第14話

 ドアのノックに康夫が「どうぞ」と答えると、影山が猪俣の部屋の扉を開けた。若頭の部屋に従来の主はいないが、今は時々、臨時で康夫が使っている。

「共通人物が割れました」 

 意外な内容と興奮気味の声に、康夫はパソコンで調べものをしていた顔を上げた。

「それは誰ですか?」

「酒井という人物です。ハイアットエージェントという会社の代表です」

「あまり聞かない会社ですね」

「神戸に本社を置くフロント企業です。最近特に、不動産で業績を伸ばしています」

 暴対法の影響で、暴力団は様々な取引上の制約を受けた。例えば一般の金融機関は、暴力団に金を貸してはならないし、口座を作らせてもいけない。ビルのオーナーは暴力団にテナントを貸すことができないし、世間の企業は反社会的勢力との商取引も禁止。社会とのあらゆる繋がりから排除され、暴力団はますます孤立、地下活動を余儀なくされたのである。

 しかし、それでは暴力団の活動資金が続かない。そこで、表向き一般企業と変わらない会社を設立し、普通の営業活動を通して金を稼ぐようになった。それがフロント企業と呼ばれる会社である。

 そうは言っても裏では、暴力団から資金提供を受けて利益を還元するという蜜月関係が存在する。例えばダミー会社を経由し、土地や物件を転売しながら帳簿外利益を捻出し、そこで浮いた現金を密かに母体組織へ上納するのだ。なにせフロント会社設立の目的は、暴力団が禁じられたことに対するトンネル的役目なのだから、そういった繋がりがあるのは当然である。

「神戸というと、またですか?」

 康夫は、極西連合のしつこさに少々うんざりしながら言った。

「はい。関東進出は彼らの悲願ですから、致し方ないでしょう。この企業に絡んでいるのは神戸白戸組ですが、白戸組組長の越智は極西連合執行部です」

 影山は、台湾組織幹部の動きを、相変わらず防犯カメラ映像から追跡し続けていた。老板の郭協志グオ・シェーチーが会った人物には、全てチェックを入れていた。防犯カメラの情報は、リアルタイムに飛び込んでくる。もし不審な人物が引っかかれば、新宿の雑踏に紛れ込ませた手下に後をつけさせるだけで、相手の身元が大方割れた。この方法なら、台湾マフィアに気取られる心配はほとんどない。墓穴を掘らないよう、地元での聞き込みは一切禁止だと厳命している。尾行に失敗してもお咎めなしで、いずれも部下に無理をさせないように配慮していた。

 こうした作業を地道に繰り返し、影山は郭協志グオ・シェーチーと関係する人間を、ほとんど全て掴んでいた。

 それと同じことを、影山は鬼瓦にもやっていたのだ。鬼瓦やその周辺に、面の割れていない人間を配置していた。そうやって台湾組織と鬼瓦組両方に関わりを持つ人物として浮かび上がったのが、酒井という人物だった。

 関西系組織と台湾マフィアの接点は、あったとしても不思議ではない。一円連合では御法度としているが、薬の取り引きでもしていればそれは十分あり得るのだ。ただしその場合、フロント企業が表に出てくるのは不可解である。フロント企業の建前は、あくまで堅気のビジネスを扱う会社だ。よってフロント企業は、母体の組との関係や地下組織との関わりを、世間に対して徹底的に隠すのが普通である。それに、組として台湾組織と大きな取引でもあるなら、組長か若頭クラスが全面に出るはずである。とすれば、酒井は組長の名代として、密談をしに来ていたと見るべきだろう。

 反面、鬼瓦と台湾マフィア、あるいは鬼瓦と酒井に接点があるのは妙である。百歩譲って、鬼瓦と郭協志グオ・シェーチーに何らかの商談はあるのかもしれないが、酒井との間には何もないはずだ。この二人がお互いのご機嫌を取りながら、世間話をするなどあり得ない。

 郭協志グオ・シェーチー、酒井、鬼瓦と、三者が一同に会する場面は確認されていないが、それぞれが三角形の辺を描くように、二人の組み合わせで会食している。しかし、三人一緒に顔を合わせることは、意識的に避けているように見えた。

 この三者に共通する利益を、康夫は考えてみた。単純に考えれば、お互いの勢力拡大である。極西は関東進出、台湾は新大久保や新宿以外への縄張り拡大、鬼瓦はクーデターを起こし一円連合を手中に収める。

 しかし、それは少し飛躍し過ぎた想像だった。極西はともかく、台湾マフィアや鬼瓦は、何年も現在の安定した環境に慣れている。そして台湾マフィアは、大陸系や香港マフィアとの覇権争いに気を抜けず、国内ヤクザと何かを企む余裕などないはずだ。しかも、かなり疑り深い連中である。にわかにビシネスパートナーとなったくらいでは、彼らは日本のヤクザを決して信用しないはずだった。

 そんな彼らに何かを決断させたとすれば、その引き金は一体何か。康夫の想像は、その辺りで霧の中を彷徨うように、いつも行き場を失うのだった。

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