朽ちてのち緑

@HighTaka

序章

 こんなにもたくさんのことがあったのだなと彼女は感心していた。

 華やかな娘時代に再び胸躍る思いをしてあとは死が近しかった子供時代、とうに死んだ母親や、気難しいが結局娘にあまかった父親の姿に老婆は涙の出る思いだった。否、時代を遡行するにつけ老婆の自分のイメージは若返っていく。

 やがて幼児となり、彼女の自我は形成される前へと戻っていく。もう意識の焦点はあわない。

 脳髄の奥底に小さく封印されていた、最初に感じた光の中の記憶に達するころには彼女はもう何も思わず、そして心臓が静かに動きを止めた。

 天使は静かに姿を消し、昔は豪華であったのだろうが長年の使用にくたびれた法衣の僧侶が静かに老婆の目を閉ざした。

 先ほどまで小さくうなり、かすかにひかってさえいた法具は元のくすんだ姿に戻っている。

「ご臨終です。安らかにゆかれましたな」

 天使の姿を初めて見た子供たちは目を丸くしたままだったが、こうやっての人の臨終を何度も見ている年長者たちは静かに泣き始めた。

 これは辺境の、とても貧しい星の、そのまた片田舎でのできごとだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る