第2話

 東西南北の四方と天井全てを厚い鉄板に囲まれた、四角い異様な建物。

 歴史ではここは一つの都市がまるごと入る規模であり、戦中最もひどい戦場となっていた所だという。そして、戦いが終わった後も夥しい機械がそこにあるため、後処理もままならず閉鎖区域となったと言われていた。

 さらに、現在ではその区域に足を踏み入れるものが無いよう、元々あった鉄板の外側に三重の鉄格子を設けて封鎖し、二四時間体制で厳重な見張りがつく重要警戒区域となった。

 蟻の入る隙もないその場所に潜り込む為、マダムゼロが用意した侵入場所は地下深く、この世界でかつて使われていた地下鉄跡。昔を語ることなどしなくなった普通の人々の記憶にはすでに存在は無い、マダムゼロだけが知っている場所だった。

 数度の震災を経て使われなくなった地下鉄は、その技術が素晴らしかったのか何百年も経っているにもかかわらずその姿を留め、ほんの僅かに崩れている程度。忘れ去られた場所に見張りが居るはずもなく、ジーンスはマダムゼロから渡されたタブレット端末を使って現在地から目的の場所までの地下道を確認しつつ歩く。

 ジーンスはタブレット端末というはるか昔に使われていた機械をマダムゼロが持っていたことに驚いていたが、それよりも、この機械の便利さにただ唸っていた。

「本当に便利だよな。こんなに便利なものが今では一切使うことも勿論持つことも駄目っていうんだからもったいない話だ」

 端末には地図と自分の位置、そして進むべき道が示されていて、暗く入り組んだ地下の中でも迷うことはない。ひたすら歩き続け端末に示されている出口に到達したジーンスは当たりに警戒しながら、出口の扉を開けた。

 扉を開けば、その隙間から眩しいほどの光が漏れだし、ジーンスは眉間にしわを寄せる。全てを鉄板で囲まれた地、当然明かりなど無いと思っていたからだ。

「なんだよ、これ。どうなっているんだ?」

 扉を全て開き、目の前に広がった光景は、外で伝え聞いていたものとまるで違いジーンスは戸惑う。

 伝え聞いていたのは戦争が集結し、その場所には大量の機械の残骸が集められ、草も何もない荒れ果てた世界。

 しかし、今目前に広がっている世界は自然豊かなまるでひとつの街があるかのようだった。

 しばし呆然としたジーンスは辺りに放牧されている牛の声ではっとし、どんな状況であろうと自分は自分の仕事をしなければと、端末に示されている場所に向かって歩き始める。

 草原が広がり、様々な動物が放牧され、そしてレンガ作りの家が立ち並んでいた。外の世界よりもずっと豊かで、優しい雰囲気さえ感じる空間。

「本当に一体ここは何なんだ」

「人類最後の砦、方舟だろうな、ここは」

 辺りの景色を見渡しながらジーンスがつぶやけば、ジーンスの後ろから質問に答える声がして、ジーンスは驚きつつ刀の柄に手をやり振り返る。

 全く気配を感じることが出来ずジーンスは内心驚いていた。

「どうした? 何を驚いている?」

「ここは鉄の壁の中のはずなのに青空が広がっているから驚いただけだ」

「青空に見えているのは映像だ。光は人工的に発生させている。本当の空ではない」

「本当の空じゃない。ここでは機械が普通に作動しているのか」

「……普通にという意味がよくわからんが、感情を持った機械は一切ない。ここに在るのは感情もなく自分の役割を全うする機械だけだ」

 ジーンスの質問に淡々と答えた男は、その空間を支配するような圧倒的な存在感を放って道端の石に腰掛け、ゆっくり唇の端を持ち上げる。

 何かを企んでいるような男の気配にジーンスは警戒を続けた。

「それにしても、この場所にお客さんとは珍しい。ここは客など訪れない場所だからな、誰かが君をここに招いたのか?」

「さぁね、どこの誰かも知らない奴にいう必要はないだろう?」

「そりゃそうだ、いう必要はない。だが、この場所に誰かがやってくるということは我々には在る一つの意味が存在する」

「意味、だと?」

「そう、意味があるんだ。君はこの囲まれた世界の外からやってきたのだろう? だとすれば何かしらのメッセージを携えているはずだ。そして我々はそのメッセージを受け取る日を待ちわびていた」

 威圧感を覚える笑顔を見せながら話しかけてくる男性に、思わず後ずさりそうになるが、なんとか踏みとどまってメッセージなど知らないと言い放った。

 しかし、男性は首を横にふる。

「そんなはずはない、この場所に何かしらの目的もなくやってくるものなど居るはずがないのだから」

 確かに目的はある。

 だが、それをこの男に言う訳にはいかないと体全体にのしかかるような圧迫感に耐えながら男を睨みつけていれば、何処からとも無く澄んだやさしい女の声が聞こえてきた。

「あまり責めてあげるものではありませんよ。彼がそうだとは限らないのですから」

「いや、この場所に来た事こそそうだという証拠だ」

 女は男の言葉に呆れたように軽く返事をしてジーンスの方へ歩み寄り、そっと手を差し出す。

「私の名前はセツナ、彼はゴトー。ちょっとした事情があってね、貴方には関係のないことかもしれないけれど、彼の失礼を許してやってくれるかしら?」

 申し訳無さそうに眉をハの字にして微笑むセツナの言葉にジーンスは驚いた。

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