第28話
その日はマスコミにとって、報道ネタの絶えない日となった。
越智の赤字で記された絶縁状は、その日のうちに業界関係へ配信され、それがマスコミへ筒抜けとなった。
白戸組はお取り潰し、ハイアットエージェントも会社をたたむ流れのようだった。親組織との関係が世間に知れ渡ってしまえば、もはや銀行とさえ付き合えないのである。事業を継続するのは不可能であり、フロント企業としての意味を成さないのだ。
同時に鬼瓦の破門回状が、一円連合本部から出された。回状には、鬼瓦組を存続し、霧島を組長代行とする旨が小さく書き添えられている。
猪俣と康夫には、霧島の動向が影山から逐一報告されていた。
霧島は常に一本筋の通る人間で、腕もたつ。普段は寡黙で温厚、細かなことを気にしない性格でありながら、筋を曲げる人間は許さない。一円連合執行部の中にも、霧島のようにできる人物はいなかった。
霧島は五所川原と盃を交わせないため、猪俣は一円から独立してもよいと言ったが、霧島がそれを断った。そこでいずれ、猪俣と兄弟盃を交わすことで話がまとまった。兄弟盃であれば、霧島の親父である相良への義理もたつ。
霧島の組長代行就任は、鬼瓦組組員の総意を確認した上で決められたことだった。霧島は鬼瓦組を裏から支え、既に組員の厚い信頼を得ていたのだから、誰も反対する者はいなかった。むしろ彼の組長代行就任を、歓迎する声の方が大きかったくらいだ。
肝心の鬼瓦は、麻薬取締法違反の容疑で、その日の昼前、既に麻薬捜査官に連行されていた。
その知らせを受けた猪俣と康夫が共に鬼瓦組へ出向き、組員の動揺を抑えるための方針説明を行い、その場で霧島の組長代行就任を決めたのだった。
何も知らない大勢の組員に、罪はないのである。そんな連中を路頭に迷わせるわけにはいかなかった。
鬼瓦は破門となったため、組織名は相良会に改められた。今はなき霧島の出身母体、相良組の相良を取って命名されたのだ。当初組長代行就任を固辞した霧島に対する、猪俣の感謝と思いやりの印である。猪俣との盃を交わしたあとは、霧島が正式な組長に就任する予定だ。
麻薬取締局は、別のチームを銀友会へ送っていた。本来であれば家宅捜索を行いたいところだが、肝心の事務所は崩壊している。よって瓦礫の山から証拠集めを行うという苦行を強いられることになった。
しかし、瓦礫の下から発見された金庫の中に大量の薬が見つかったため、麻薬取締局は行方の分からない会長の藤浪を緊急手配し、薬の販売に積極的に関わったとみられる銀友会幹部を追うことになった。
結果的に、銀友会は証拠隠滅をできず、捜査側にとっては有利な状況になっていたのだ。
一方で新宿署は、除の供述に基づき、ヤスを先頭に台湾組織へ踏み込み、
うかうかしていると、彼の身元も麻薬取締局に押さえられてしまうと焦った警視正の櫻井が、即決したことだった。こういったことは早いもの勝ちで、身柄を先に確保してしまえば、他部署や他組織から容疑者の受け渡し要求があっても理由を付けて断れる。
それとほぼ同じタイミングで、
朝から、センセーショナルな報道があったばかりである。その日一連の動きに、マスコミが先を争い、全ての出来事を関連付けて次々報道した。
テレビ視聴者は、朝の報道内容が本物であることを知ると、ますます興味津々に各報道内容へ関心を寄せた。
出来過ぎで何かの演出のようにも感じられた朝の報道内容が、警察と麻薬取締局、そして当事者である極西連合と一円連合の動きで具体化していくのだから、否が応でも真実味が増した。それが一日という時間の中で、面白いように刻々と進展していく。それらは下手なドラマを見るより興味深く、痛快だった。
そうなると国民の関心は瞬時にピークを迎え、東京地検特捜部も、それに煽られるように動きを見せた。
