第10話 まさか、ハーレムフラグ!?


 圭人の世界、某探偵事務所。


 イリアは目の前にいる50代男性に頭を下げていた。


「——所長、また短期でおねがいします」

「うん、よろしく頼むよ。立川さん……そろそろ正社員として考えてみない? 僕の探偵社には、立川さんみたいな優秀な人材が必要なんだけどな——」


 イリアはこの世界で『立川愛梨』と名乗っていた。

 魔術で偽の身分証や給料振込み用の口座まで取得しており、約2年間、この探偵社に在籍している。

 所長はイリアの輝かしい探偵経歴をパソコンでチェックする。

 経歴の中に圭人の高校が記載されていた。


「——高校生として潜入とか……毎回素晴らしい成果を挙げてくれるから、給料もかなり上げるよ。どう?」


 イリアは眉尻を下げる。 


「申し訳ありません。家族の手伝いが忙しくて……」

「そっか、病気のご家族を抱えてると大変だよね……。もし、時間に余裕ができたら前向きに考えてみて。立川さんならいつでも大歓迎だから」


 所長は勝手にイリアの嘘を勘違いし、家族が病気だと思い込んでくれていた。


「ありがとうございます」

「じゃあ、今回はこの人の浮気調査お願いね。最初の期限は1週間後。時間的に無理だった場合、他の人に引き継ぐから」

「はい、任せてください」

「そうそう、前に開発してくれた追跡装置はかなり便利だよ! これなら絶対に調査対象逃さないし。今日中にその分の給料上乗せして振り込んでおくから、楽しみにしておいて」

「ありがとうございます!」


 ——さすが、フランケ兄様が開発しただけあるわね〜。お礼にこの世界の最新機器を買って帰ろうかな。


 イリアは時々、魔術道具開発が得意なフランケにこの世界で使える探偵用道具を作ってもらっていた。

 フランケはどんな機械でも難なく再現できる天才なので助かっている。


「では、いってまいります」


 イリアは意気揚々と事務所を出て、同じビルのトイレに向かった。

 誰もいないことを確認し、個室の陰に隠れる。


 ——さて、アレックスが浪費した分、お金を稼がないとね!


 イリアは透明化し、調査場所へ瞬間移動した。



***



 某貴族の屋敷。


 アイリスは魔術練習の翌日、母親と一緒に貴族の夜会に出席することになった。

 全く気乗りしないアイリスは、母親の後ろで作り笑いを浮かべながら挨拶回りをしている。


 ——あー、魔術書読みたい……。元の世界へ帰れる方法が見つかるかもしれないのに。それに、読んでおかないとイリアさんに怒られるかもしれないし……。


「——アイリス!」


 爽やかな笑顔で1人の青年が近づいてきた。


 ——誰? あれ……こいつ、見たことあるような……。そうだ、アレックスとは別ルートのクリスだ! たしか、幼馴染だったよな?


「まあ、クリスさん、お久しぶりですわ」

「アルスター夫人、ご無沙汰しております。アイリスも」


 クリスはアイリスに優しい笑みを向けた。


 ——こいつ、いい男だな。まあ、イケメン度はアレックスの方が……って、俺は女の子が好きなんだよー。


「クリス様、お久しぶりです」

「アイリス、ずいぶん他人行儀だな。いつもみたいに『クリス兄さん』でいいんだぞ?」

「ほほほっ。アイリスは王室に入りますから、今は言葉遣いに気を使っているのですわ」


 クリスは少し顔を曇らせた。


「それもそうですね。アイリス様、ご婚約おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「2人は幼馴染とはいえ、アイリスが王室に入れば自由に会えなくなると思いますから、ゆっくりお話ししたらどうです? 私たちの挨拶回りは終わりましたから」


 それを聞いたアイリスは目を丸くする。


 ——いや、ムリムリムリムリ! こいつ初対面!


「お気遣い、ありがとうございます」

「よくてよ」


 ——よくねーよ! 勝手に2人で決めんな!


