déjà-vu

風の音だけが朽ちた街に流れる。ミックとアメリは目的地を目指して走っていた。そこに残虐な手段を使って二人を挑発してきた手紙の差出人がいる。相手の詳細が不明なため、警戒心は高まるばかりだ。

 そして――

(お兄ちゃんも、こうやって勇者ルイ様の後ろをついていったのかな)

 アメリはかつて兄も経験しただろう状況を自身の現状に投影していた。ある時は勇者と共に危機から脱出するために走り、またある時は葬民を撃退するために死力を尽くして援護しただろう。

 数奇な運命だと感慨深くなる聖霊術士の少女に、単独行動していた頃とは違う緊張感が生まれる。

「おいアメリ、アメリ!」

「へ? あ、はいッ」

 意識が飛んでいたアメリはミックの声に慌てて反応する。

 振り向きざまの勇者は訝しげな視線を飛ばしていた。

「集中しろ。この瞬間が命に関わる状況だったらどうする? 君はわけもわからぬまま死んでいたのかもしれないんだぞ」

「ご、ごめんなさい」

「奴さんの屋敷が見えてきたんだからな、気を引き締めてくれ」

「……え?」

 いつの間にか白と青のコントラストが美しい宮殿が視線の先にあった。

 廃墟郡の中には不釣合いなまでに豪華な建物だが、庭園内には豊かな配色を乱すかの如く大勢の葬民がいた。

 赤い目が捕らえたのはアメリ達に違いなかった。戦意むき出しに待ち構えているようだ。

「隠れてたのね、なんて数なの!?」

 アメリは怨魂具現体の群れにショックを受け転びそうになるが、なんとかバランスをとった。

「手荒い歓迎を受けるだろうな。昨日の晩の間にでも大移動していたのか。どうであれ背後から誰かが操っていたとしか考えられん」

 対照的にミックは落ち着いていた。鞘からフェンブルの霊剣を抜き取ると、

「突っ切るしかないか。アメリ、取りこぼしを頼むぞ」

 走る速さを何段階も上げて、アメリを突っ切っていく。

「へ、ちょ、いきなり!? ちょっと待ってよミック」

 突然速度を上げた勇者へ追いつこうと必死に足の回転数を上げるアメリだが、差は広がるばかりである。

 当のミックは豪勢な門をひとっとびで飛び越えて敵陣の真っ只中に降り立った。

 当然、亡者の群れは一斉に襲い掛かる。

「あーんもう無茶苦茶よ!」

 やっと門の手前にまで辿り着いた聖霊術士は無謀とも見えたミックの突撃に悲痛な叫び声をあげるが、

「心配無用だ」

 勇者は冷静そのものだった。

 返答した時にはもう葬民が飛び掛る寸前――対してミックは自身の足を軸にして回転し、青白く光る霊剣を思い切り振り回し始めたのだ。すると突っ込んできた葬民は次々と巻き込まれて昇天していく。あっという間に四方は全滅、ミック周辺の亡者達は躊躇するように後ずさる。

「さっきまでの威勢はどうした。今度はこっちから行くぞ」

 隙を逃さない。ミックは回転を止めると、今度は狼狽えている正面の一群に向かう。

「ハァッ!」

そして霊剣を横薙ぎに振るい一気に数体を消しさると、続けて辺り一帯に霊剣を振り回し撃破していく。

「す、凄い。やっぱり只者じゃない……あんな人が剣士隊にいたなんて」

 早急に救援に向かおうと門に飛び乗ったところで、目を白黒とさせ戦いを他人事のように眺めるしかないアメリ。心配は杞憂であったと思わざるおえなかった。

 強すぎるのだ。教会堂でアメリを救った時の非ではなかった。

 フェンブルの霊剣の力だけではなく、肝心の剣技そのものが並外れている。的確で無駄のない洗練された動きだ。敵がどこから来ようが関係ない――わらわらと沸く虫を散らすように、庭園内の膨大な数の葬民を減らしていく

「おいアメリ。そんなところで立っているだけでは意味ないぞ! 援護を頼む」

「あっうん!」

 ミックの怒号に我へ返ったアメリは地に着くと、霊護符を持って慌てて走り出した。

 勇者の位置は庭園と宮殿の中間だ。そこに至るまでの道はすでに空いている。

 アメリがミックの下へ着く前には、葬民は完全に警戒して遠く距離をおいていた。

「これ、援護必要なの? 取りこぼしなんてないじゃない」

 アメリが息を切らしながら到着する。ミックは霊剣を構えたまま宮殿の入り口を見据えている。

「アメリよ、何もしてないのにもう息切れか」

「違う意味で疲れたの。あなたが強いのは十分すぎるくらいにわかったけど、あんまり突拍子もない事をして驚かさないで。葬民の真っ只中に特攻していった時は気が気じゃなかったわ」

