激闘 前篇
いよいよ廃墟除霊は最終局面に入ろうとしている。
ついに悪霊と戦うのだ。皆には待ってろと言われたが、戦いが気になる。
俺はせめて見守るだけでもとスロープ付近へ急ぎ、埃だらけで汚い床に膝をついて首だけを出した。
「おッ始まるぞ」
三人はすでに行動を開始していた。
まず、瑠唯さんがこれまでで一番大きな灯霊弾を天井目掛けて撃ったのだ。
それほど速くないスピードで放たれた巨大な光球が、鉄骨に突きささる。
すると、小さな太陽が出現したかのようにドーム型の広いプール内を照らしたではないか。
「あれ? どういうこった」
しかし、明るくなったプール内に幽霊はいない。
中央にある施設の目玉であった、波の出る大きなプール、隣には子供用プールもある。朽ち果てた屋台の残骸や置き忘れられたデッキチェアに南国風のファンキーな絵が壁一面に描かれた建物もあった。あれは確か休憩所だったような……。
「幽霊はおろか悪霊さえもいないじゃねぇか」
楠屋親子も依然として幽霊や悪霊を探してはいるが、発見できていないようだ。
瑠唯さんは先ほどの特大灯霊弾を撃った際、かなりの霊通力を使ったのか荒い息を吐いている。
それでも下は向かずに、用心深くプールサイド内へ気を配らせているようだ。
「いないわね……どこへ隠れて――」
業を煮やした光華が先頭を切って波の出るプールに近づいていったその時――誰かが気がつく間もなく、突然だった。
遠くの俺でさえ心臓が止まりそうになった。
幽霊が巣を壊された蟻を思わせるように、プールの中から一気に這い出てきたのである。
「うわううあうわうわッとととッ!? 父さん、来るわよッ」
光華は慌ててまたもこけそうになるが、瞬時に体勢を立て直し封光を構える。
「そこに隠れていやがったかッ。いくぜぇッ!」
幻尊さんが切り込みに向かう。戦闘開始だ。
死者への仲間入りをさせようと生者へ爪を振りかぶって特攻して来る幽霊軍団を、まずは楠屋親子が次々と一閃する。
「行くわよッ」
「かかってこいやぁぁぁぁッ! 一人残らず黄泉に! 返してやるからよぉぉぉぉおおぉおおあッ!」
光華に幻尊さん。眩しすぎる除霊具を振り回し続ける。
闇雲に振り回しているようにしか見えないが、事実二人が作り出す光り輝いた高速斬撃の壁へ、奴らは馬鹿みたいに突っ込んできては次々と除霊されていく。
一体たりとも逃していない。
攻撃の速さ自体は、施設の入り口で壁霊封陣を施していた時と変わらないが、威力がその比ではない。
「うぉぉぉぉすげぇッ!? なんつ~攻撃だよあの二人!」
強化された除霊具の光が、切った奴らの後ろまで届いて貫通している。
さしずめ突っ込んでくる幽霊たちは、電撃殺虫器目掛けて近づく羽虫だ。
「うっだらぁぁぁぁぁぁぁぁッ! まだまだよぉぉぉぉぉぉぉッ!」
「足りないッ! 足りないッ! 足りないぜぇぇぇぇッ!」
攻撃の手を休めない楠屋親子の雄叫びが、戦場と化したプールに響いた。
幽霊の群れが細切れの光となり、天に昇っていく。
「くッなんて数――! えいッ!」
瑠唯さんも体力を回復したのか、戦闘に復帰。
遠くから甲奘で青白い光弾を放ち二人を援護している。
奴らもかなりの数だが、この調子では時間の問題だろう。
「そろそろッ! 手が痺れてきたわねッ!? ハァッ!」
「あと少しだぞ光華ッ!? 気合いが! 足りないぜぇぇッ!」
「わかってるッてッ! はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
目に見えてどんどん奴らの数が減っていく。
「幻尊さんの言う通りだぞ光華。あとちょっとだ、頑張ってくれ皆」
このまま何もかも無事に終わってくれればいいのだが、幽霊はともかく肝心の悪霊が発見できない。
瑠唯さんも援護射撃をしながら時折、俺のようにプール内のどこかにいるであろう悪霊を探してるのか目を配らせる。
だが、彼女も依然として見つけられないようだ。
