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 ガタンガタンと馬車が揺れる。


 王都から出発した黒塗りの馬車の中には、アリシアとフリーデリックの二人きりだった。


 もっと大仰に兵士たちに囲まれて向かうと思っていたアリシアは拍子抜けしたが、フリーデリックと二人きりの密室はそれなりに息苦しかったので、落ち着かない。


 馬車は王都から北――、海沿いにある小さな町へと向かう。


 町のさらに北には、昔その地を治めていた辺境伯が使っていた古城があるが、数十年前に血が途絶え、領地が王の管轄下となってからは使われていないはずだ。


 古城のすぐそばには岬があり、岬の上に鉄の十字架が立っている。アリシアは、その十字架にはりつけにされるのだ。


 アリシアはもちろん行ったことはないが、小説で描かれていたシーンなのでなんとなくどんなところか想像はつく。


 小説では、アリシア・フォンターニアが処刑される前まで描かれていた。実際に刑に処せられたところまで描写はされておらず、アリシアの最期を締めくくる一文として「アリシア・フォンターニア公爵令嬢は、悪徳令嬢としての生に幕を閉じた」と書かれていたのみだったが、刑の方法は知っている。


 アリシアの刑が決まったとき、王が嬉々として自らアリシアに語ったからだ。


 国王は、よほどアリシアが嫌いらしい。


 刑の内容を語ったあと、アリシアが何の反応も見せなかったため、怯えさせたかったのか、何度も「磔だ」「数日かけてじわじわと死に向かう」「死んだら野鳥に食べられる」と王が繰り返したので、嫌というほど覚えている。


 アリシアは馬車の背もたれに体を預け、そっと目を閉じた。


 馬車のとばりは下ろされていて、外の様子は一向にわからない。


 フリーデリックも終始無言で、窒息しそうなほど重たい雰囲気のまま、アリシアは目的地にたどり着いた。


 先に馬車を降りたフリーデリックのあと、アリシアは馬車を降りる。


 フリーデリックが馬車を降りるアリシアに手を貸そうとしたことには驚いたが、アリシアはその手を借りずに自力で馬車を降りた。


 短い草が生えそろった大地に足を下ろす。


 岬の端に向かうにつれて草は少なくなり、先端には鉄の十字架が太陽の光を反射して冷たい鈍色にびいろに輝いていた。


 潮風に当たっているからか、ところどころに赤さびがついているのが、視力のいいアリシアの目には見える。


 風が強かった。


 空は抜けるように青く、風に乗って潮の香りが届き、波が打ち寄せる音が響いている。


 左手には大きな古城。


 最期を迎える日にしては憎たらしいほどいい天気で、それを喜んでいいのか悲しんでいいのかもわからなくなるほどアリシアは疲れていた。


 フリーデリックは一言も発しない。


 さっさと刑に処せばいいのに、先ほどから動こうともしなかった。


 アリシアはフリーデリックを振り返り、諦めて自ら十字架の方へと向かっていく。


 その後ろを、フリーデリックがついてきた。


 自分から処刑されに十字架に向かうなんて滑稽だと心の中で笑いながら、アリシアはそびえたつ十字架を見上げる。


 短い人生だった。


 悲惨な人生だった。


 でも、それも今日で終わり――


 アリシアは静かにフリーデリックを振り返る。


 フリーデリックがアリシアを十字架に磔にして、アリシアはそっと舌を噛んで死ぬつもりだった。


 だが――


 予想外の言葉が耳に届いて、アリシアの思考回路は停止する。


「アリシア・フォンターニア嬢。俺と結婚してください」


 次の瞬間。


 凪いだ水面のように静かだったアリシアの心に怒りという感情が巻き起こり、フリーデリックの右頬を思い切り引っぱたいていた。

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