宅後のヒロの妄想
「ただいま、梅子」
愛犬の梅子が尻尾を振ってヒロを出迎えた。
一人っ子のヒロには口うるさい姉や兄、まとわりついてくる弟や妹はいない。
── 桜子も帰宅した頃だな。
愛犬の梅子を撫で回しながら考えるのは桜子のことばかり。
── 今日は朝から真太郎と清がギスギスしてて居心地が悪かったが放課後はイチャイチャしながら2人で帰っていたから仲直りしたのだろうな。
真太郎と
ほとんど現れない部員も居るが、ヒロは部室の雰囲気が気に入っており、週の半分は顔を出している。
── 桜子は部活どうするんだろう。いくつか見て回ったけどピンとこなかったとか言ってたな。…いや……それよりも問題はカレー愛好会だ。
桜子はカレー愛好会に誘われていた。
カレー愛好会はカレー好きな皇太子が創設した同好会で、彼が認めたカレー好きしか入会を認められない。中途半端なカレー愛では門前払いだ。
B級グルメ好きな祖母にあちこちのカレーチェーンに連れて行かれ、全国を食べ歩いた桜子は入会の資格ありと認められたようだ。
愛好会には皇太子を狙う令嬢たちも何名か入会を認められていた。皇太子のカレー好きを知る令嬢たちは幼い頃からカレーの英才教育を受けてきたのだ。
── 俺もカレーは好きだけど、家庭の夕飯が毎日カレーは無理だ。あの愛好会は熱量が高すぎてついていけないから桜子が染まっても困るな。
付き合ってもいないのに結婚後の生活を思い描くヒロだった。
********
皇太子に誘われたら見学に行かざるを得ないので、桜子も当然見学に行った。
「カレー愛好会へようこそ。桜子が入会を検討してくれたら嬉しいよ」
「殿下、お誘いありがとうございます」
オス嫌いなコバたんが皇太子を睨んでいる。桜子にガッチリと抱っこされて攻撃出来ない代わりに視線で殺すつもりのようだ。
「…コバたんには会員たちが何か用意しているようだよ」
「カレー愛好会へようこそ桜子さん。コバたんちゃんには白いメレンゲクッキーと冷たいミルクを用意しているのよ」
学園の令嬢たちの間でコバたんは人気がある。というか令嬢だけでなく世間一般の女性全般から人気がある。真っ白なまん丸ボディに可愛らしい顔立ち、フワフワな羽毛は最高級の手触り。愛されない理由がない。
「クルッポー!」
羽を広げて喜ぶコバたん。
「良かったわねコバたん、皆様ありがとうございます」
桜子の腕の中から飛び立って令嬢たちに抱きしめられ、クッキーを食べさせてもらうコバたん。
「桜子」
コバたんが令嬢たちの間を順番に渡り歩く様子を眺めていたら皇太子に名前を呼ばれた。
「すみません! コバたんが可愛くてつい…」
皇太子を放置してしまったことを慌てて謝罪する桜子。
「構わないよ、こうして見ると可愛いものだね」
「恐れ入ります」
「僕も子供の頃から可愛がってきた愛犬がいたからね、桜子の気持ちが分かるんだよ」
「殿下…」
皇太子が可愛がっていた愛犬の
「悲しい顔をしないで。それよりも今日はカレー愛好会について知ってもらいたくて招待したんだよ」
「殿下のカレー愛は素晴らしいですね」
「ありがとう。
「活動内容については僕らが説明しよう」
「お願いいたします」
カレー愛好会では週に一度、昼休みに集まって、お取り寄せした全国の美味しいカレーを賞味するらしい。
「美味しさについて共感を得られる喜びを、会員同士で共有出来るだなんて素晴らしいですね!」
「桜子には共感してもらえると思っていたよ」
「我が家でB級グルメを楽しむのはお婆さまと私だけで…祖父も以前は祖母と一緒にB級グルメを食べ歩いていたけれど加齢と共に辛くなってきたようですし、両親は専門の料理人が調理した薄味を好むんです…」
