第25話 義人がその義によって滅びることもあれば…

 彼は思った。

 他者から見てコレほど無意味で虚無な物語があるだろうか?と


 たった一度 助けて貰ったことがあった。それだけを理由に無謀にも助けに行くとは馬鹿げた話である。


 そもそも、それほど仲が良かったわけでもない、それどころか、ほんの少し前まで気すら回っていなかったといのに彼女の危機を知ると何故かそうするべきだと思った本当に自分と言う人間は救いようもない愚か者である。


 だけど…



 パリ4区 グレーヴ広場。そこにはソフィーの処刑のために置かれた断頭台とその死刑執行を見に来た観客たち。そして警備を行うジェラールとクラリナの姿があった。


 エミールの脱獄から1日が過ぎて念のための警戒態勢であった。


 一時的に行動を共にしていたことは解っているが果たしてそれだけで助けに入ってくるだろうか? そう思いながら待っているとソフィーを乗せた馬車がやって来た。


 そうして彼女の姿が確認できるとギャラリーの方から悲鳴と爆風が起きた。


「エミール=ジョゼフ・エルヴァ!」


 彼は時祷書を手にやってきた。


 それを見てジェラールはエミールに向かっていくと少年の持つ剣と彼の持つ槍がぶつかり合う。


「何しに来た⁉」


 ジェラールがそう問いかけるも彼は口を開かなかった。


「始めて会った時から何を考えているか解らん奴だったが本当にお前は何がしたいんだ⁉ お前は最初カドゥーダル一派を捕まえるために戦っていただろ!!」


 エミールは思った。

 人生を振り返ってみると、渇き飢えた半生であった。


 ただ、その中で誰かに何かをしている時だけは少しだけ満たされていた気がした。


 ソレに何の意味があるだろうか? おそらく意味など無い。あるのは漠然とした自己満足感だけ。


 だけど、それが自分を満たす方法だった。


 誰かのため。共和主義のため、フランスのため、なんだって良い…満たすことさえできればそれで良かったのだ…


 だから共和制の崩壊とともに自分はおかしくなった。


 尽くす先を見失ったから…


 いま…自分は飢えを満たすために取ってつけたように理由を見つけ戦っている…


 エミールは身勝手で醜く愚かであることを自覚しながら戦っていく。


 そうしてジェラールを打ち破り断頭台へと昇るとソフィーの手枷を破壊した。


「どうして…助けに…」


「…一度、助けてくれたでしょう」


「カドゥーダルを助けるのには反対したくせに」


 ソフィーは眉を寄せて不満を漏らしたが次の瞬間、感謝の言葉が贈られた。


「でも…ありがとう…お兄さま……」


 その言葉で、ふと過去の記憶が蘇る。


 自分にされて嬉しかったこと、それを姉にもしてあげてと言ってた、あの頃の記憶…


〈ああ…そうだ…ずっと足りなかったもの…それは…〉


 自分の中の幸福を思い出した瞬間。エミールは背を斬られた。


 戦いは、まだ終わってはいない、背後に立つ彼女に目を向けてエミールは再び立ち上がった。


「クラリナ・リエーヴル」


 十二上級館員アンシアンの一人。女性の中では間違いなく最強の彼女が立ちはだかった。


 クラリナは何も語ることなく剣を握ると物理法則を無視し距離など関係なく得物を振り落としていく。


 それを常に動き続けることで回避し反撃に出る。


三月ディギング!」


 すると黒色火薬によって生まれる爆発をクラリナは剣に吸い込ませ、そのまま付与すると斬撃から爆発を生み出す魔術へと変貌した。


「ぐっ!!」


 直撃せずとも爆風の衝撃を受けエミールは声を出す。


一月ヤヌス・ウィズ・スォード&キィ!」


 今度は瞬間移動による奇襲を掛ける。


 が、防がれる。


 奇襲にも難なく対応してくる反射神経の良さに逆に反撃を貰う。


 そこから、いくつもの魔術を試した。だがそれらはことごとく打ち破られ斬り刻まれた。


 そうしてクラリナが止めを刺さそうとしたとき、ソフィーは庇うようにエミールの前に出て反撃を行った。


 ソフィーが歯で指に傷を負わせて血で書いたルーン文字。そこから生まれる魔術すらクラリナを足止めする程度の事しかできなかった。


〈勝てない……〉


 エミールはそう悟るとソフィーに言った。


「ソフィー…ボクは共和制主義にこだわって道を踏む外した…」


「急になんですの?!」


 相対するクラリナから目を離せぬまま後ろからの声にソフィーは答えると、エミールは最後に言った。


「君はボクのようになるなよ…」


 その後に彼女の肩に手を乗せ、そして祈った。この身が聖遺物だというのなら奇跡を起こして見せろと自分の持つ瞬間移動の魔術の限界を超えて彼女を安全な場所へと導けと。


一月ヤヌス・ウィズ・スォード&キィ!」


 魔術が発動すると彼女は姿を消した。


〈ありがとう。君に感謝されて…今まで一番 満たされた気がする………これで実の妹じゃなかったら笑いものだけど…まぁ、そこは信じておく方が幸せだろう〉



――その人生に意味など無かったかもしれない。価値すら無かったかもしれない。だけど……

どうしようもない。救いようのない自分が今だけは満たされていた……



最後に振り下ろされた剣が全てを終わらせたとき、彼の悲劇の物語が幕を下ろした……

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