第7話 ハミルトン家へ


 王宮でイリアを紹介されたその日の夜。


 アイリスはベッドの中で悶々としていた。

 原因は2つ。

 アイリスが王宮を出発する直前、玄関ホールでそれに関する事件は起こった——。


 その時、アレックスはアイリスを見送りにきていた。


「——今日はイリアさんを紹介していただき、ありがとうございます。とても楽しかったです。では、ごきげんよう」


 アイリスは頭を下げ、背を向けようとした時——。

 アレックスが急に左腕を掴み、アイリスを自分に引き寄せた。

 普通の女性なら、赤面して喜ぶ場面だが……アイリスは怪訝な表情を浮かべる。


「イリアのことだけど……彼女は時々、性格が豹変するから気をつけて。それでも中身はいい子だから、仲良くしてあげてね」


 アイリスの耳元でそう囁くと、アレックスは軽く頬にキスをし、腕を離した。


 ——なっ!? 今、キスされた!? 男に!?


 アイリスは左手で左頬を抑えながら口をぽかーんとあけていた。

 アレックスはニコリと笑いかける。


「アイリス、また王宮に遊びにきてくださいね。では、また」



 現実に引き戻されたアイリスは、ベッドの中で頭を抱えていた。


 ——あ゛〜! 口じゃなかったけど、初めてキスされた相手が男なんて!!! だめだ、忘れろ! そんなことより、イリアさんって二重人格とかなのか……? とにかく寝れねーよ!



***



 数日後。

 

 アイリスはイリアの屋敷に呼び出された。

 招待理由は知らされていなかったが、おそらく魔術関連の話だろう、と予測はついていた。


「お嬢様……お嬢様、ハミルトン家に到着しましたよ?」


 馬車移動中に寝てしまっていたアイリスは、使用人のナナに起こされた。


「ふあ……もう着いたの?」


 アイリスは手で隠さずに大きなあくびをした。

 ナナは、その行為についてあとでレベッカに報告しなくては、と心に刻む。


「はい。雨で地面がぬかるんでおりますので、お気をつけください」

「ありがとう」


 先にナナが降りて傘をさしてくれていた。

 アイリスは肩を軽くほぐしながら馬車から降り、屋敷を見上げる。


 ——ここ……家なの!?


 アイリスは目を疑った。

 ハミルトン家の屋敷は、薄汚れた砦のようだった。

 灰色の石壁は無数の蔓植物で覆われており、不気味さが前面に出ている。


 ——ラスボスの城かよっ!!!


 その日は雷雨であいにくの天気だったこともあり、不気味度はさらに増し増しだ。


「ナナ……本当に、ここがハミルトン家?」

「間違いございません。ここです……」


 2人とも青ざめていた。


 その後、2人は大きな扉の前まで進み、ナナはためらいがちにドアノッカーで扉を叩いた。


 そして、しばらく待つ……。


「……ナナ、誰も出てこないね」

「そのようですね。聞こえなかったのかもしれません。もう一度叩いてみます——」


 ナナがドアノッカーに手を伸ばした瞬間、ギギギィーと大きな音を立てながら扉がゆっくりと開いた。


「ヒィッ!?」

「キャッ!」


 アイリスとナナは、中から出てきた人物を見て恐怖の声を上げた。

 その人物は、ゾンビのように目が窪み、青白い顔をした大男だった。

 顔半分は火傷でただれており、着ている服はシワシワで汚れている。

 髪がべとべとで全体的に清潔感がない。


「どちらさまでしょう?」

「アイリス・アルスターと申します。後ろにおりますのは、私の使用人ナナです。イリアさんにご招待いただきまして……」


 アイリスは冷や汗をかきながら説明した。


「そうですか。僕はイリアの兄、フランケと申します」


 フランケは不気味に笑いかけた。


 ——おいおい……恐怖を煽る名前だな……。『ン』を最後につけたら有名モンスターだよ。


「どうぞこちらへ、妹がいる部屋に案内しますね」


 アイリスとナナはビクビクしながら屋敷の中へ入っていった……。


 屋敷に入るとすぐ、アイリスは寒さと恐怖で鳥肌を立たせた。

 蔓植物が原因で窓からの光は遮られ、廊下は薄暗くて寒い。

 壁に点々と掛けられたろうそくが唯一の照明のようだ。

 貴族らしい装飾品などは一切置かれておらず、壁も床も外壁と同様に灰色の石壁だった。


 ——まじか……、ハミルトン家が悪く言われるのも納得なんだけど……。普通にこえーよ。


「——ここが妹の部屋です」


 フランケはそう言うと、扉をノックした。


『はい』

「イリア、アイリス・アルスター様とその使用人がいらしたよ」

『ありがとう、兄さん』


 イリアはそう返事をすると、扉を開けた。


「アイリスさん、わざわざお越しくださりありがとうございます。さあ、中へどうぞ」


 イリアは笑顔を浮かべていた。


 ——よかった、今日は優しくて可愛い〜。俺の好きなイリアさんだ〜。


 先ほどまで恐怖で怯えていたアイリスだったが、イリアを見るなり幸せいっぱいになる。


「失礼いたします」


 アイリスの後に続いてナナが部屋に立ち入ると、床に魔法陣が浮かび上がる。

 すると突然、ナナは立ったまま気を失った。


 魔法陣の光に気づき、すぐに後ろを振り返ったアイリスは慌てる。


「ナナ!?」

「大丈夫ですよ。彼女は眠っているだけです。何の問題もありませんわ」

「イリアさん!? なぜ、こんなことを!」


 アイリスは怒りをあらわにした。


「ごめんなさい。こうでもしないと秘密を隠し通せませんから……」


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