第9話 9

「なんなんだ、ここは?」


俺を取り巻くこの空間。特に何かがあるわけではないがそれが逆に違和感を生み出す。それにこの空間には色がない。人は虹彩を通して色を認識するが、それがここでは機能していない。


「身体は、動かないか。痛みとかではなく、強制的に縛り付けられているかのようだ」


意識はハッキリしているが手足がまるで動かない。ただ、ゆっくりと落下しているように感じる。さながら海に沈む死体のごとく。


「いや、死体もあながち間違いではないかな。比喩ではなく、あんなに身体に穴が空いたのだから死んだっておかしくない。生きていたならそれは奇跡といっても過言ではない、か」


記憶もしっかりと機能している。エアリスにおもちゃにされ気を失ったところまで身体が覚えている。


あの痛みを。あの無力を。そして、あの屈辱を。


「はぁ、生きていたならあの3人を絶対に殺しの行くのにな。それももはや叶わぬ夢か……」


アレン、セーヤ、エリー。


この3人だけは許さない。俺の全てがこいつらを許さないと言ってるかのごとく、あの出来事を覚えている。主犯はアレンだが見捨てた2人も同罪だ。地獄に連れて行ってやりたい。


それに比べて、エアリスはどうだ。魔王とはもっと卑しい存在だと思っていたが案外話の通じる奴だったな。話が通じると言っても話の意味は全く理解し難いものであったが。


もしかすると、違う立場にいたのであれば友と呼べる存在になったかもしれない。後の世で人として生まれ変わって出会えたなら楽しそうだな。

お互いに頭のネジが飛んでいる者同士、色々楽しめそうだ。


はぁ、思い残すことは特にないな。


いや、1つあるか。


レイという存在を心の底から両親に褒めて欲しかった。


今更感は否めないが、もうレイという人生も終わりに向かっているのだ。何を思い、何を考えたって罰は当たらないだろう。


長いようで短い人生だった。

これで俺の旅は終わりかな。もう意識が落ちかけている。次があれば普通の存在になって平坦な人生を歩みたいものだ。


さらば、俺。



















『まだ、君に死んでもらったら困るんだけどなぁ。』



「あん…た……は?」


意識がはっきりしない。そのせいで俺に語りかけてきた誰かの存在がぼやける。


『君の旅はまだ終わらない。目が覚めたらそばにいる男を頼るといい。とは言ってもここでの記憶は忘れてしまうんだけどね』


「…………………………」


『さぁ、目覚めるんだ零君。世界はまだ君を必要としているのだから』




















「…………ん、ここはいったい?」


目の前には見知らぬ天井というテンプレ的な状況にどう反応すれば良いのだろうか。


こういう時は、何をすればいいのだろう。

とりあえず記憶の整理をやってみるか。


ダンジョン内でパーティーメンバーに裏切られ魔王に殺されました、と。


よし、脳は正常か。


って、正常じゃねぇよ!!

俺まだ死んでねぇじゃん!!


あの怪我なら普通、人生を終えてもおかしくないのにまだ生きている。いやはや、俺って強運の持ち主だったのね。異世界に来てのチート能力が幸運とは恐れ入ったよ。できれば、もっと早くに気づきたかったけどね。そしたら商人として成功できたのに。


とまぁ、一旦現実逃避をしてみたけど、ここはどこだ?


目の前の天井というか、木の壁か。よくよく見れば周り全体が木の壁のようだ。ここは気の内部に作られた家なのだろうか。


とりあえず、行動してみるしかないか。


幸いにして身体は動くが、激しい運動は控えた方が良さそうだ。でも、こうして歩けるだけで感謝だな。もう一生歩くことなんてないと覚悟していたからな。


「とりあえず外に出るか」


そう思い、部屋に備え付けてあったドアに手を伸ばしたとき、


「失礼しまー、ってあれ?起きました?いや、今永遠の眠りに誘っちゃいました?」


「勝手に、殺さないでください」


急に開いたドアに何も出来ぬままぶち当たり床に大の字になってしまった。なんとも情けない。恥ずかしすぎて穴があったら入りたい。


「ごめんねー。今ベッドに戻すからねー。えいっ」


彼女がそう言うと木の壁から枝が伸び俺の体をやさしく包みベッドに移動させてくれた。


「今のは……」


「ちょっと待っててね。君が起きたら伝えてくれって言ってた人が外にいるから呼んでくるー」


緑色の綺麗な髪の毛を有した女の人はドアから出ていってしまった。


さっきのは一体なんだ。息をするかのごとく木を自在に操っていた。そもそも木を操るなんて魔法を聞いたことがないし、あんなに自在に操れるなんてどれだけ彼女は魔法に精通しているんだ。


それに彼女は誰かを呼びに行くと言っていた。

多分、俺の怪我を癒してくれた方なのだろうがどんな人なんだろう。何か俺に出来ることがあればいいのだが…。


俺が今後の思案に耽っていると、


「やっと起きたか」


「あ……はい…………え?」


ドアから入ってきた男の人に俺は目を奪われた。目が一点を除き他の箇所に動かなくなった。ただしこれは恋などという生温いお遊戯ではない。俺は異世界に来て初めて出会ったのだ。俺と同じの、まるで日本人のような人に。


「人の顔を見て壊れるんじゃない。お前気持ち悪いぞ」


「すいません。俺初めて自分以外に黒髪の方を見かけて…」


「………なるほどね。それで、名前は?」


「レイ。レイ・グランロードです」


「違う」


「…………え?」


この人は何を言っているんだ。俺はレイ・グランロードで間違いないはずだ。それにこの人は俺の名前を知らないはず。知らないからこそ名前を聞いたんじゃないのか?


「俺の名前、違うんですか?」


何を頓珍漢なこと言ってるんだ俺は。あまりのパニックにまともに思考回路が仕事をしていない。思わず変なことを口走ってしまった。


「いや、そうじゃない。俺が聞きたいのは……」


「……………………」
















「お前のにいた時の名前だ」




「………………え」


俺はこの世界に来て初めて人からその単語を耳にした。この世界の人が絶対に知らないであろう言葉を。


転生する前にいた、俺の世界の名を。





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