カンタンな密談

マルシュ

カンタンな密談

「だから、何ビビってんだよ。」そう言いながら、男は会議室に入ってきた。右手には今まで被っていたと思われるボルサリーノ、もう片方の手にはスマートフォンを握っている。

「すまん。遅れたか?」これは世間的には謝罪の言葉だが、この男が口に出すとまるで、忙しい身なのだから遅刻は当然と言っているように聞こえる。

 会議室には、すでに3人の男が勢ぞろいして立っていた。

 ボルサリーノ男はまた口を開いた。

「いいか、これはいい機会なんだ。まさに、神様の思し召しってぇやつだな。」

 すると、3人のうちの一人、ガタイのいい男がおもむろに言った。

「事はそんなに簡単じゃないよ。俺たちは仲間にも突き上げを喰らってるんだから。」そう言って、自分で計算式を殴り書きしたコピー用紙をコーヒーテーブルに置いた。右手に持ったボールペンの頭を、神経質にカチカチ押しながら。

「とにかく座ろうじゃないか。」そう言ったのは、3人の中の顔色の悪い男だった。

 会議室に使用されているとはいえ、豪奢な内装と高価な応接家具が取り揃えられたその部屋は、彼らの所属する組織の本部にあり、上級幹部以外の使用は禁止されていた。もちろん、盗撮盗聴への対応は抜け目なく、心置きなく「密談」が出来るようになっている。

 皆が心地いいソファに腰を下ろすと、顔色の悪い男は続けて言い放った。

「下っ端なんかは放っておけばいいさ。どうせアイツらは何にもわかっちゃいないんだ。」

 すると、最後の一人、痩せ細った男が、「だが、最後には皆を納得させなけりゃねぇ。」と意見を言った。

「奴らは納得なんかしやしねえ。ホントのとこは隠しときゃいいさ。いくらでも言い訳は出来るだろ。」皆より横柄な態度でボルサリーノ男が言った。

 続けて、「とにかく後5年。あの問題はどうせ今から5年の間にカタつけなきいけねえんだ。そう考えりゃ、こりゃ好機以外の何もんでもねえぜ。」

 すると、ボルサリーノ男にかぶせるように顔色の悪い男が頷きながら、「一石二鳥とはこの事じゃないか?この期を逃す手はないな、確かに。」とほくそ笑んだ。この男がこの中では最年長らしい。

 ガタイのいい男は気が小さいようで、「組織の人間はいいとして、他の連中は納得しないよ、絶対に。」そう言いながら頭を抱える。この男は、4人の中で一番若いようだ。

 他の3人は、このガタイのいい男の様を見てため息をついた。

 そして、しばし沈黙の時間が流れる・・・。

「貴方がボスですからね。私たちは貴方に従うまでなんですよ。」痩せ細った男は、その場の沈黙を破るように、それでいて静かに、ガタイのいい男を諭すように言った。

「なあに、組織以外の連中だって、金ばかり湯水の如く使う役立たずの老いぼれ連中を一掃するんだ、若い連中に異論があるわきゃねえって。」ボルサリーノ男もそう言って、ガタイのいい男を哀れんだ声で慰めた。

「老いぼれ連中を殺っちまったら、そいつらに行く予定だったゲンナマが浮く。そうすりゃ、結果、若い連中がありつく取り分が増えるんだぜ。一瞬は批判もされるだろうが、まぁ、ほんの一瞬さあね。」とボルサリーノ男は続けた。その会話を引き取って、「確かに、これをちゃんと説明すれば組織の仲間の反対はなくなるでしょう。ですが、組織の仲間以外には、このことは伏せておいたほうがいいでしょうね。」と、痩せ細った男は手に持った紙をひらひらさせながら言った。ガタイのいい男がコーヒーテーブルに置いた、計算式の書かれたコピー用紙だ。この男の声には、生まれ持っての説得力がある。

 このような問答が続く中、トントンとドアをノックする音が聞こえ、それに答えてボルサリーノ男が「入れ。」と叫んだ。ボルサリーノ男はイライラしているらしい。

 ドアを開けて入ってきたのは、頭の禿げ上がった男だった。

 その男は、「コーヒーをお持ちいたしました。」そういうとそれきり無言で、4人分のコーヒーをテーブルに並べて部屋を出て行った。もう、夜の十一時だった。

 痩せ細った男は、ノックと共に後ろ手に隠したコピー用紙をまたテーブルに裏返しに置き、部屋にあるテレビを黙ってつけた。画面はちょうど、プライムニュースを映し出している。