「先手必勝さ。もっとも奴らは戦いに関しては勢い任せに飛び込んでくるだけだから急ぐ必要もなかったみたいだ。してもこの数だと、もう少し手ごたえがあると思っていたのだが」

 軽口の叩きあいのような会話をした二人は、たじろいだまま動けないでいる葬民らに向き直った。

 しかし二人の注目はすぐに宮殿の入り口へと移った。何者かが出てきたのだ。

「はいはい終了だよ、もういいから下がってなさいな!」

 その者はパンパンと手を叩き、大声を出して戦いの終了を葬民に促す。その指示を受けた亡者の群れは荒ぶる事なくミック達から離れていった。

「使えないなぁ。やっぱ雑魚共じゃ駄目よね」

 指示者は女であった。それも神が贔屓したデザインと言われてもおかしくないまでに整った容姿だ。切れ長の双眸と程よく高い鼻、ぽってりした艶い唇の全てが黄金率。その黒髪は上質な絹糸のように艶かしい。

 そして着込んでいるのは、両裾に大きなスリットが入った上下一体の衣装だ。ドス黒い赤色の斑点が至る所にデコレーションされている。豊満な膨らみを強調させるため胸元が開いたソレは、さながら娼婦の纏う衣服同然であった。男が群がるような美女――人間とは明らかに違う赤色の瞳に死人のような肌との二要素さえなければだが。

「あいつ、人間……じゃないわわね、生気が感じられない。けど葬民だとしてもあんなの見た事ないわ」

 考察するアメリにミックが首肯する。

「あぁ。死人の色をしているが有象無象の葬民とは姿が違うな。しかもあの大勢の葬民を操っていた――やはりジーナの手が入った者かもしれん」

 二人が見てきた亡者達とはまるで勝手が違うが、肌色といい昼間でも爛々と光る赤い瞳といい、身体的特徴は葬民と共通点がある。それに先からの振る舞いや死の世界を喜々として生きる様子からしてジーナと関係があるのは明白だった。

 そして彼は当然現れた黒髪の女へ意を決して話しかけた。

「貴様か、紙の差出人は」

「如何にも。どうだったかな、招待状付きのおてては。驚いてもらえたかな」

「ホント最低。ただただ残酷で悪趣味でおぞましくて吐き気がしたわ」

 アメリは黒髪の女を睨みつけ吐き捨てるように言葉を返す。すると黒髪の女は切れ長の双眸を更に険しくした。

「悪趣味て酷いわね。あたしのサプライズセンスについてこれない貧相な感性だからって妬むなっつーの。現世に大転生を遂げたこの大英雄のさぁ」

 話の後半部分に勇者一行は反応して顔を見合わせた。そして本題に入るべく、ミックが一歩前に出た。仮面の中で猛禽のような鋭い眼光を黒髪の女に飛ばしている彼は、冷静に次の質問を投げる。

「理解しがたい醜悪な趣味、人間の所業ではないな。貴様、ジーナの手の者で違いないか?」

 黒髪の女は口をにんまりと釣り上げると、

「うん! わたしはジーナの旦那が甦らせた葬民だよ、滅茶苦茶強いお兄さん」

 あっけらかんとした口調で白状した。

 明らかになるジーナとの関係。その返答はミックのにらんだ通りであったが、まだ疑問が残る。

 問い詰めるべくミックは言葉を続けた。

「やはりジーナ。してもどういう事だ、死霊術で蘇ったにしろ同じ葬民を操るとは」

 ミックの疑問へ同調するようにアメリも頷いた。

「貴様、ただの葬民ではないな」

 ミックが鋭い声を張り上げる。

 黒髪の女はふっと鼻で笑い、待ってましたと言わんばかりに主張の激しい胸を張り意気揚々に答えた。

「あたしの怨魂はそこらに漂ってるのと比べもんにならない程大きくて、色や濁りも濃かった。だから生前のまま蘇る事ができたし、能力も他の葬民より格段に上。その優秀さを見込まれて葬民を作る力も特別に分けて貰えたのよ。いわば上質な魂ってヤツね」

