第13話

 しかし、ランクトンが深い眠りに着くより先にクーペは空港へと到着した。閑散としているコンクリートの塊のような建物がそれだった。政府やDOGsによって支援されているものの——最高期と比較すると——資金不足で整備がほとんどなされていない。


「ランクトンさんですね。お連れ様がお待ちです」


 ランクトンが下車するなり、飛行ドローンが彼に迫って声をかけた。ひと時代前の自律ドローンを搭載しているようで、声の調子が人間とくらべて不自然なのが気にかかった。


「乗車ラウンジでお待ちください。すぐにステアエクスへと出発できるよう準備致します」


 そういって通されたラウンジはなんとも殺風景な場所だった。ディスプレイが沈黙したベンディングマシンが数台と、ベンチが一つだけある。マシンもベンチも、きっと数年前か、数十年前にはもっと多くあったのだろう、とランクトンは推察した。撤去されたまま処理されていないのか、床の塗装が四角く禿げていたからだ。


「データによるよ、この空港の出入りはピーク時から年間で十の九乗分の一にまで減少したそうです。かつては主要都市と主要都市のハブ空港として活用されていたそうですが……」



 声がした方を見ると、カエサレアがベンチに座っていた。ランクトンは彼女の隣に座る。


「おはよう。どうやら、今日は俺たちの貸切のようだな」


「おはようございます、ランクトン。ところで、顔色が優れませんね。睡眠不足ではないかと分析します。航空機の中で眠ってはいかがでしょうか」


「言われなくても、そのつもりさ」


「睡眠不足は楽しみで眠れませんでしたか? それとも、恐怖で眠れませんでしたか?」


「……自分でもよくわからないな」


「不安ですか?」


 カエサレアは目を細めてランクトンにそう尋ねた。彼女の髪がゆらりと揺れる。観察されている、とランクトンは感じ、彼は少しムッとする。


「君はゴッシプ記者みたいに俺を問い詰めるな」


「……失礼しました」


 彼女は彼に対して謝罪をすると、それ以上何かを話すことはなかった。二人は同じベンチに座ったまま、時間を待った。しばらくするとアナウンスとともにゲートから航空機に乗り込むよう指示された。


 コンクリートの塊のような空港と比べ、航空機の内部は意外と快適だった。ルームシステムは最新ではないものの、ランクトンの部屋のそれと大差がないし、上等なカーペットまで敷かれている。輸送用のトランスポーターを安く買い取って改装したものらしく、客室は非常に広く感じて、ランクトンは悪くないと思った。なによりも、仮眠のためのベッドがある。彼はそれを見るなり喜んで、すぐさまベッドへと身を預ける。


『本日はご利用いただき、まことにありがとうございます——』


 航空機内がオレンジ色に光ると、スピーカーからあの自律ドローンと同じ合成音声が話し始める。二人ともそれを聞く様子はない。特にカエサレアはぐい、と顔を彼の前に出し、それからアナウンスの声に被さるように、ランクトンへと話しかけた。


「私の計算によりますと、空港からステアエクスの市民ポートまでの距離は約四千マイル。到着まで四時間十分になる予定です。

 ランクトン。もし貴方が仮眠するのならば、私は起こしますが、どうしますか?」


「頼もうかな。甲高いアラームに騒がしく起こされるよりは、君にやさしく起こしてくれた方が助かる」


 そういうとカエサレアは好感の持てるような微笑みをもってそれに返事をした。


「任せてください。それは私の得意とするところですから」


 それはどういう意味だ、とランクトンは尋ねようとするが、睡魔が突然彼を襲った。どうやらランクトンは、自分が思っている以上に疲労が体に溜まっていたようだ。彼の耳に届いていた航空機のアナウンスの音がだんだんと遠ざかる。


 きっと夢を見るのだろう、とランクトンは瞼を閉じながらそう思っていた。そこにはおそらくジャック・ルイスリーの影が現れ、俺を非難するのだ、と。俺はそれに対抗しきれず、精神的に敗北し、酷い傷を負う。そんな夢を。


 しかし、そんな夢は決して見ることはなかった。夢を見るほどまでの深い昏睡状態へと至ることができなかったのだ。さらにランクトンにとって不幸なことに、カエサレアと交わした「やさしく起こす」というのも叶わなかった。


 <ランクトン! 起きてください!>


 脳を衝くような波長にランクトンは思わず体を震わせ飛び起きた。そしてすぐに自分が異常事態の最中にあることに気づく。


 かん高く機内に鳴り響くサイレン。この世の終わりかと思うほどに激しく揺れる機内。周囲を見渡せば眠る前までは穏やかなオレンジ色に光っていた照明が警告を示す赤色点滅していた。


 それから、周囲のどこを見渡しても自分を叩き起こした彼女の姿がない。座席にも、ベッドにもいない。


「カエサレア?! どこにいる?」


 状況を掴めないランクトンはアラームの音にかき消されないように、できる限り大声で叫び、自分のバディの安否を確かめる。機体ないが揺れる。ランクトンは転がるようにしてベッドから降り、手頃なものに捕まる。


 <同調チャネルで会話してください! 襲撃を受けています!>


 ——襲撃。その言葉を思い起こすと、ランクトンには自然に冷や汗をかいた。少しずつ周囲の状況が飲み込めてきた。


 不審な風の流れや異臭は感じることができない。機体そのものに外傷はない。アラームが鳴り響いているから聞こえないだけかもしれないが、異音もしない。


 考えられる可能性を鑑みると、今自分たちが乗っている旅客機にはシステムジャックによる捜査制御の乗っ取り、あるいは、電磁パルス(EMP)攻撃によるシステムの無効化が起きている——いや、EMP攻撃ではない、とランクトンは自分の考えを自分で打ち消した。もし、そうならば旅客機のアラームシステムも、自分とカエサレアが電話している同調チャネルも使用することができないはずだ。


 <君はどこにいる?>


 <システムコンソールから再起動を試みていますが……。すみません、間に合いません! 手動操作から不時着を試みます! 衝撃に備えてください!> 


 彼女らしくもない早口に、ランクトンは半分ほど聞き取ることはできなかったが、本能はこれから起こる事を予期していた。血の気が引く。しかし、このような経験は過去になかったわけではないし、そのための訓練も両手では数え切れないほど行った。


 すぐさまに壁に頭をつけて体をかがめ、体勢を低くする。脳内にカウントダウンが響く。カエサレアの声だ——地面が大きく揺れる。光が明滅する。アラームと同調チャネルの音が混在する。彼女がゼロを宣言した——ランクトンがそう知覚する瞬間、稲光のような音が彼の脳天を突き刺し、身体中を衝撃が駆け巡る。地面を擦るような音。何かが焦げるような匂い。鈍いノイズが入るルームシステムのアラート。一瞬、世界の重力が消えたかと思うと、ランクトンの世界が崩壊する。光が漏れる——思わず彼は目を瞑った。

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