第5話

「猪俣さん、これが組で必要な費用の推定額で、こちらが実績です。こうやって必要額と実績を比較すると、その組が苦しいかどうかがすぐにわかりますよ」

 猪俣は、出来上がったシステムを見て唸った。

 パソコンの画面には、二つの種類の棒グラフが映し出されている。経営の苦しい組にはアラートが出て、その詳細を確認できるようにもなっていた。

 また、不正入力による誤魔化しがバレるよう、入力項目は現金、収入、支出、資産、債務と多岐に渡り、矛盾があればアラートが出る。そして抜き打ち監査も猪俣と康夫によって実施される予定だ。

 それ以外に、よそ者が流れ付いているなどの不穏な情報、ガサ入れ情報、厳戒態勢通知などが直ちに配信される情報網が、一円連合の隅々に張り巡らされた。

 猪俣は本部の自室で、参下組織の全てを手に取るように掌握でき、必要であれば緊急指令をも発することができるようになったのである。

 最初はただ面白がっていた猪俣だが、次第にシステムの有用性に気付き、新しいアイディアがどんどん追加された。その中でも独特であったのは、有事における防衛体制だった。

 各組織の立地と人員の必殺技を考慮し、様々なケースでの陣営配置、すなわち前線部隊、弾薬補給班、食料調達班、救命班、偵察班、連絡班を、まるでゲームを操るように構成したのだ。

 そして本部には経営企画室を設置し、そこで新たなシノギの開拓を行うようにした。

 経営企画室にはインテリをよりすぐり、その下に渉外グループを設けた。渉外グループはとにかくガタイがでかく頭の悪そうな奴と、エリート然としたスマートなサラリーマン風を二人一組にし事に当たらせた。

 経営企画室の下にはもう一つ、諜報グループを設けた。ここは主に、警察へ密偵を送り込んだり、不穏な動きが見える傘下の組を内偵するのが仕事だった。このグループには、鼻の利く人間を選んだ。

 こういった活動全般に必要な情報は、できるだけ極道システムを活用できるよう、それに合わせてインプット情報を工夫した。

 例えば開発されたビジネス情報は逐次公開され、本部主導でフランチャイズ化した。どうせ上納金を取るのである。それならば元々フランチャイズではないのか。そうなると、構築されているネットワークが生きてくる。データベースに、ビジネスカテゴリーの詳細が追加された。

 諜報では、リスクマネージメントの一環として、警察関連のデータが追加された。

 誰かがパクられるとその理由、どの署にしょっぴかれたか、担当デカの名前、キャリア、粘着度、取り調べの内容、起訴か不起訴か、起訴の場合の担当検事の名前、キャリア、性格、そして判決内容、懲役の場合は年数、監獄の場所、出所予定日等々。

 シャバに出る日は刑をくらった理由や組員のランク、懲役年数に応じて、お出迎えをどの程度派手に行うかが自動的にコンピュータによってはじき出される。

 役立ちそうなありとあらゆる情報がデータベース化され、アプリケーションによって分析される。何かを知りたければ、すぐ様アプリケーションを開発し、必要なデータをデータベースから取得し解析すれば、まるで手品のように見えなかったものが見えてくるのだ。

 こうして極道システムは、無類の進化を遂げた。一般の一流企業でさえ、これほどのシステムは持っていないと思われた。

 康夫はプログラミングやITのプロフェッショナルではなかったが、システムを企画する能力には抜群のセンスがあった。

 この際、システムの専門知識があるかどうかは、大して意味を持たない。システムエンジニアやプログラマーは、要求に沿って作り上げるだけであり、作る技能を持つ人間はそこら中に溢れている。重要なのは、アイディアを生み出すクリエーターなのだ。クリエーター次第で、システムが生きたり死んだりする。

 このシステムが軌道に乗ると、一円連合は康夫に、システム管理者の名目で毎月百万円を支払った。もちろん康夫は受け取りを固辞したが、貞子が「くれるっていうなら貰っておけばいいのよ」と、受け取ることにしてしまったのだ。

 しかし、やくざから貰った金をどう税金申告すればよいのか分からず、銀行へ預ければ脱税の足がつく。結局その金は、自宅にたんす預金され積み上がった。

 元々道楽のない康夫は金の使いみちを知らず、貞子も贅沢をしない女だった。生活は会社の給与で十分間に合う。よってその金は、置き場所に困るくらい貯まる一方であった。

 お嬢様である貞子は、いざ家庭に入ってみると、これが意外に良妻賢母であった。

 結婚を決める際に見せた彼女の強引さは康夫を恐怖たらしめ、先が思いやられる憂鬱さを誘っていたのだが、彼女は毎日康夫の弁当を作ってくれるし、夕食のメニューも多種多彩で、しかも子供にめっぽう優しかった。

 家の中はいつでも掃除が行き届き、塵が気になることは皆無であった。帰宅すれば既に風呂の準備が整っていて、風呂上がりにはビールとつまみが出てくるのも毎日のことだ。

 度重なる貞子の夜襲に康夫がしっかり応えるほど、貞子の良妻賢母に磨きがかかった。元々世話好きで、細かなことに気付く女である。康夫は貞子のそんな様子を見て、女房は見掛けじゃないなとつくづく思うのだ。

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