第10話10

「なんで……俺が日本人だって思ったんですか?」


「そりゃまぁ、髪の色だろ。こっちの世界でそんな黒髪なんていないしな。それにお前が倒れてたダンジョンはスタンウェイ王国の近くだし、もしかしたら、と思っただけだ」


「それじゃ、あなたも転生を?」


「いや、俺は転生はしてない。転移の方だ」


「そうなんですね」


転生じゃなくて転移。つまり彼は死ぬことをトリガーにしてこっちの世界に来たのではなく、強制的に連れてこられたのか。明らかに俺より苦労しただろうな。


「そんなことより早く質問に答えろ」


「え、あ、はい。俺の名前は氷雨 零です。こっちではレイ・グランロードとして暮らしています」


「ほぉ、名前が一緒とはめずらしいんじゃないか」


「えぇ、珍しいと思います。自分的には呼び名が変わらなくてよかったです。それと、お名前をお聞かせできないでしょうか。助けてくれた方の名前を知らないというのは恥だと思うので」


さすがに命の恩人の名を知らないとはあってはならないだろう。そこら辺はわきまえてる。なんてったって僕超絶礼儀正しいので。


「そういえば言ってなかったな。俺の名前は時雨 那由多。こっちに来たのは5年前だ。クラスごと転移させられて紆余曲折を経て今に至っている。それで俺の仲間だがそっちの緑の髪の方がドライアドのアリア。ドライアドは樹の精霊で滅多にお目にかかることは無いが訳あって俺に力を貸してくれてる」


「どーも、アリアです。この家は私が管理しているので分からないことがあったら聞いてくださいねー。ナユタさんには色々助けてもらったのでその時の借りを返してる途中なんです」


「そうなんですね。よろしくお願いします」


温和な喋り方でこの人と喋ってると癒される感じがする。しかも綺麗なので眼福極まりない。あぁ、神はここにいたのか。


「それでそこに座っているのがセラだ。とある国の要人で俺と目的が一致しているから一緒に行動している。簡単に言うと利害関係の一致だ」


「よろしくお願いします、セラさん」


「我に話しかけるな。弱者と話す概念は持ち合わせておらぬ」


「……すいません」


怖い怖い怖すぎる。俺と那由多さんと同じ黒髪で一切淀みのない綺麗な髪。アリアさんとは違って話しかけづらい人だがこちらも美女と言わざるを得ない。


さては、桃源郷か?ここ。一体俺は前世でどれだけ徳を積んだんだ?いや、ひたすら病院通いしてただけなんですけどね。


「那由多さん、アリアさん、セラさん。本当に助けてくれてありがとうございます。俺が今ここにいるのは3人のおかげです。この恩は一生かけて返します」


今俺がこの桃源--木の家にいるのはこの3人のおかげだ。死んでもおかしくない怪我を負ってたにも関わらず俺を助けてくれたこの3人に何か恩返しがしたい。これは本心だ。俺に特別な力はないけど何かに役立つことがあればいいのだが。


「ほぉ、今なんでもやるって言ったな?」


「いや、なんでもとは言ってないんで--」


「なんでもって言ったよな?」


え、何この笑顔むちゃくちゃ怖いんですけど。これって主にヤクザとかそういう系の人が悪いことを企んでる時にする顔だと思うんですけど。


「言ったよな?」


「…………はい、言いました」


有無を言わせぬ圧力に屈してしまった。恩返ししたいのは山々だがどうも嫌な予感しかしない。なんだろうこの嫌な気配は。これから先の道筋に暗雲が立ち込めてる気がするんだが…。


「それじゃあ………………」





「………………………………」


意識が那由多に集中する。彼の発する言葉で俺のこれからの人生が決まると言っても過言ではない。助けてくれた人の頼みを断るほど俺は終わっちゃいない。それこそ死ぬこと以外のことならなんでもやるつもりだ。


さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。





「零、お前は俺の弟子になってもらう。断るはずないよな?命の恩人の頼みなんだし」


「へ……?弟子?」


「あぁ、弟子だ。ちょっと今人手が必要で探してたところにお合え面向きな奴がいたからな。しかも異世界から来たもの同士で話しやすいこともあるしな」


「はぁ、でも俺なんかでいいんでしょうか?見たところ力の差が歴然なんですけど」


那由多は強い。戦ってる姿こそ見たことは無いが相当な手練であることが予想される。歩き方や姿勢、体格をとっても超一流と言っても過言ではない。さらにこの強者特有の気配。エアリスと対峙したことでこういった第六感が鋭くなった気がする。


「それを理解出来ているなら十分だ。俺がお前のより強くしてやることを約束してやるよ」


「!…………知ってたんですね、親父のことを」


「この世の中で知らない方が難しいと思うけどな。まぁ、安心しろ。もうお前は比較される必要はない」


「え、それって…いったい」


「お前はもう死んだことになってるんだよ。レイ・グランロードは既にな」


「死んでるってどうしてですか?俺は生きてるんですけど」


「だから言ったろ。レイ・グランロードは死んだって。誰も氷雨零が死んだとは言ってない。お前ならこの意味がわかるだろ?」


「あぁ、そういうことですか。それは…………嬉しいですね。やっと…解放された」


あれから何日経っているか分からないがエアリスが撮っていた記録結晶がもう知れ渡っているのだろう。魔王が復活したことと共に。だが、それでいいのかもしれない。もう、蔑まれたりせずに済むのだから。やっと周りの目から本当の意味で開放された。もうレイ・グランロードを演じなくてすむんだ。


「……っ……ぐすっ……っっ…やっと……解放…された……。もう………いいんだ…」


心の中から溢れる思いと連動して涙も止まらなかった。身体の力が抜け膝立ちで喘ぐ様は酷く情けないものだったが誰もそれを貶したりはしなかった。

ここにいるもの誰も。


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