第16話 一人の部屋で
直は自分の部屋でハウルフォンを点け、何度も画面をつついて機能を確認する。
メニュー欄を開き、設定の変更を試みようとするも、したい事ができそうな項目は見当たらなかった。
「普通の携帯だ。……つついた限りは、だけど」
諦めたように直は倒れ、背中から布団に倒れた。
結局プロテクトは解除されず、彼は相談のためとして、有事の際の通話を余儀なくされたのだった。
「はあぁ、困った……」
額に手を乗せ、ハウルフォンを床に置くと、彼は半ば諦めたように呟いた。
このまま寝てしまおうとも考えたが、午後の六時は眠るには少々早い。
まだ何も食べていなかったのを思い出し、彼は仕方なしに身を起こした。
習慣のように冷蔵庫を開けると、覚えのないタッパーがいくつか重なっていた。
そのいずれにもメモが貼ってあり、中身であるおかずの名前が志乃の字で書かれていた。
初めての事ではないが、それでも彼にとってはあまり嬉しいものではなかった。
二十を過ぎて年下の女性に食事の世話をしてもらうなど、自分が自立してない情けない男だと言われているような気分になるからだ。
かといって捨てる訳にもいかず、毎回食べては志乃に頭を下げる事になるのだった。
春巻き、マカロニサラダ、肉味噌炒め(マイタケ入り)。
最後のものを見て直は渋い顔をしたが、結局春巻きと肉味噌炒めを皿に移し、電子レンジのスイッチを入れた。
テレビの前に座ってリモコンを取り、電源を入れる。
「またも地下駐車場で被害者が現れました。22日未明、○○県△△市の―――」
流れたニュースを何とは無しに眺めていた直は、聞こえてきた言葉に耳を疑った。
「―――遺体は顔を切り取られた状態で発見されており―――」
聞いた瞬間、彼の注意は夕方のニュースに吸い寄せられた。
アナウンサーが被害者の名前を読みあげるのに合わせ、犠牲者の写真の一覧が映される。
志乃に似た顔が、あった。
しかし表示された名前を見て、別人だと分かると、彼は幾分安堵した。
それでも不安が拭えず、焦る手で志乃の番号にかける。
コール音が二度、三度と鳴り、今か今かと直は待つ。
胸のつぶれるような緊張の後、ガチャ、という音が上がると、彼ははあ、と短く息を吐いた。
『ん、んん?直君どうしたの?』
志乃の呑気な、寝ぼけた声が受話器から上がる。
直は深く、深く安堵した。
うまく息が吸えず、浅く呼吸を繰り返すようにした後、どうにか声を発した。
「あの、はあ、よかった。志乃ちゃんの、はあ、声が、聴けて……」
志乃から、すぐには返事は返らなかった。
どうしたんだろうと、荒れた呼吸のまま返事を待つ。
妙に長い間の後、志乃の小さくかすれた声が上がった。
『え、キモい……』
「志乃ちゃん!?」
『だってそんな、ハアハア言いながら声聞きたいって言われても……』
「いや、まあ、そうだけどさぁ!僕本当に心配したんだよ!」
直は必死になって弁明するが、寝起きらしく反応の鈍い志乃には響かなかったようだ。
『まぁ、直君に黙って帰ったあたしも悪いけどさ、心配しすぎだよ。そんないきなり死んだみたいに言われても、ねえ』
「だ、だって、怪物が出たんだよ!?もしかしてって事も……」
不意に、長瀬の言葉が思い出された。
『―――奴等はいずれも残虐な手段で人間から顔を奪い、人間に成りすましています。―――』
「……!」
直の意識が、弾かれたようにニュースに戻った。
「これで四件目、いずれも若い女性ばかりが狙われております。付近にお住まいの方は、一人で出歩かないようお願い―――」
「……」
これまでずっと他人事だったニュースの報道が、耳に響く。
見えない誰かに背中を撫でられたような寒気すら感じられた。
「気象情報です。神田さんどうぞ」
続いてこの局の名物であるお天気キャスターの陽気な天気予報が始まった。
明るい音楽がいつにも増して白々しく八畳間に響く。
「……」
『直君?おーい、直くーん?』
志乃の呼ぶ声が、直の耳を通り過ぎる。
彼の脳裏には、四人目の被害者の顔が強く焼き付けられていた。
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