「新型ウイルスの状況をお知らせいたします。」若い女性キャスターが原稿を読み上げると、その内容を受けて、メインの男性キャスターと識者が喧々諤々意見を言い合う。

「首相は、今のところ都市封鎖や外出制限措置は行わないと明言されました。」

 顔色の悪い男がテーブルに置かれたテレビリモコンを引っ掴み、次から次へと番組を確認しながらチャンネルを変えた。どこも同じような内容のニュース番組だった。諦めたのか、顔色の悪い男はそのままテレビを消してしまった。

「世間はこの話題しかしてねぇな。」とボルサリーノ男は言った。

 顔色の悪い男が、「そりゃそうだ。治療薬もなければワクチンもない、そんな新しいウイルスが怖くない人間はいないからね。」と、ボルサリーノ男の言葉に相鎚を打つ。

 痩せ細った男も同調するように、「ワクチンはあと1年半後に、治療薬はいつ出来るかわからんっていうんじゃねぇ・・・。」と諦めにも似た言葉を放った。

「だからこそ、今感染者を増やさないようにロックダウンしてるんだろ?イタリアやフランスでは。そうすれば、医療崩壊も防ぎやすいし、ひょっとすると、その間に治療薬やワクチンも開発出来るかもしれない。」希望的観測を最後に付け足しながら、顔色の悪い男が話した。

「みんなそのうち気が付く。」またボルサリーノ男が言った。続けて、「結局んところ、ワクチンが出来るまでに皆が感染すんだ。そんぐらいすげえ感染力なんだろ?その感染で抗体が出来るのを待つしかねぇんだよな、全世界の人間が。」

 その言葉にかぶせるように、ガタイのいい男が言い放った。

「全世界の人間が抗体を持つ間に、一体どれぐらいの命が消えてなくなるんだろうか・・。」

 その言葉で、再度、会議室に沈黙が流れた。

 そして、それに耐え切れないように、ガタイのいい男はまたテレビを点けた。テレビ画面には先ほどのプライムニュースが映し出され、先ほどと同じ話題、新型のウイルスに対する首相の「都市封鎖と外出制限回避」談でメインキャスターと識者がまだ話し合っていた。

 男たち4人は、黙って画面を見つめる。

「欧州の多くの国々のように、日本も「都市封鎖と外出制限」という策を講じた方が良いのではないでしょうか。」とメインキャスターは識者に被せるように言い放つ。それに対して識者は、「それを行うには問題が2つあります。1つ目は「法律問題」。先の戦争のことがありますので、この「特措法」以上の拘束力は国民が毛嫌いする可能性が高い。なので、結果的に首相の権限を大きくするという改正には恐ろしく時間がかかるでしょう。むしろ、改正出来ないかもしれませんね、実際には。」

 「2つ目は?」食い入るようにメインキャスターが識者に畳みかける。

「2つ目は「経済問題」です。」識者がそういうと、メインキャスターが待っていたように口を挟んだ。「やはりそうですか。」

「ええ、やっと昨年10月に消費税を目標であった10%に値上げしたばかりの、まさにこのタイミングですからね。それでなくてもこの値上げで消費が一時的にかなり冷え込んで、回復するのにまだ時間がかかるであろうという予測もありましたし。」したり顔で識者は言い放った。

「ここで経済活動を制限、停止させた場合、日本経済は大打撃どころか破綻してしまうと?」「そうです。資源もない、食料自給率が30%にも満たない日本、その経済は、ちょっとしたことで大きく綻んでしまうんですよ・・・。」識者がそう言ったところで、番組はいきなりCMに入った。

 今度はボルサリーノ男がテレビを消した。

「もっと楽しい話題はねえのか?ニュースってやつはいつもこうだな。つまんねえ政治の話かみみっちい犯罪の話だぜ、全く。大層だし、的外れなこと言ってやがる時も多いやな。」ぶつぶつと、誰にいうでもなくボルサリーノ男が呟いた。

「しかし、ニュース番組や新聞はチェックしておくべきですよ。私たちの考えていることを、他の組織やそれ以外の者たちが考え付かないとも限らない。その動向はいろいろなメディアで確認しておくべきだと思いますね。」痩せ細った男はそう言いながらまたテレビを点けた。

 画面に映し出された番組は先ほどとまだ同じ番組だったが、訳知り顔の識者はすでにメインキャスターとは一緒に並んでおらず、話題も他に移っていた。

「続きまして、俗に言いますところの「2025年問題」、この問題を特集として取り上げお送りいたします。」にこりともせずに、若い女性キャスターがテレビの中からこちらに向かって言った。

