healer ≠ ノットイコール ヒーラー
須能 雪羽
第一幕:畑を作ろう!
第1話:明日の来なかった日
僕の死んだ理由を、僕は知らない。
住んでいたのは日本の、ある大きな都市。だけどきっと、どこであろうとも感覚的な差異はなかった。僕が家を出るのは、病院に行くときだけだったから。
胸が苦しくて、圧し潰されそうな痛みがあった。だから悪かったのは心臓だと思う。検査から始まって、何度も入院をした。最近では、一年の三割ほども。
何という病名なのか。治るのにどれくらいかかるのか。もちろんそんなことが気になって、母に聞いた。
「
母からすれば、悩ませまいという優しさだったのかもしれない。
けれど、なるほどそうかとは思えなかった。子どもと言ったって、僕ももう高校に入学する歳だ。それくらい知っていて当然と思うのは、思い上がりだろうか。
そんなで「苦しくない程度に歩け」とか、「決められた物以外は食べるな」とか。言われても、どこか空疎に感じてしまう。医師も同じことを言うから、嘘とも思わないが。
ただ振り返れば、大抵の希望は叶えて貰っている。それも枷を抱えた僕に対する、両親の愛情に違いない。とは言えろくに外出も出来ない僕の希望など、漫画やゲームが欲しいというくらいだったが。
親に買って来てもらう手前、あまりに暴力的だったり可愛い女の子が前面に出てくるようなパッケージの品物は頼めなかった。
結果として僕がハマったのは、オンラインゲームだ。それも昔からあるタイトルのRPG。他人と競うようなのは何だか息苦しかったし、そういうゲームならどこかの誰かと自由に話すことも出来る。
中でも回復職は楽しかった。仕事はモンスターを倒すことでなく、仲間を魔法で癒すのだ。麻痺とか毒とか、どんなステータス異常も一瞬で治す。現実にもこんな魔法があればなと、憧れもあっただろう。
「シンのペースで強くなればいいよ。明日はいよいよ、洞窟のボス戦に行ってみよう」
ある日、仲間の戦士にそう言われた。
その人はかなりの高レベルキャラクターを持っているのだけど、わざわざ僕の為に新しいキャラクターを別に作って遊んでくれる。ログインする気でいても急に体調が悪くなったりして、なかなか思うようには成長しないのに。
プレイヤーである僕自身が病弱とは伝えていて、約束の日時をすっぽかしても決して怒ったりはしなかった。むしろその次に会ったとき、無理するなよと心配してくれるのが行き過ぎなくらいだ。
画面越しでしか知らない関係。あまり細かなことは言えない。
だからその人は、自身の持つ病弱な人物像に当て嵌めて僕のことを考える。とても優しい人だと思うし、それは仕方のないことだ。
しかし何だか、騙しているような気分になってしまう。
――そうだ。正直に言えることを言えばいい。あなたに出会えて僕はとても楽しいって、感謝の気持ちを伝えるんだ。
寝る前に気付いて、次の日をとても楽しみに目を閉じた。
「……うぅっ」
それが僕の最期の言葉だ。単に痛みで呻いただけの声。
ときどきあった強い痛みに、波が通りすぎるのを待った。そうしたら起きて、薬を飲もうと思った。毎日ということもないが、それが僕の日常だった。
でも日常は、突然に終わった。
激しい痛みと、さらに激しい痛み。それがうねる波のように押し寄せる。これはまずいとか、そういう予感もなかった。
痛みで熱く感じる胸の奥が、ある瞬間にすっと冷めたのだ。あるいは打ち付ける波が、海の栓を抜いたために一瞬で引いたとでも言おうか。
苦しくなるのはある種の発作なのだろうけど、妙な落ち着き方をしたなと思った。それでようやく、固く瞑っていた目を開く。
「どうして僕が寝てるんだ?」
見えたのは、ベッドに丸まって耐える格好の僕自身。ただし力が抜けて、そのまま眠ってしまったようにも見える。
――ああ、死んだのか。
何の根拠もなく、理解した。いや天井に近い辺りから支えもなく見下ろしている時点で、何かがおかしいのもたしかだけど。
寝ているほうでなく、浮いている僕の姿は自分でも見えなかった。
「審哉、朝よ。調子はどう?」
翌朝。死んでいる僕を見つけたのは母だ。
時間はいつもと同じ、午前九時過ぎ。仕事に行く父を見送って、洗い物なんかをして。僕が自然に目覚めるかどうかのころ、ゆっくりとやって来る。
「……審哉?」
死に気付いて、母は悲しんだ。近所じゅうに聞こえる絶叫で、何度も僕を呼びもした。
悲しんでくれた、と言うのは無責任だろうか。でもそうでなかったら、僕が悲しい。親よりも先に死んだのは申しわけないけれど、死んで悲しくもない不要な人間の面倒をみさせていたとしたら。そのほうが僕にはつらかった。
「他の子と同じようには生きられなかったけど、不自由はさせなかった。審哉もそれなりに満足してるさ」
「ええ。余命宣告より一年も、長く生きられたものね」
警察が来て、父も慌てて帰ってきて、一通り落ち着いたあとに両親はそんなことを話した。
――余命宣告? 何だそれは。僕は知らない。
どういうことだ。僕が死ぬのは、随分前に分かっていたというのか。
いや死ぬのは仕方がない。それはきっと運命とか宿命とか、僕の持って生まれたものだ。誰かを責めるような話じゃない。
だけどどうして、僕に教えてくれなかった。
知ったところで、何も変わらなかったかもしれない。きっと変わらないし、変えなかったと思う。だが望んでそうするのと、知らず過ぎてしまうのとでは違うだろう。
「中学生に自分の死期を伝えるなんて、残酷すぎるわ――」
期せず。母は疑問に答えて、それきりずっと泣いていた。父もその肩を抱いて、男泣きに。優しい両親だった。それだけに最後の最後で心残りだ。
子どもだから教えなかった。それを言うのが、父や母にもつらいのは分かる。
「でも僕は、教えてもらいたかったよ!」
叫んでも、もう両親には聞こえない。
僕はそのまま、水に浮いたような心地でふわふわとしていた。やがて僕の意識を、疲労感が苛む。抗えないレベルの眠気と言ってもいい。
身体もないのに、まぶたを開けていられないと感じる。そうして視界が真っ白に塗られ、僕の一生は終わった。
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