そして、霊媒師たちが描き出す映画かアニメのアクションシーンのような光景はさらに熾烈を極めていたが――
「これでッ終わりよッ!」
光華の相変わらずのバカデカい一声と同時に、攻撃が終了した。
初撃が始まってから短いようで長い時間。二人の除霊具を包んでいた光も、徐々に弱まっていく。
一網打尽であった。強霊装の儀を施した除霊具の凄まじさやなんたるや。あれほどいたプール内の幽霊を一体も残らず撃破したのだ。
「凄い。二人とも、流石ですッ……」
瑠唯さんが称賛するように呟いた後、走って二人の元へ近づいていった。
彼女は体力的に大丈夫そうだが、光華も幻尊さんも遠目に見た感じだとかなり疲れてるらしいな。
悪霊とこれから戦うというのに体力をかなり消耗しているが――それでも、無理もないのか。あんなにうじゃうじゃいた幽霊を全て倒すのは、流石に手は抜けないだろうし。
「あッ!? おじさまッ光華ッ!」
突如である。瑠唯さんが大声を出してどこかを指差したのだ。
その示す先は、光華たちが立っているプールの正面付近からずっと向かい側。
プールに波を発生させる装置があるだろう箇所の真上に建っている休憩所だ。
「あそこがどうしたん……てぇッ、あ、あれが、悪霊かよ!?」
いた、いたのだ。
悪霊らしき存在が、休憩所の入り口付近を堂々と闊歩していた。
建物の中から出てきたのであろうか。真っ白――いや、血飛沫でも飛び散ったかの赤い模様が所々にある長いローブを身に纏っているのが確認できる。流石に顔までは見えないが背は小さいようで、下手すると瑠唯さんよりも小さいく見える。
そして狂暴化した幽霊までとはいかないが、それでもローブの先から尖った爪が見えているようだ。
問答無用で突っ込んでくる幽霊とは違って、歩き方が人間と同じような立ち振る舞い。何故だか、化け物じみた印象は感じられなかった。
三人は即座に体制を整えて、除霊具を悪霊へ構え始める……が、歩いていた悪霊がいきなり前のめりになって倒れた。
「おいおい、ぶっ倒れたぞ。まさか、光華と幻尊さんの攻撃に巻き込まれていたとか!? だけどそんなら消えてるハズだし、あんなところから来ないよな……ウッ!?」
否である。立ち上がった。
そして次には奇声をあげて喚き散らしながら、狂乱的に周りのミエナイナニカに向かって爪を振りだしたのだ。
俺には何故だが、悶え苦しんでいるように見えた。
「おいでなするぜ。先刻の攻撃ん時に、紛れてくたばったってのを期待してたんだがねぇ」
「上手くいきすぎでしょそれ。てゆ~か身体の方は大丈夫なの? 肝心の悪霊が、ふぅ……くッ、残ってるのに見た感じ、大分疲れてるようだけど」
「バカヤロォ奴との戦いに向けて体力は温存してんだよ! お前こそ大丈夫なんだろうな。途中で泣き事言っても遅いんだぞ?」
「全ッ然余裕! 絶対に勝つわッ!」
から元気か、こちらにも聞こえるほどの元気な声で楠屋親子が皮肉を言いあっていたその時――。
「二人とも、その辺にしておいてくださいッ。来ますよッ!」
瑠唯さんの言う通りだぞ、集中してくれ。
だって悪霊が暴れるのを止めて、三人がいる方角に首を向けたんだ。
「うぐっ!?」
蛇に睨まれた蛙って、今みたいな感覚になるんだろうか。
遠くにいる俺でさえ血の気が引いた。奴は三人に目を向けた後、憎しみの感情を一点に集めた瞳で俺も射抜いた。恐怖のあまり、動けなかったのだ。
「グ!? む、胸が」
ブレスレットを付けているのに胸もチクチクしてきた。中々にキツイ。
悪霊。あんな化け物が俺たちにしか見えてないなんて嘘だろう?
幽霊とは全然違う。負の魂が何もかも越え切った果てにある存在。
それがターゲットを定めたのか、歩き始めて――!?
「やるぜぇッ。瑠唯ちゃんは俺ら援護射撃を頼む! 今日も皆ッ、無事で帰るぞぉぉぉぉッ!」
幻尊さんが腹から全てを出す勢いで叫んだのが合図だった。
本当の意味で最後の戦いが、今始まったのだ。
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