テレビや新聞報道は連日これらの動きを追いかけていたが、酒井の自白報道から三日後、特捜は病院側から強引に許可を取り、入院中の水上に対し事情聴取を行うという珍しい展開になったのだ。
場合によって、本人が入院中であっても、水上の逮捕状を取る可能性があることをほのめかすなど、特捜は近年にない世間への迎合ぶりを発揮した。
こうなってしまうと、面子を重んじる検察である。彼らは強引にでも、世間を納得させる結末を用意しなければ収まりが付かない。つまり特捜は、水上の政治世界における死刑執行を行うとみられた。
実際にその三週間後、水上は東京地検特捜部に、あっけなく逮捕されたのである。証拠が随分揃っていたため、慎重な検察にしては迅速な展開だった。
水上は逮捕直前、離党を表明した。検察の動きを察知していた首相官邸の意向に、仕方なく従った結果である。自動的に、与党幹事長という役職はなくなり、水上は一介の国会議員になった。
こうなれば検察は、何処にも遠慮する必要がない。
会期中ではあったが、特捜は早速水上の逮捕許諾請求を衆議院へ提出、議院運営委員会はこれをあっさり認め、逮捕を執行すると同時に水上の事務所家宅捜索を、マスコミのカメラが見守る中で大々的にやってのけたのである。
そして各野党は、ここぞとばかりに連日マスコミへ登場し、綺麗事を並べて与党の腐敗振りを騒ぎ立てた。
一連の動きは順調に見えたが、全ての発端である新宿中国人娼婦殺人事件については、裏で難航した。
取り調べの中で
しかし殺人の動機については、曖昧だった。彼には元々女を殺すつもりはなく、快楽を得るため二人で薬をやっていたら、女が突然中毒症状を起こして死亡したと
それを信じるなら、この事件は殺人ではなく、過失致死となる。しかもそのとき使用した注射器は既に処分され、回収は不可能な状況にある。連れ込みホテルの部屋から採取された指紋に、
除は
つまり物的証拠はなく、本人自供と除の面通し結果という状況証拠があるのみである。公判で本人の気が変わり自供を翻すことにでもなれば、公判の行方はたちどころに分からなくなるのだ。よって動機は、非常に重要な事項であった。
テレビで報道された酒井の話によれば、殺害動機は秘密を知った女の口封じであったが、
しかし、死んだ
殺人容疑で逮捕された坂口は、取り調べの中で、
この供述により、最終的に検察は、
これら全てのシナリオを描いたのは、康夫であった。
暴力には暴力を、裏切りには鉄槌を、という業界の常識に染まっていない、康夫らしいやり口だった。
特殊部隊は出動させたものの、可能な限り人を傷付けずに相手を屈服させるやり方だった。そして遂に、政界の大物までも失脚させてしまった。
康夫の中では、彼が
実際の調査を行ったのは、一円連合諜報隊長である影山だ。彼は命じられて行った数々の調査結果が、様々なところへ波及し、一連の大きな流れを作ったことに驚きを隠せなかった。情報が武器になることを、まじまじと見せ付けられたのである。
政界の極西連合に対する信用は、地に落ちた。水上の失脚を見せられた政治家たちは、ただでさえ危ない暴力団との裏取引で、二度と極西と組もうとは思わないのだ。
そして、業界の中でもそれは同じだった。極西と一円の格の違いをまざまざと見せられた日本中の極道は、極西連合をなめてかかるようになり、逆に一円連合を、羨望の眼差しで見ることになったのである。勢力バランスが、一気に崩れたのだ。
実際に、極西連合傘下から抜け出し、一円連合と盃を交わしたいという組織が、ぼちぼちと出始めていた。極西連合は、足元から牙城がほころび始めたということだ。
但し、最初から康夫がそこまでを狙っていたのかについては、定かでない。もし彼が全てを見越していたとすれば、猪俣は、恐ろしい怪物を作ったのかもしれなかった。
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