 アイリスの母親はその場を離れてしまい、アイリスは目を泳がせる。


「——なんか、アイリスが遠い存在になっちゃったな……」


 クリスは寂しそうな表情を浮かべる。


 ——もしかして、クリスは俺のこと好きなのか……? 別ルートの男からもアプローチがあるみたいなこと、説明書きにあったような……。嫌な予感がする。


 アイリスは冷や汗をかきはじめた。


「そんなことないですよ……」


 会話が弾まず、沈黙が流れる。


「……ク、クリス兄さんはご結婚の予定はないのですか?」

「いや、俺はまだそんな気分じゃなくて。仕事も忙しいから」

「今はどんなお仕事を?」

「教育関係かな。貴族以外の人たちも平等に教育が受けられるようにしたくてね。でも設備がなかったり、なかなか賛同してくれる人がいなくて」


 ——俺が魔術使えるようになって他の人にも役に立つことを証明すれば、助けになるんじゃ? きっと、俺以外にも魔術の才能もってる人がいると思うんだよな……。


「私もお手伝いできればいいのですが……。今はいろいろと勉強しているので、すぐとは言えませんが」

「ありがとう、アイリス。その時は頼むよ」


 2人がそんな会話をしていると——。


「——クリス、可愛い子といるじゃん。紹介してよ」


 髪が長めでいかにもチャラついた男がクリスに話しかけてきた。


「カイル、失礼だよ。この方は第2王子アレックス様のご婚約者、アイリス・アルスター様だよ」

「おっと、失礼いたしました。私はカイル・タルコットと申します」


 カイルはアイリスの右手を取り、甲にキスをした。

 アイリスは鳥肌を立たせる。


 ——ムリ! 何度か別のやつにやられたけど、この習慣は生理的にムリ! そもそも日本じゃしないんだよ!


「カイルとは最近仕事でよく付き合いがあってね。カイルのお父上が経営する農場で仕事がない人を積極的に雇ってもらってるんだ」


 アイリスは意外そうに頷いた。


「おかげで作物や動物の世話が楽になったよ。欲を言えば、字が読めるといいんだけどなー」

「そこは今掛け合ってるよ。もう少し辛抱してくれ」

「頼むぜ」


 アイリスは2人のまともな話を聞いて感心していた。


 ——チャらいだけかと思ってたけど、意外とまともなのかもな。


「じゃあ、俺はそろそろ行くわ。あ、そうだ——」


 カイルはアイリスの耳元に顔を近づけてきた。


「もし、王子に飽きたら俺がいつでも相手するから。テクニックは保証するよ。じゃあねっ」


 カイルはウインクをしてその場から去った。

 アイリスは鳥肌を立たせる。


 ——今のは……なんかのフラグか……? 今さら思い出したけど、チャラ男ルートあったな……。あいつか……?


「——アイリス、何か変なこと言われた? カイルは女癖悪いから気をつけて。僕に相談してくれれば対処するから」

「クリス兄さん優しい……。ありがとう」


 アイリスは思わずクリスの両手を取り、握りしめた。


「いいんだよ」


 クリスは顔を赤くしながら返事をした。


「あ、マシュー」


 クリスは横を通り過ぎる銀髪の小柄な青年に話しかけた。


「クリス……」


 マシューはボソっと呟いた。


「アイリスもいるぞ?」

「うん、気づいてた。アイリス久しぶりだね。婚約おめでとう」

「ありがとうございます……」


 アイリスは初対面だったので、それ以上の言葉を紡ぎ出せなかった。


 ——声小さい……。誰だ? これ以上知らない人物との会話は勘弁してくれ……。


「そういえば、僕の研究室にアイリスの忘れ物あるんだけど。どうすればいい?」

「え……忘れ物ですか?」

「うん、読みかけの小説だよ」

「あー、アレですね」


 当然思い当たらないアイリスは、適当に話を合わせる。


「アイリスはアレックス様の婚約者候補に上がるまでは、マシューの研究室によく来てたもんなー。もう出入りできなくなるんだろう?」

「そ、そうですね……」


 話を合わせるのが辛くなってきたアイリスは、必死に笑顔を作ってごまかす。


「そうだ、アイリスは明日時間ある? 僕は明日休みだから、久しぶりに3人で会わない? その時、マシューがその忘れ物持ってくるのはどうかな?」

「僕も休みだからそれでいいけど……」

 

 マシューは少し顔を赤くし、アイリスの方をつぶらな瞳で見つめる。


 ——え!? その顔、何!? っていうか、前髪で隠れててよくわからなかったけど、めちゃくちゃ美形! あ、思い出した! こいつ、別ルートの科学者設定のやつだ!!!


「——アイリスは?」

「大丈夫です」


 乙女ゲームの恋人交互が次々と現れて焦るアイリスは、反射的にクリスの問いかけに了承してしまった。


 ——あ! ついOKしちゃったよ……。まあ、イリアさんの魔術練習はないからいっか。この世界のことはまだ全然知らないし、情報収拾のためには必要だよな?

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