#4

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目を開けるとそこは自分の部屋で、私はベッドの上に転がっていた。


「さて、問題は、だ。」


私と徹が出会わない世界ってどんな世界なのだろうか。スマホを開けて色々と確認してみる。

天文部は私と詩乃、俊介の、三人で活動していた。今まで四人でやってきたことや、遊んだ記録からは徹だけが消えていた。電話帳に徹の連絡先はもちろん載ってないし、徹と撮った写真は一枚も残ってなかった。


まさか、徹の存在がなくなった世界、とか……?


今度はと徹や私がよく使っていた青い鳥のマークのSNSを立ちあげる。アカウント名を入れて検索をかけると、


「あった。」


フォローは外れていたけどそのアカウントはあった。そこから得た情報によると、徹は同じ高校の二つ隣のクラスの男子。部活は無所属で、私との接点は何一つとしてなかった。


本当に出会わなかった世界なんだな。


寂しさと悲しさが胸いっぱいに広がる。徹と出会ってなかった私ってどうやって過ごしていたんだろう。想像もつかなかった。

それ以上考えるのが嫌になったから、私は寝ることにした。




翌日、学校の廊下で徹とすれ違った。自然と目で追ってしまう。


「星奈、どうかした?」


「ううん。なんでも。」


もちろん私から徹には声をかけることすらできない。だって徹は私のことを知らないから。


「もしかして、木崎徹?」


詩乃に当てられた。驚いて何も言えずに口をぱくぱくさせてしまった。


「顔はいいのよね。」


「なにその“は”って。」


「それ以上のことなんて知らないし。だいたい、話したこともない人のこと、分かるわけがないでしょ。いい噂も悪い噂もあまり聞いたことがないし。でも、星奈も意外と面食いなのね」


そうか、詩乃も徹と話したことないのか。


「星奈はなにか知っているの?木崎徹のこと。」


知っている。知っているけど。


「知らないよ。」


この世界の私は知らないんだ。徹がどんな人かなんて、接点がひとつもないのだから、きっと知ろうともしないだろう。面食いなんかじゃないし。





順調に一日が終わっていく。呆気ないほどに順調に終わっていく。

「星奈、部活行こう。」


「そうね。」


屋上の望遠鏡のドーム。そこにも、私と徹が一緒に居た記録なんてない。それでも私の中では、ここは徹と一緒に過ごした場所なのだ。フェンスに手をかけ、目を閉じる。夕暮れ時の冷たい風は、頬を撫で、髪を梳く。運動部の掛け声が遠くで聞こえる。後ろでは賑やかな話し声。そうだ、私も、徹とあんな風に話していたんだよな。それがこの世界じゃ話すことすら出来ない。目で追ったら不審な目で見られる。すれ違いざまに手を挙げて挨拶することも、前の夜に見たアニメの話をすることも、買った本を貸し借りすることも、出来ないのだ。


距離が遠くなれば遠くなるだけ、徹の隣が恋しくなる。


ねぇ、徹。いっぱい話したいことがあるんだ。昨日見たアニメのことも、この前買った小説のことも、話したい。一緒に行きたいところが沢山あるんだ。プラネタリウムとか天文台とか、遊園地も水族館もいいな。ううん、そんな遠くじゃなくていい。学校帰りのショッピングモール、近所のカラオケ、駅前のゲーセン。徹と一緒に行きたい。徹と一緒ならどこだって楽しいんだもん。


徹と一緒に過ごす時間が、私、どんな時間よりも幸せなの。


今の私は一人ぼっちみたい。この星に取り残された、一人ぼっちの地球人みたい。会いたい。あなたの隣に行きたいよ。徹の手のぬくもりも、声の温度も、笑顔の眩しさも、もう、触れられないの?


西の空は淡い紫へと色を変え、夜がすぐそこまで来ていることを知らせていた。一つ、空に輝く小さな光。


「今日の一番星は金星ね。」


金星、宵の明星。赤星とか、明星、夕星、夕筒の星、なんていうふうに昔は呼ばれていたらしい。そういえば今日、古典の時間にやった和歌に出てきたよな。なんだっけ。あ、そうだ。


「日暮るれば 山の端出づる 夕づつの 星とは見れど はるけきやなぞ」


誰の句とか、いつの時代とか、なにに収録されているとか、そんなのはひとつも覚えてはいない。だけれど、この句を読んだ昔の人の気持ちはなんだかわかる気がする。

人の気配がして振り向くと俊介がいた。


「それ、古典でやったやつか。」


「俊介のクラスでもやったんだ。あれ、教科書に載っている歌じゃないのに。」


「古典、佐藤先生でしょ。一緒だよ。」


「ああ、それでか。」


この歌の意味は、『 日が暮れると山の端から出てくる宵の月星のように、あなたを欲しいと見るけれど、手が届きそうに見えて遥かに遠いのはどうしてか』ということだ。近くにあるような気がするのに、それはずっと遠くで、全然手が届かなくて、それでも届きたくて。


「なあ。星奈。」


「なに?」


しばらくの間をとってから俊介は私に聞いた。


「星奈って好きな人、いるの?」


「うん。いるよ。」


即答した。


「とっても好きな人がいるの。私はその人のこと、愛してるの。とってもかっこよくて、優しくて、面白くて、一緒にいるだけで幸せな気分になれる人なの。」


「そっか。」


だから私はそこに戻りたい。その人の隣に戻りたい。

その人と過ごす時間のことを『永遠』と呼びたい。


だから、行かなくちゃ。


「俊介、ドーム戻るの?」


「うん。星奈も行こう。」


「私はもうちょっとここにいるよ。」


そう言って空を見上げた。一等星がぼんやりと見える。ゆっくりと息を吸って、吐いた。フェンスから離れて、胸ポケットから鏡を出す。


「何度だってやるしかないんだ。」



そっとその面に触れた。そして、鏡の中へと入っていった。


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