第7話:苦しい修道院の運営

 夕暮れどき。この世界の夜も太陽が沈み、光が消えるらしい。

 そうなる前に、ついでにもう一つ見てくれと頼まれた。建物を挟んで反対側だ。

 隣の建物との間にあるその畑は、四方を壁に囲まれて薄暗い。日が傾いたのを計算に入れても。


「何も植わってないんですね」

「それを考えてほしくてね。もっと収穫を増やしたいのに、ここを遊ばせているのはもったいないから」


 修道院は、領主と町の人からの寄付金で運営されているそうだ。少なくない金額をいただいているが、それでも足りないと。

 その為に食料の一部を自給自足していて、作物が増やせればそのぶん楽になるとマルムさんは言った。


「町の人に分けてあげてましたしね」

「そうなんだよ。一本のショゴンでもあれば、一日や二日は飢えずにすむ。贅沢をさせてはやれないが」


 僕も畑に水を撒いたり、できることを手伝った。その間にも、やせ細った貧しい装いの人たちが何人かマルムさんを訪ねていた。

 彼らは一様に「みっともないことですまない」と謝りながら、持ってきた籠にいっぱいの作物を受け取って帰っていく。

 ひもじさに耐えられず、その場で貪りながら去る人も居た。


「理由と言うなら、そろそろ帰ってくる」

「帰ってくる?」

「ああ、学問所サロンからね」


 耳をすます素振りをするので、僕も倣う。そんなことをしなくとも、街の人たちの声は絶えず聞こえていた。

 けれど中に、ひときわ賑やかな子どもたちの声が混ざっているのに気付く。それは段々と大きくなり、さっきまで居た向こうの畑に響き渡る。


「ただいまって言ってますね」

「そうだよ。ここがあの子たちの家だ」


 声の感じでは、小学生やそれよりもっと小さな子もいる。人数も二、三人ではきかない。

 マルムさんや聖職者の人たちは、みんな独身と聞いた。ここがあの子たちの家なら、彼らはみんな親がないことになる。

 想像したのだ。その親たちは、どうしたのかと。

 僕は親よりも先に死んでしまった。それを知った親がどんな風に悲しむのか、その光景を見て間もない。

 その逆に、まだ幼い子を遺していくことになった気持ちはどうだろう。やはり同じくらい悲しくて、悔しいのではと思う。


「――考えますよ、ここで何か作れないか。あの子たちがたくさん食べられるように」

「助かるよ。どうも君は、この町のどの治癒術師よりも優れているようだからね。頼らせてくれ」

「ええっ? いやそんなことは」


 なったばかりで、まだ治癒術師という職がどんなものか、いまいち分かっていない。それも治癒魔法の使い手と、勘違いをしていた僕だ。

 ――この世界でいちばんやりたかったことなのに、間違えるとはなあ。選択をやり直せないかなぁ。

 などと後悔もしている。

 そんなで優れているなどと、あり得ないと思って否定した。でもすぐに、治癒術師の能力値をためらわず最高にしたのを思い出す。


「あるんです、かね……?」

「うん? もしか君は、技術や知識の適性を絶対的なものだと考えているのかな。私はそう思わないよ。出遭った局面ごと、その優劣は変わる。誰も得手と不得手は、あるものだからね」


 言いかたが難しくて、ちょっと考えた。

 たぶん全てのことをこなせる人など居ないと言ったのだろう。たとえば一流の和食料理人が、必ずしも他の中華とかフレンチまでもこなせはしないと。


「料理人に料理で勝てなくても、魚を獲る技術で勝てばいいってことですか?」

「そうだよ。優劣を競わずとも、人はみな自分の得意なことを伸ばせばいい。そう考えた上で私は、君が治癒術師として優れているともう一度言える」


 僕が設定したのだけれど、あくまでそれは勘違いによる。マルムさんがそんな事情を知る筈もなくて、しかしそれでいいじゃないかと慰められたように感じた。


「僕は他の人を知りません。僕自身さえ、よく分からないことだらけです。でもそれで子どもたちがお腹いっぱいになるなら、やるだけやってみようと思いました」

「うん、それでいいと思うよ。その先が見えてから次を考えても十分だ」


 きっとマルムさんは、僕が記憶を失って落ち込んでいると考えたのだろう。

 実は会話がすれ違っているなんて言えず、苦笑いした。するとそれにも、優しく微笑んでくれる。


「さあ、そろそろ夕食の時間だ。続きは明日にしよう」


 促されて屋内へ。二人並ぶには狭い通路を行く。着いたのは、八畳くらいの部屋。

 そこに細長いテーブルが二つ置かれ、大人と子どもが合わせて十三人もひしめいている。


「賑やかですね」

「祈りをきちんとすれば、それ以外は元気なほうがいい」


 子どもの居る風景としては普通なのだろう。でも一つの部屋にこれだけ居れば、ただ喋るだけで騒がしい。

 そこへ大きな鍋をカートに載せ、レティさんが運んできた。それが晩餐の最後のメニューのようだ。

 子どもたちは一斉に静まって、おとなしく待つ。大人たちはレティさんと給仕を代わり、手際よく皿を並べていく。

 と。子どもの一人が、とことこ僕の前にやってきた。五歳くらいか、中性的で男女どちらか分からない。


「ん?」


 もっと何かあったろうに、僕は気の利いた言葉も向けられなかった。その子は黙って僕の手を握り、引っ張る。どうやら席を教えてくれるようだ。

 ――賑やかな食事って、久しぶりだな。

 気を遣っていたのか、両親は食事のときにもあまり話さなかった。いや話していたのだけど、とても静かな会話だけ。

 高級な料理店のように、クラシックが流れていたでもないのに。

 実際の時間はよく分からないけど、感覚としてまだ一日しか経っていない。それでももう、気持ちは懐かしいと感じる。

 楽しい食事が進み、概ねみんなが食べ終わったころ。どこか近くの扉を、ドンドンと強く叩く音がした。それは続けざま、何度も。

 慌てているようだ。


「メナたちでしょうか」

「きっとそうだ。何かあったらしい」


 マルムさんとレティさんは、子どもたちを頼むと侍祭たちに言って席を立つ。ホリィもそれに続いた。

 ――僕はどうするべきなんだろう。

 部外者が、のこのこ着いていくのもどうかと思う。でもやっぱり、ここで何もしないで待つのも落ち着かない。

 十歩ほど遅れて、僕も席を立った。その耳に、レティさんの声が響く。


「どうしたのダレン! すぐに処置室へ!」


 追いつこうとした目の前を、レティさんとホリィが通り過ぎる。二人は誰かの身体を前後に持って、運ぶ。

 過ぎた風には、濃密な鉄の臭いが染み付いていた。

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