乙女ゲームの女主人公になった男の恋愛事情

香月 咲乃

第1章 婚約者編

第1話 乙女ゲームに手を出したら、こうなった


『あなたの性別は?』


 ——この時、『男』を選択していたら、俺の未来は変わったのだろうか……?


 興味本位で始めた乙女ゲーム『ハーツ王国の恋愛事情』。

 女主人公としてゲームの世界に入り込んでしまった俺は、この先どうなってしまうんだーーー!!!



***



 夏休みで暇を持て余していた高校1年の圭人は、ベッドの上でうつぶせになりながらスマホを触っていた。

 何か新しいゲームアプリはないか、と検索していると——。


『男性も楽しめる!』というキャッチフレーズのアプリに目を止めた。


 ——乙女ゲームか……。確か、クラスメイトの女子がはまってたな。暇だしやってみるか……。


 圭人は興味本位で乙女ゲーム『ハーツ王国の恋愛事情』をダウンロードしてみた。

 しばらくして画面にそのアプリアイコンが表示され、圭人はタップする。


 ——うわー。無駄にキラキラしててピンク〜。


 いかにも女子向けのタイトル画面に恥ずかしさを抱きながら、圭人は点滅する『スタート』部分をタップした。


『あなたの性別は?』


 最初のユーザー設定画面が表示された。

 男と女の選択肢があり、圭人は驚く。


 ——へー、女だけじゃなくて男主人公のルートもあるんだな……。


 画面を見つめながら圭人は迷い始める。


 ——彼女がいる生活に憧れる俺としては、男にしたいところだが……。


 逆に女心を知るチャンスかもしれない、と考えた圭人は、主人公の性別を『女』にしてみる。


 性別決定後、次の設定画面に移行した。


『あなたの名前は?』


 ——名前か……。適当に『あああああ』にしてもいいけど……、でもなー。


 圭人は考えている途中、クラスメイトの女子——立川愛梨を思い出す。

 寡黙で美人過ぎるため、初対面の人に怖がられることが多い子だ。

 圭人も最初はそう思っていたが……。

 隣の席になって初めて話した時、恥ずかしそうに微笑む顔を見て考えを改めた。

 そしていつのまにか好きになってしまい、今は絶賛片思い中だ。


 ——立川さんは今何してるかな……? そうだ、立川さんの名前をちょっと変更して……。


 圭人はユーザー名を『アイリス』に決め、次の画面へ進んだ。


『誰と恋をしたい?』


 画面に5人の美青年の顔が映し出された。

 それぞれタップすると等身大に拡大し、簡単な個人情報が表示される。


 1人目はアレックス、17歳。

 ハーツ王国の第2王子。

 王族ゆえに性格は謎だが、公の場ではいつも紳士的で笑顔を絶やさない。

 清潔感と高貴さが溢れ出している。

 金髪碧眼、細身、長身。

 

 2人目はカイル、19歳。

 上級貴族で、父が経営する大規模農場を継ぐ予定。

 色気むんむんのチャラ男だが、親しみやすい性格。

 カールがかかった黒色長髪、細マッチョ、長身。


 3人目はクリス、19歳。

 中級貴族の役人。

 主人公の幼馴染で、真面目な性格。

 好青年で、笑顔が爽やか。

 赤色の短髪、細マッチョ、長身。


 4人目はマシュー、17歳。

 中級貴族の学者。

 寡黙で心を閉ざしがちだが、時折見せる笑顔が魅力的。

 銀髪で前髪が長い、細身、中背。


 5人目は隠れキャラでまだ明らかになっていない。



 ——おー、全員イケメン設定だな。俺がこれだけ格好良かったら、立川さんも好きになってくれるかな……。まあ、考えても無駄か。この4人の中だと王子がやっぱり高スペックだよなー。


 圭人は迷いなくアレックス王子を選択し、初期設定は完了した。


『あなたは上級貴族アルスター伯爵家の娘に決まりました。スタートボタンをタップしてください』


 圭人は躊躇なく画面をタップした——。

 その直後、部屋が異常な光に包まれる……。



***



 圭人はベッドの上で目を覚ました。


 ——あれ? いつのまにか寝落ちしたんだな。


 圭人は目をこすりながら体を起こす。


 ——え……。


 広くて豪華な部屋が視界に映り込み、圭人は固まる。


 ——どこ!?


 何度も顔を左右に動かして部屋を確認するが、全く見覚えのない場所だった。

 圭人は直近の記憶を必死に思い出そうと俯く。


 ——え……髪が長い……?


 頭を下げた時、両頬に長い金髪が触れ、圭人は再び固まった。


 ——髪が伸びたのか? 黒髪だったのに金髪!? どうなってるんだ……?


 圭人は鏡を見ようと慌ててベッドから出るが、足元に違和感を感じて立ち止まる。


 ——足がスースーする……って、スカート!?

 

 圭人はシンプルなピンク色のワンピースを着ていた。


 ——病院着……? 長髪で記憶がないってことは……、知らないうちに病気で長期入院してたのかも? そうか、それだ! ここはきっと豪華な病院なんだ!


 頭の整理がついた圭人は部屋の隅に行き、ドレッサーの鏡を覗き込んだ——。


 ——まじ!?


 鏡に映る圭人は……、金髪美少女だった。

 圭人は慌てて体を触りまくる。


 ——俺の男のシンボルがない!? 胸が膨らんでる!? 全身整形されたのか!?


 コンコンッ。


 扉をノックする音が圭人の耳に届く。


 ——やばっ!


 圭人は慌ててベッドにダイブし、布団の中に隠れた。


『アイリス? 入るわよ?』


 扉の向こうから大人の女性の声が聞こえた。


「もう、こんな時間まで寝てるなんて……。アイリス、早く起きなさい。出かける支度を——」


 部屋の中へ勝手に入ってきた女性は、圭人の布団を勢いよくまくりあげた。


「あ!」


 圭人は慌てて体を丸め、背中を向ける。


「はあ……。アイリス、アルスター伯爵家の娘として自覚を持ちなさい」

「え……、俺が誰って……?」


 圭人は慌てて体を起こし、聞き返した。

 女性は眉間にしわを寄せる。


「いつからそんな野蛮な話し方になったのですか? 母親として恥ずかしいですわ!」


 ——本気で言ってるのか? この人が母親!? 俺の母親はこんな美人じゃない! 待てよ……この人、俺のことアイリスって呼んでたよな……。伯爵がなんとかとも……。


 圭人はある考えに至った。


 ——俺、もしかして……ゲームの世界に入り込んだのかー!? 


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