第2話 淑女ってなに?


 ——女心を知りたい、という欲求はあったけど、ここまでリアルを求めてないんだよ!!!


 圭人、改め、アイリスはベッドの上でうつぶせになり、心の中で叫んだ。


「アイリス、体調がすぐれないのですか?」


 アイリスの様子がおかしかったので、ベッドのそばにいた母親は心配そうに見つめる。


「あの……」


 アイリスは自分の高い声を聞いて動揺し、口ごもる。


 ——声に違和感ありすぎ。なんか自分が気持ち悪くなってきた……。


「どうやら本当に体調が悪いみたいね。でも、今日は王家へ挨拶に行かなければならないのよ。無理してでも出席しないと、候補から外れてしまうわ」

「候補?」

「ちょっと……まさか忘れたの? アレックス様婚約者候補の最後の2人に選ばれたのよ。あれだけアレックス様の妻になりたい、と騒いでいたのに」


 それを聞いたアイリスの顔は真っ青になる。


 ——まさか……俺が乙女ゲームで選択したアレックス王子!?


「使用人を呼ぶから、さっさと支度してちょうだい。いいわね? あなたと我が家の将来のためにこのチャンスを逃さないで」


 忙しい母親は、アイリスの返事も聞かずに部屋を去っていった。


 アイリスは枕に顔を埋める。


 ——夢だよな!? 夢だよなっ!?


 アイリスは頬を思いっきりつねってみる。


 ——痛っ!? まじで現実なのか!? でも、こんなことありえない……。


 まだ現実を受け止められないアイリスは枕に顔を埋める。


 ——まずい……。俺が乙女ゲーム主人公のアイリスってことは、このままだと王子のアレックスと結ばれるんだよな……。よりにもよって、断りづらい王族。なんの義理もない家族の将来をいきなり背負わされるなんて……。


「あ゛ー」


 アイリスは足をばたつかせる。


 ——男の感情が残ったままっていうのがやばい。このまま順調にいけば、俺にとってはBL……。破滅まっしぐらじゃねーか!!! そうなる前にこの世界から抜け出せないのかっ!?


 扉のノック音が部屋に響いた。


「はい!?」


 アイリスは反射的に返事をした。


「失礼いたします」


 メイド服を着た使用人3人が荷物を抱えてぞろぞろと入ってきた。


「アイリス様、支度のお手伝いに参りました。体調が悪いということなので、こちらをお召し上がりください」


 使用人は赤い液体が入った小瓶をアイリスに差し出した。

 受け取ったアイリスは眉をひそめて見つめる。


「これは、なに……?」

「滋養強壮剤です」


 ——この世界にもあるのか……。前の世界で飲んだことはないけど、問題ないだろう。


 アイリスはベッドの上にあぐらをかき、一気に飲み干した。


「かー!!!」


 ——きたきたきたきたーーー!!! なんか興奮してきたぞ! いい飲み物だな!


 ハイテンションモードに入ったアイリスの目は血走っていた。

 アイリスの淑女とは思えない行動に使用人の顔はひきつり気味だ。


「アイリス様……鏡台へ移動願います」

「おー、わかった」


 アイリスの野蛮な話し方に使用人は一瞬ピクリと反応したが、聞き流した。



 その後、使用人達はテキパキとアイリスにドレスを着させ、化粧を施した。

 最後に髪を整えてもらいながら、アイリスは鏡に映る自分を凝視する。


 ——おー! 化粧したら結構可愛いじゃん……って、喜んでる場合かよ! 王子に会う前に対策考えないと!





 アイリスは執事長のレベッカ、専属使用人のナナと一緒に王宮へ向かっていた。

 馬車で約1時間半の道のりだ。

 着替えてすぐ出発することになってしまったので、結局アイリスは十分に考える時間を持てなかった。


 ——この移動中に対策考えないと……。えーっと……確か俺は、乙女ゲームのチュートリアルを進めていて……。ストーリーを始めようと画面を触ったら、画面がすげー光って……。あの光が原因でこの世界に入り込んだのか?


「——アイリス様」

「は、はい!」


 向かい側に座っていたレベッカは、厳しい視線を向けていた。


 ——お、怒ってる?


「ナナから聞きましたが、今日はとても品のない行動が目立つようですね」

「え? そうかなー?」


 アイリスは右手を後頭部に当て、ごまかしの笑みを浮かべた。


 レベッカは鋭い視線をアイリスの膝周辺に視線を落とす。

 そして、大股を開く様子を見て眉間にしわを寄せた。


「どうされたのですか? その座り方といい、先ほどの歩き方といい……全てにおいて淑女とは正反対ですわ!」

「すみません……」

「王宮につくまで、徹底的に指導し直しますわ! 今日は大切な面談ですから!」

「え゛っ!?」





 1時間後……。


 アイリスは言葉遣い、座り方などの指導を徹底的に受けて疲弊しきっていた。


「——疲れを表情に出さない!」

「はい!」

「背中!」

「はい!」


 丸めた背中を指摘され、アイリスは慌てて背筋を伸ばした。


「全く……この10年以上の苦労はなんだったのでしょう。せっかく、アレックス様婚約者候補の最後の2人に残りましたのに……。お淑やかで品性があったあのアイリス様は一体どこへ?」

「申し訳ございません……」


 アイリスは半泣きで深々と頭を下げた。


 ——こんな短時間で男の俺が淑女になれるわけないだろ……。あ、でも、この方が選ばれない可能性が高いよな? よし、それでとりあえずBLを回避だ!


「待合室は個室ですから、面会時間まで歩き方も指導しますわ!」


 レベッカは短い鞭をしならせた。


 ——怖っ!? それ、何に使うの!?


 アイリスの顔は真っ青だった。





 王宮、アイリスの待合室。


「——ここまでのようですわね。少しましになっただけ良しとしましょう……」


 懐中時計を見ながらレベッカはつぶやき、しぶしぶ鞭をカバンへ戻す。


 ——やっと解放される……。俺の高校なら、問題になるレベルの厳しさだぞ。


 王宮到着後、アイリスは厳しい歩行指導を受けて足がガクガクになっていた。

 結局ヒール靴を断念し、フラットシューズにしてもらった。


「ナナ、アイリス様の身だしなみを整えてちょうだい」

「畏まりました」


 ヘトヘトになっていたアイリスは、椅子に座るとすぐ眠気に襲われた……。





 そして、今後の人生を左右する時間がやって来た。


「アイリス・アルスター様、アレックス王子がお待ちの面会室へご案内いたします」


 王室使用人の言葉を聞いたアイリスは、唾をごくりと飲み込んだ。


 ——大丈夫、俺は選ばれない……はず。


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