 4人は、黙ってそのニュースに見入った。

「2025年には、いわゆる「団塊の世代」が「後期高齢者」となり、また、その「団塊ジュニア」が「前期高齢者」となります。」女性キャスターは続ける。

「そうなりますと、出てくる問題は4つ。

 一つ目は「生産人口の減少」です。」そう畳みかけた。続けてメインキャスターがその問題を解説する。

「簡単に言えば、税金、税収が少なくなって国庫が逼迫するということです。」から始まって、メインキャスターはひとしきり説明をした。

「2つ目には「年金の支払い」です。年金は、現状は黒字ですが、2025年には「高齢者数」の増加で赤字になることが予想されています。」女性キャスターがそう言うと、それを受けて、メインキャスターはそれを解説して続けた。

「つい何年か前に、向こう100年は安泰だと政府は大きな顔をして言っていましたが、後もう少しで、なんのことはない、赤字転落です。」

 その後、女性キャスターは3つ目と4つ目の問題を明かし、メインキャスターはそれにも解説を加えた。

 3つ目は「医療費(これは健康保険制度の崩壊危機らしい)」で4つ目は「介護従事者不足」だそうだ。完結かつわかりやすい解説は終わり、最後に、メインキャスターは、「要するに、これらの問題は全て、お金でなんとかなる可能性が高いのです。」と締め括った。

 そして、そのニュース番組を見ながら、4人はまるで悪巧みをするようにヒソヒソと話をし始めた。

  

 30分ほど立った頃、「さぁ、帰ろうか、そろそろ。」と言って沈黙を破ったのは顔色の悪い男だった。

 すでにテレビは消されている。

 部屋にある高価な置き時計は、文字盤のてっぺん、12時を示していた。

 ボルサリーノ男は立ち上がりながら、4人で今話した内容を確認するように、「都市封鎖も外出制限もせず、このままだらだらとやり過ごす。どちらにせよ、遅かれ早かれ国民の7割は感染すんだぜ。いや、もっとかもしれんわな。」と言った。それを受けて、痩せ細った男が言った。

「新型ウイルスの罹患率と死亡率、共に高齢者の割合が大きい。すでに持病を持ってる者が多いからねぇ。」

「今、一気にかなりの数の患者が出たら、医療現場ではトリアージが行われるな。死亡率も上がるだろう。医療従事者にも医療器具にも限りがあるから。」と、顔色の悪い男は部屋のドアを開けながら声を潜めて呟いた。

 そして、ボルサリーノ男、痩せ細った男、顔色の悪い男の3人は、一斉にガタイのいい男を見た。

「つまり、新型ウイルスについては有効な手は何も打たず、このまま高齢者を見殺しにし、来る2025年問題の全ての懸念事項を、これを機に一気に解決するってことですね。」下を向きながら、ガタイのいい男は皆に言った。

「そうだよ、総理。それが一石二鳥、一番いい案だ。」と顔色の悪い男が言い、それを受けてボルサリーノ男が、「そう。幹事長の言う通りだぜ。お国のために死んで頂くってえことさ。なぁ、官房長官。」と痩せ細った男の方を見た。

 痩せ細った男はボルサリーノ男の呼びかけに応えて、「皆さん、もう少し言い方を考えてくださいよ。」と言い、それから、「特に、副総理で財務大臣の貴方には、張り付いている記者連中も多いですし。」とボルサリーノ男に向けて言った。

 そして、「世間は、現状の新型ウイルスに対しての政府の慎重さを、「法律」と「経済」に問題が出るためとして捉えています。誰も2025年問題と関連づけてはいないんです。今後も、結果として「解決した2025年問題」の話は浮上するでしょうが、「金のために意図してやった」とは捉えないでしょう。」と、穏やかに、諭すように痩せ細った男はつけたした。

「そうですね。これ以上若い世代に借金を背負わすのは、この国の高齢者たちもきっと望んではいないでしょう。」ガタイのいい男は、悟ったように頷きながら3人に言った。

 こうして、今、日本の政策の一つがこの部屋で決定したのだった。

 

 4人が部屋から出ていき、簡単な計算式の書かれたコピー用紙は、そのまま部屋に置き忘れられていた。

 その用紙に書かれている計算式は、

 

 12,000万人×0.7=8,400万人

(罹患者数)

 8,400万人×0.3=2,520万人(高齢者罹患数)

 

 8,400万人×0.01=84万人(死者数)

 84万人×0.8=67.2万人(高齢死者数)

 これから1年半の間に亡くなるであろう「高齢者」の数だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カンタンな密談 マルシュ @ayumi_f

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