第4話 婚約者決定


 アレックス王子との面会を終えたアイリスは、途中でレベッカと合流した。

 粗相をしてしまったことは一切言わず、無言を貫く。

 どうせいつかバレて怒られるのだから、今は後回しにして頭を空っぽにしたい。


 廊下を歩いていると、向こう側から3人が歩いてきていた。

 前から王室使用人、黒っぽいドレスを着た黒髪女性、長いローブのフードを深くかぶった怪しげな黒ずくめの人物。


「——イリア・ハミルトン様です。ご挨拶を」


 後ろからレベッカが囁いた。

 アイリスはイリアたちとすれ違う前に立ち止まり、裾を少し広げて一礼した。


「ごきげんよう。アイリス・アルスターと申します」


 ——はずっ……。


 アイリスは少し頬を赤くしながら顔を上げると、イリアの冷ややかな視線と目が合って背筋を凍らせる。

 目より下の顔は開いた黒扇で隠していたが、いかにも悪役令嬢な雰囲気を漂わせていた。


「あー、あなたがもう1人の候補ね。興味ないわ〜」


 イリアはそのまま礼もせずに行ってしまった。


 ——えー、なにあの態度。レベッカ調教前の俺よりひどいぞ? まあ、あんなやつでも俺には勝てるか……。女だもんな。





 アイリスの待合室。


「——アイリス様、なんとか乗り越えましたわね」

「はい……」


 アイリスはレベッカの言葉を聞いて気まずい表情を浮かべていた。


「イリア・ハミルトン様の面談が終わり次第、今後の予定が知らされます。それまでただ待っているのも時間がもったいないですから、課題をこなしていだだきますわ!」


 レベッカは再びカバンから鞭を取り出し、眼鏡をを光らせた。


 ——鬼かよ!? どうせ選ばれないんだからいらねーよ! 俺は精神的にボロボロなんだよー!





 約1時間後。


 アイリスが呼び出されたのは面会室とは別の部屋で、そこにはアレックスはいなかった。

 イリアとその使用人らしき人物がすでにその部屋に待機していた。


 ——うわっ……あの怖いねーちゃんもいる……。


「あら、あなたもなの? 別々にしてと言ったのに……」


 イリアは機嫌が悪そうに顔をそらした。


 ——えっ……。


 アイリスは固まり、イリアを凝視する。

 悪態をつかれたアイリスだったが、そんなことはどうでもよかった。


 ——嘘だろ……そっくりだ。声もよく考えれば似てる。どうしてここに立川さんが……?


 圭人のクラスメイトだった立川愛梨は、日本人とイギリス人のハーフだった。

 黒髪、猫目の碧眼、華奢な体つき、背は高めの外見は、このヨーロッパ中世風の世界でも違和感のない顔だ。

 似た人物がいてもおかしくはないが、イリアはあまりにも立川愛梨に似すぎていた。


「——いつまでイリア様を見ている?」


 イリアの後ろに控える黒いフードを被った男は、威圧的な口調でアイリスに向けて言い放った。

 その時、顔全体を覆う漆黒の仮面がチラッと見え、アイリスは震え上がる。


「すみません!」


 アイリスは慌てて頭を下げ、2人から目を逸らした。

 レベッカはイリアの使用人の失礼な態度に怒り、顔に青筋を浮かせていた。

 ここは王宮なので仕方なく堪えている状態だ。


「——お待たせいたしました」


 タイミングよく部屋に王室関係者が入室してきた。

 全員が即座に頭を下げる。


「——私はアレックス様筆頭使用人のオリバーと申します。早速ですが、アレックス様の正式な婚約者をこの場で宣言させていただきます。その方は——」





 馬車の中。


「——アイリス様、おめでとうございます!」


 レベッカは呆然とするアイリスの両手を握りしめていた。

 その横に座るナナも嬉しそうに笑みを浮かべている。


 ——一体どういうことだ……? 何で俺が……?


 アイリスは発表直後から頭が真っ白になり、馬車に乗ったことさえ覚えていなかった。


「——王室使用人から伺いましたが、アイリス様の正直なところをアレックス様が賞賛されていたようです。アレックス様は人を見る目がありますわね! ちゃんとイリア嬢の腹黒さを見抜いていたのでしょう」


 イリアの名前を聞いて、アイリスは我に返る。


「レベッカ先生! そのイリアさんって、どんな人なのか知っているんですか?」

「ん゛ん゛っ!」


 アイリスの言葉遣いに対して、レベッカはわざと咳き込む。


「はっ……申し訳ございません! イリア様がどんな方なのか、ご存知でしょうか?」

「詳しくは存じ上げません。しかしあのハミルトン家の方ですから、恐ろしい方なのは確実ですわ。婚約者候補の最後に残れたのは、希少な能力を持っていたからでしょう」

「能力ですか?」

「ええ、ハミルトン家はこの世界では珍しい魔術が使えるのですわ。イリア嬢がどんな能力を使えるのかは存じあげませんが。王家もその能力が欲しい、と思っているのでしょう」


 ——へー、この世界には魔術が存在するのか。イリアさんの見た目だと、黒魔術あたりか? いや、立川さんの内面は純粋で綺麗だったから、白魔術とかかもな〜。性格悪そうだけど、イリアさんにもう一度会って確かめたいな。もしかしたら、いい人の可能性があるかも……?





 帰宅後。

 アイリスの部屋。


 部屋に戻ってすぐ、アイリスの両親が押しかけてきた。


「——アイリス! 婚約内定おめでとう! こうなると思っていたから、祝賀会の準備をしているよ。楽しみにしていなさい」


 アイリスと外見が似ている父親は涙目だった。


「ありがとうございます」

「体調が芳しくなかったので心配していましたが、安心しました。レベッカを付き添わせて正解でしたわ」


 母親はアイリスの手を取り、同じく涙ぐんでいた。


「ありがとうございます」


 後ろで聞いていたレベッカは涙をハンカチで拭っていた。


 ——みんな泣いて喜んでるぞ。もう婚約は断れない雰囲気だよな……。帰ってから今後のことを考えよう、と思ってたけど……無理なんじゃ? ってことは、BLルート決定的!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る