「落ち込まないで縞子」
「桜子です、殿下」
皇太子は桜子をヒロに懐く子犬のようだと思っており、亡くなった愛犬の
「桜子さんのお祖母様、
武蔵領に降嫁後、B級グルメにハマった
食べ歩き帖が30冊を超えた頃、領地内のコミケなる
開催初日、一般人と並んで自主制作本を販売する領主夫妻を見て主催者は腰を抜かしたが、
100部限定の自主制作本は領主の
和紙で仕上げた武蔵領・食べ歩き帖は製本技術、装丁、内容、すべての完成度が高く、購入者を喜ばせた。
領主夫妻は、その後も一般人に交じって定期的に参加し、ラーメン編やカレー編、デカ盛り編などの自主制作本を販売した。
コミケとB級グルメを愛する領主夫妻は領地内の秋葉原に同人誌の専門店を誘致したり、神保町にカレー店を誘致したり、趣味を活かして領地の発展に情熱を注いだ。
この領主夫妻による『武蔵領・食べ歩き帖 〜カレー編〜』が、愛好会メンバーの愛読書ということらしい。
「ありがとうございます、お祖母様が聞いたら喜びます」
「
「我が領地のお店も何度かご紹介くださって光栄の極みだわ」
皇太子目当ての令嬢たちは桜子に好意的だ。
「桜子さんもヒロさんと食べ歩きなさっているの?」
「わ! わたくしたちは! 祖父母のように結婚している訳ではありませんし!」
桜子が真っ赤だ。
「お昼はいつも一緒よね?」
「幼馴染ですし! 清と真太郎もいますし!」
「仲がよろしいのね?」
「わたくしは! ヒロが歩み寄るなら! 結婚とか! アリですし! アリアリのアリですし! ヒロが歩み寄るならですけど!」
血筋や年齢などのバランスから、お妃候補筆頭の桜子だが、領地を接するヒロしか見えていないので皇太子妃の座を狙う令嬢たちにとって桜子は安牌だ。
桜子を溺愛する
「
「この大和学園で出会って、大和の“や”と武蔵の“む”で席が近かったそうね」
「桜子さんのお席は?」
「ヒロの隣です…」
令嬢たちの空気が生暖かい。
「僕も
「恐れ入ります、殿下」
「来週の愛好会ランチは
カレーうどんにコバたんが反応した。
「クポー!」
慌てて桜子のもとに飛んできたコバたんが必死に何かを訴える。
「コバたん?」
コバたんが念力で取り寄せた紙に念写する。
「この絵はカレーうどんね」
肯いたコバたんが2枚目の紙に念写する。
「白いワンピースね?」
コバたんがうなずいて3枚目の紙に念写する。
「子供の頃の桜子がお気に入りの真っ白なワンピースにカレーうどんの汁を飛ばして悲しんでいる様子だね」
正しく読み取った皇太子にうなずくコバたん。
「コバたんたら…もう10年も前のことよ。ちゃんと紙エプロンもするし…」
「クポ…」
目に涙を浮かべるコバたん。
「コバたん…心配してくれるの?」
「クポッ」
「…殿下、残念ですけれど入会は諦めます」
「仕方ないね、カレーうどん以外の時にたまにでいいから遊びに来てよ、
「桜子です。殿下」
他の令嬢たちも桜子なら大歓迎だ。桜子自身の気持ちが皇太子に向いていない上に、オス嫌いなコバたんが物理的に邪魔をするので絶対にライバルにならない、桜子は安牌の中の安牌なのだ。
── 桜子のやつ、殿下の同好会に誘われて見学に行っていたけど入会しないだろうな…。まあ入会したとしても、あの同好会は殿下狙いの令嬢が何人もいるからな。あの人たちは令嬢の皮をかぶった猛禽類にしか見えないぞ。
その猛禽類のお姉さまたちが、ヒロと桜子の恋を成就させようと企んでいた。猛禽類は世界一頼もしいヒロの味方であった。
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