第8話 事情説明


 アイリスは直立不動で眠るナナを背中でかばうように立ち、イリアを睨みつけていた。


「よろしければ椅子に座りませんか? 納得してくださるまで説明しますので。使用人の方は、本当に眠っているだけですから」

「……わかりました」

「そちらへお座りください」


 2人は向かい合うようにソファーに座った。


「先に、ナナがああいうことになった理由を聞いてもいいですか?」

「ええ、構いませんわ。今日はアイリスさんに魔術を学んでもらうから、というのが理由です。それを他の者に見られると、アイリスさんの立場が危うくなりますから」

「なぜです?」

「それは、魔術が使えるのはハミルトン家の者に限られているからです。得体の知れない魔術に皆が怯え、嫌悪しているのですよ。アイリスさんがそれを学ぶということは、迫害される可能性を秘めています。最低でもアレックスに嫁入りするまでは秘密にしておくべきでしょう」


 ——レベッカ先生が嫌悪してたからな……まあ、俺のためにしてくれたってことね。


 そう考えていると、ふと、ある考えがアイリスの頭によぎる。


「あの……ハミルトン家の人間しか魔術が使えないってことは……どうやって魔術が使える子孫の維持をしていたのですか?」

「さすがにそれは、お教えできません。本当に申し訳ありません。ですが、今後のアイリス様次第ですね」

「は……?」


 アイリスは首を傾げた。


「そういうことですから、そちらの使用人の方には聞かれたくないのですよ。内容は違っても、どの家にも隠し事はあるでしょう?」

「はあ……とりあえず、今は納得しておきます。ですが、少しでも怪しい、と思えば私は告発しますからね?」

「当然の行動ですわね。アイリスさんや使用人の方へは、ハミルトン家は危害を加えない、と誓いますわ。ハミルトン家は噂と違い、臆病で人を怖がる人間が多いですから心配無用です。先ほど会った兄はああ見えてとても心優しい人です」

「そうなんですか……」

「どうです? 魔術をまだ学ぶ気はありますか?」


 ——なんか、うまく丸め込まれた感じはあるけど……魔術を学びたいのは本心だからな。


「ぜひ、教えていただきたいです」

「よかったです!」


 イリアは手を合わせ、目をキラキラさせる。


 ——天使か!? まじで可愛いから! 立川さーん!!!


 アイリスはその笑顔に骨抜きにされた。


「では、さっそく「異空間解放」から学びましょう!」

「はい!」


 アイリスは魔術書を読みながら手取り足取り教えてもらい、至福の時間を過ごした。


「——あー、全然ダメですね」

「いえ! 少しでも異空間を解放できただけ素晴らしいですわ! 本当に才能がおありです!」

「そうですかー? 照れるなー」


 イリアは褒めて伸ばしてくれるタイプで、アイリスは調子に乗っていた。


「——では明日、王宮へお越しください。数日に一度、そこで学んでもらうことになります」

「え? ここでやらないのですか?」

「ハミルトン家の出入りは今回限りでやめるべきですわ。よくない噂が立ちますから。今回はアレックスの権限で来てもらったことになってますので」

「なんか、気を使わせてしまって申し訳ありません」

「いいのですよ。王宮の方が何かと都合がいいですから」

「え?」

「お気になさらず」


 イリアは笑顔を向けた。


 ——なんか誤魔化された?



***



 2日後。

 王宮、アレックスが用意した部屋。


 窓は黒いカーテンで締め切られていた。

 一切家具が置かれておらず、板張りの広い道場のようだ。


「やあ、アイリス。会えて嬉しいよ」


 アレックスの声が部屋に響いた。


「ごきげんよう、アレックス様」

「この部屋は君専用の部屋だよ。僕に声をかけてくれさえすれば、自由に使っていいよ」

「え? いいのですか?」

「もちろん。だって、君は僕の婚約者だからね。それに、君が魔術を学ぶことは僕のためにもなるから」

「そうですかー」


 アイリスはその言葉の意味を深く考えずに頷いた。


「今は何もないけど、必要なものはイリアが用意するから心配しないで」

「はい」

「じゃあ、僕は用事があるから、また顔を出すよ」

「はい、ありがとうございます」



 数分後。


 扉がガチャリと開いた。

 開けた人物は手ではなく、足を使って扉を開いていた……。


「——重っ!」


 大きな荷物を抱えたイリアが入ってきた。


「手伝います!」

「悪いねー」


 ——ん? イリアさんって、こんな話し方だった?


「さーて……今日はビシビシやらせてもらうからっ」


 イリアは目をぎらつかせ、指を鳴らす。


「お前、口答えとか泣き言言ったらぶっとばすからな」


 ——まさか……怖い方のイリア嬢……かな?


 アイリスから冷や汗が吹き出す。


「わかったら、返事!」


 イリアは鞭を床に叩きつけた。


「はい!」

「死ぬ気でついてこい!」

「はい!」


 ——イリアさんの嘘つき! 誰が危害を加えないって!?

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