 アメリは「なんですって」と驚愕の声をもらし、ミックは「むぅ」と仮面の内側で眉をひそめた。一筋縄ではいかない相手であったのだ。ミックは敵の能力を探るために質問を続ける。

「怨魂にも資質があるとはな。となると街の葬民は主人に俺達の情報を報告していたというワケだ」

「大正解。後はショボい聖霊術士の小娘が一匹と、変な鎧に凄い剣を持った人がいるってね」

 黒髪の女はそう答えてせせら笑う。そして感嘆した口調で続ける。

「てゆーか本当に凄い剣だね、あれだけの葬民を一気に倒しちゃったんだもん。あんたの腕も勿論認めるけど、それ以上にその剣はヤバすぎるでしょ」

 そして、顎に手を当てて興味深げに視線の矛先を霊剣へと移した。

「どう見てもかの霊剣だよね。でも勇者一行は旦那が殺したってるし、もしや予備の剣があったとか――」

「亡者に語る事情はない」

 一蹴したミックは一呼吸おくと、威風堂々と霊剣を正眼に構えた。

「お前が特殊な葬民だとは理解できた。ともかく存在がなんであれ、ジーナと同じく死霊術の操者である貴様を倒せば辺り一帯のうっとおしい葬民は消えると」

「ご名答。できるかどうか、やってみる?」

 常に余裕を崩さない黒髪の女は肯定の意を表すように含み笑いを漏らすと、両眼を見開いた。双方の間へ激突の予感が静かに訪れようとしていた、その刹那――

「うあッ!?」

 突然投げられてきた霊護符へ黒髪の女は瞬時に反応し、紙一重で避けた。

「あとちょっとだったのに!」

仕掛けたのはアメリだ。亡者は手の甲を鳴らすと、悔しがっている聖霊術士の少女へと怒りを帯びた視線をぶつける。

「このクソガキ。話の途中にいきなり物騒なもんを投げるなんて礼儀がなってないわね」

「黙りなさい。怨魂の質がどうだかが知らないけど、メネスの民の日常を壊したお前達を私は絶対に許さない」

「で、あたしを倒すって? 笑わせないで。手紙を握らせた手の持ち主みたいにバラバラになりたいっていうの」

「私には聖なるアルター神の加護がある。命を弄ぶ最低な怨魂なんかに負けはしない!」

 もはや状況は一触即発の事態すら通り越してしまった。

 ミックは会話の途中から沈黙を保っていたアメリの突発的行動へ自身の行動を棚に上げてため息を吐いたものの、意識をこれから始まるであろう戦闘へと切り替え霊剣を構えた。

「まぁ、いいわ」

 だがここまでだった。黒髪の女は鋭い視線を弱め、やれやれと肩をすくめる。

「仮面の方、続きはナカでしましょ。招待状に書いた通りあたしの宮殿に迷い込んだ可哀そうな人間の行く末を見てもらわないと。おぼこ娘、あんたもついでにいらっしゃい」

「だから誰がおぼこ娘よ、誰が! そりゃあ私は……あれだけど」

 亜麻色の髪を振り乱して憤慨するアメリ。後半部分に何を言ったのかは隣にいたミックも殆ど聞き取れなかった。思春期の少女を軽くあしらった黒髪の女は手をひらひらと振ると、踵を返して宮殿へと戻っていく。

「待ちなさい!」

「おい待てアメリ!」

 顔を真っ赤にした聖霊術士は怒りそのままに駆け出そうとしたが、ミックがその手を掴んで止めた。

「何よミック!」

 アメリは振り向いて怒鳴り声を返すと、勇者はそれよりも大きな声で強く諭した。

「犠牲になった民の仇を一刻も早くとりたいのは俺も同じだ。しかし今は落ち着け。感情を乱されてはあの葬民の思うつぼだ」

「うッ……」

 アメリは叱られた犬のよう身を縮こませた。

「相手は自分の力を素直に曝け出す阿呆ではあるが、決して油断できない実力を持っているんだ。心して掛からないと、こちらが食われるぞ」

「そう、よね。ゴメンなさい」

 なけなしの冷静さを取り戻した聖霊術士の少女は申し訳なさそうに顔を伏せる。ミックはその小さな手を離した後、宮殿を見上げた。

 彼自身の中で、葬民の女に対してのある疑問が一つだけ残っていたのだ。

「あの女、どこかで……」

 仮面の中に隠された瞳を険しくすると、そう訝しげに呟いたのだった。

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