1-13 終局
公園の周りには、何台かのパトカーと一台の救急車が止まっていた。
「……二度とお前の顔は見たくなかったんだがな」
駆けつけた制服警官のうちの一人が、山瀬の顔を見て深々とため息を付いた。その背後で、意識を取り戻した円藤加藤その他が次々とパトカーに乗せられている。
「酷いなあ、この中じゃ一番重傷の一般人に言う台詞がそれ?」
「お前のような一般人がいるか。……今回は一体何を企んでこうなったのか、洗いざらい吐いてもらうぞ」
「信用ないね」
「今までの行いを省みろ。……とはいえ、頭を酷く殴られたのであればまずは治療だ。詳しい話は病院で聞こう」
山瀬は促されるまま、自分の足で救急車に乗り込んだ。
その後姿を見てため息をついた警官が、俺の方に向き直る。
「君も頭を酷く打ったんだろう、まずは乗りなさい」
いやこれは自分から頭突きした怪我で、多分たんこぶ程度――とは全く説明できないまま、俺も救急車に乗せられた。ストレッチャーの脇にある長椅子に、山瀬と並んで腰掛ける。程なくドアが閉められて、救急車が走り出した。
山瀬が大きくため息をつく。
「これは明日バイトのシフトに穴開けることになるかな。……全く、犯人を突き止めて社会的に抹殺するだけのはずが、とんだ大立ち回りになったよ」
「物騒なこと言うな。……これで本当に終わったのか」
「終わった終わった。録音データはちゃんとあるし、俺を殴った凶器にはちゃんと円藤の指紋がついてる。何よりあいつらは偽装強盗の隠蔽に失敗したんだ。例え警察が傷害で逮捕出来なくても、あいつらの元雇い主が黙っちゃいない。だからもう二度と、加藤たちはカラスの前に現れないよ」
そう言うと、山瀬はバランスを崩して俺にもたれかかってきた。
「おい」
どかそうとして山瀬を睨みつける。
思ったよりも生気の失せた表情がそこにあった。
「おい、ちょっと……大丈夫か?」
「……一応パーカーのフードに緩衝材は仕込んでおいたんだけど……少しふらふらするね……」
「いくら小細工してたって、頭殴られた直後にあれだけ大暴れしたらそうなるだろ。……そのまま動かないで大人しくしとけ」
「カラスってば優しいなあ……」
「……病院までだぞ」
俺以上に体を張った奴を邪険にするような……そんな根性の曲がったことは出来ない。
「いつから気づいてたんだ、加藤と円藤がグルだってことに」
「同じ店の店員同士って聞いた時から、可能性の一つとして考えてたよ。確信したのはカラスがアドリブかました時だったけど」
「そんな最初からか……」
「性善説で行動してたら今頃血みどろだったよ。最悪の場合、今頃あいつらの車で羊山に運ばれてるかも」
「羊山?」
「あそこ、有名な飛び降り自殺スポットがあるんだよ。もしも誰も見ていない時に突き落とされたら……発見した人の目にはどう映るかな」
「怖い事言うんじゃねーよ。……殴られたのはわざとか」
「先に殴られたってだけでかなり印象が違うよ。あとは――」
その先の台詞を勝手に引き取る
「勝利を確信した相手の驚く顔が見たいから――とかだろ、どうせ」
山瀬は一瞬きょとんとして、破顔した。
「……はは、たった一日で俺のことに随分詳しくなったね」
「好きで詳しくなったわけじゃねーよ。……一日がかりで情報収集に付き合ってくれるわ、サプライズのためなら怪我も厭わないわ、悪くも悪くも楽しいことに全力だなお前」
山瀬が少し笑って、やはりふらつくのか、すぐに力ない真顔に戻った。
「山瀬」
「何?」
「……その……山瀬が協力してくれて、助かった。俺一人じゃ、多分よくわからないまま加藤一人にやられてた」
山瀬はリアクションを取りそこねたような、微妙な顔をした。
「なんか変な感じがするね、最初あれだけ敵意向けられてたのに」
「……別に許したわけじゃねーからな、テメーに側頭部蹴られたの。未だに夢に見るんだよ」
「俺未だに思い出せないんだよね、いつのどれだっけ」
「思い出さなくていい」
「ん? ……『思い出して罪を認めろ』じゃなくて『思い出さなくていい』ってことはさ。カラスって元こっち側?」
「深読みもしなくていい!」
「そうやって過剰に反応するから墓穴を掘るんだよ」
「クッ…………!」
いい。別にいいんだ。確かに一時道を過ちそうにはなったけれども、その後は着々と真っ直ぐに生きる道に戻って今の俺があるんだから。
嫌な先輩たちとの縁を切って、再びまともな職を探して、家を飛び出した。全部叶えた。
…………。
家を飛び出せたのはまともな職についたからで。
まともな職を探せたのは先輩たちに縛られなくなったからで。
先輩たちが空中分解したのは山瀬その他にこっぴどくやられたからで。
つまるところ、今の俺があるのは山瀬のおかげ――――
衝動的に救急車の内装に自分の頭を叩きつける。救急車の内装は怪我人の自傷行為を優しく受け止めた。
――――――これ以上考えるのはやめよう。多分発想の飛びすぎだ。
俺の一連の奇行には気が付かなかったのか、山瀬が何事もなかったように口を開く。
「約束、覚えてるよね」
「忘れるわけねーだろ。……病院も警察も無事終わったら、洗濯機でも電気ポットでもなんでも揃えてやるよ」
「楽しみにしているよ。……そうだ、休みのシフト合わせたいしLIME教えてよ」
「あ? ……別に、いいけど」
少しの操作の後、俺のスマホに、二日前まであれだけ怖がっていた山瀬の連絡先が登録された。
……本当に人生って一寸先もわからねーな、と自分と環境の激変に感じ入っていると、病院に到着した救急車が速度を落とした。
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