第5話 試験開始!

 試験内容は女中に聞いたとおりのものだった。

 試験会場には低級妖怪が大量に放たれていて、その退治の様子を見て合否を決めるらしい。

 ざっくり言えば、より多くの妖怪を退治すればそれだけ合格に近づく。

 問題は試験は全員同じ会場で行われるので、低級妖怪の数にも限りがあり、早い者勝ちになるということ。


 試験をはなからあきらめている私みたいな人にとっては、言い訳をしやすいシステムでありがたい。

 運悪く妖怪にあまり会えなかったとか、そんな感じで母には言うとしよう。

 それまではテキトーに時間をつぶしていればいい。


 そう思っていたのだけど、


「ルリさま、行きましょう!」


 試験説明が終わるや否や、隣にいた希里華きりかに手を引かれることとなった。


 そのまま、神社の境内に設置された白い鳥居をくぐり抜ける。

 白い鳥居の先は歪んだ空間に繋がっていて、そこが試験会場らしい。


 白い鳥居を抜けた先は鬱蒼とした森だった。

 空高く太陽が昇る時刻にしては、どうも全体的に明るさにとぼしい。薄暗いというほどではないけど、どんより曇った昼間に近い。


 試験者たちが次々に散らばっていく中、希里華きりかは一向に私の側から離れる様子がなかった。


「妖怪退治は早い者勝ちだから、まとまらない方がいいと思うけど」

「ええ、ですのでわたくし、全力でルリさまをお手伝いいたしますね!」


 そう言って、胸元で両手をぐっと握りしめた。今にでも「よし、がんばるぞ!」という声が聞こえてきそうだ。

 可愛らしいな。今からでも私の転生先そっちにならないですかね。


「いやいや、それじゃあキリカが合格できないでしょ」


 私がひらひらと手を振ると、希里華きりかはキョトンとした顔でこちらを見つめていた。


「ルリさま、い、今、わたくしのことをキリカと!?」

「えっと……ダメだった?」

「いえ! ぜひ! ぜひ、わたくしのことは今後もキリカとお呼びください!」


 ずいと足を踏み出す希里華きりか

 そろりと後ずさる私。


 瑠璃はこの子のことをなんで呼んでいたんだ? 苗字か、それとも、お嬢さまらしく様づけ?

 いずれにせよ希里華きりかの反応を見るからに、フランクに呼び捨てていたわけではないらしい。


「わたくし、何としてもルリさまのお役に立ちますね!」

「え、ええ。キリカが落ちない程度にね?」


 今まで以上に気合が入った緑髪の少女を前に、私にできたのはうなずくことだけだった。





 希里華きりかを引き連れるはめになった私は、彼女を私の落第につき合わせないよう、しぶしぶ森の中を歩いていた。


「ルリさま、試験対象のモンスターって、おそらくあれですよね」


 希里華きりかと私が見つけたのは、摩訶不思議まかふしぎなヘンテコ生物だった。


 白い大福から一本足が生えて、餡子あんこのかわりに一つ目玉が飛び出した謎の生き物。

 その見た目にはとても見覚えがあった。


「おお、眼々めめだ。めちゃめちゃリアルでウケるかも」


 予想通り、初級試験での討伐対象は『くくり姫』における最弱妖怪と名高い眼々めめだった。


 そう、『くくり姫』は乙女ゲームではあるものの、実は完全なノベルゲームではない。戦闘システムが組み込まれたコマンドRPGでもあるのだ。


 ゲーム内のモンスターを現実で目にするという貴重な体験を前に、私は目を輝かせながら希里華に振り向いた。


「これがホンモノの妖怪! すごいわね、キリカ! ……キリカ?」


 希里華は震えていた。

 もしかして、怖いのだろうか。

 寸法を間違えて発注したゆるキャラぬいぐるみのようなこいつに、怖い要素なんて微塵もないと思うけど。


「キリカ、キリカ、落ち着いて」

「は、はい、わたくし、落ち着いていますわ」


 ほんとに?

 どう見ても、震えてるけど。


「とりあえず、落ち着いて対処すれば大丈夫よ。あんな三下妖怪ザコ中のザコ、せいぜい足が生えて飛び跳ねるようになった大福でしかないわ。大福ごときが人間様にたてつくなんて、七兆光年早いってこと骨の髄まで教えてやんなさい」

「……ルリさま」

「なに?」

「なんだかいつもと雰囲気が違ってらっしゃいませんか」

「え、あー、試験だからね。気が昂っているのよ」


 るっさいなあ。

 私は心葉瑠璃じゃなくて、夏目花凛じゃい!


 なんて言いたい気持ちは抑えこんで「いいから倒してきなさい」と希里華の背中をぐいぐい押した。


 最弱妖怪と緑髪の少女が対峙する。


 眼々めめは最弱妖怪と言われるだけあってゲーム内での行動もたいしたことがない。

 技は『突撃』と『睥睨へいげい』の二つ。

 『突撃』は文字通り体当たりだし、『睥睨へいげい』にいたってはただ睨みつけてくるだけだ。

 恐れることはなにもない。


「い、行きます!」


 希里華はようやく覚悟を決めたようだ。

 その間、眼々めめも何もしていなかったわけではない。

 しっかり辺りを『睥睨へいげい』――つまり、見渡していたわけで、害のある行動という意味ではやっぱり何もしていない。


「術式風車かざぐるま! 【風刃螺旋】!」


 希里華の宣言が高らかに響き渡る。

 緑色の風の奔流が小さな竜巻のように荒れ狂う。この緑色は比喩でもなんでもない。本当に緑色だ。

 『くくり姫』をプレイしていた私には、これはゲームのエフェクトそのままだということがわかる。


 緑の竜巻は眼々めめへと直撃し、妖怪大福もどきは跡形もなく爆発四散。


 その様子を見届けた希里華はほうけていたが、しばらくして我に戻った。


「や、やりました! やりましたわ、ルリさま! わたくし、妖怪を退治しました!」


 おおげさすぎる。

 眼々めめなんて、多少腕っぷしに自信があれば肉弾戦でも倒せる低級妖怪だ。


 しかし、ここまで喜ぶ希里華に水をさしたくはなかった。


「さすが、キリカね。私が見込んだとおり、あなたには妖怪退治の才能があるわ」

「る、ルリさま!」


 だから、私の代わりにじゃんじゃん妖怪を退治してもらいたい。

 そして、妖術の「よ」の字もわからない私には、ここでのんびり過ごさせてほしいものだ。

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