陰のドン

秋野大地

第1話

 貞子というへちゃむくれと所帯を持って十年、康夫は三人の子宝に恵まれた。

 子供が三人とも女だったのは予想外だったが、三人の子持ちになることがそもそも予定外で、その妻そのものは想定外だった。

 三人も子供を産み育てれば、多少のへちゃむくれでも見るところのあった女は、胴回りのオウトツが少なくなり、それを支える足腰周りも随分丈夫になった。大型の顔の中に居座る三白眼は年季と共に凄みを増し、大きな体も合間って、何事にも動じない安定感が増強している。身体に似合わず、足首の細いところが救いだ。

 いや、女の体型が変わることなど、世間にはいくらでもある。それに男の身の上にも、腹が出たり頭髪が薄くなったり、様々な変化が現れる。だから、貞子の外観上の変わりようを多少遺憾に思うところがあっても、それは大して気にすることでもない。

 問題は、貞子の素性にまつわる、周囲の複雑な事情だった。それだけは、いつでも康夫を惑わせる。それが彼の人生を、複雑怪奇にしているのだ。

 元々神経衰弱で押しが弱く、世間的には何事も松竹梅の竹であることを美徳としてきた康夫だった。

 子供の頃から成績は常に中で、その結果卒業した大学も並。コーヒーサイズは大中小、どれにしますか? と尋ねられたら、迷わず中を頼むタイプだ。

 就職は、大学事務局の手違いによる推薦状で一流企業へ潜り込めたが、生涯の運をそこで使い果たした彼の会社人生は、その後全くうだつが上がらない。

 そもそも魑魅魍魎たる一流企業の出世レースなど、彼の性に合わないのだ。康夫には確たる信条や主義主張はないし、他者との衝突は、自分に理があってさえ避けるたちである。他人を傷付けたり蹴落としたり、あるいは策略を巡らせるなど到底できず、秀でた能力も見当たらないとくれば、一流どころでなくても出世は厳しい。

 お陰で康夫は、勤続七年にしてお情けの主任ポストを手に入れてから、職場で係長の「か」の字にもかすらない、あぜ道にたたずむ地蔵様のように地味な存在となっている。

 彼にしてみれば、地蔵様も雨風にさらされて案外苦労が絶えないんだという思いはあるが、康夫はそれを口にするほど世間知らずではなかった。

 長女の永子は十歳。できちゃった婚という、ドラマティックな二人の結婚を決定的にした最大因子である。

 目立たずを常に地で行く康夫にとって、できちゃった婚は上出来だった。

 本人は狼狽えたが、打ち明けられた康夫の両親は、お前もいっぱしの男だったと歓喜した。結婚できるチャンスがあるなら、好機が逃げないうちにさっさと一緒になれとも言った。

 両親は、何かにつけてうだつの上がらない康夫の性格を見抜き、密かに憂いていたのだ。孫の顔などいつ拝むことがでるのやらとため息をついていたところへ、嫁と孫がいっぺんにできるとなれば、それは赤飯を炊いて家族総出で祝わねばならない出来事だった。

 ただし、貞子の素性を知ったあとは手のひらを返すように、両親はだんまりを決め込んだ。

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