あとがき5

前回の投稿から だいぶ空いてしまいましたが いつもあとがきです



ルイ17世(LouisⅩⅦ)

1785年3月27日~1795年6月8日 享年10歳

作中1804年 10+9歳


母、マリー・アントワネットからは想像力が豊かで聞いた話に尾ひれをつける子だと言われていたが、自分がされて嬉しかったことは姉にもしてあげてと言ったりマリー・アントワネットへ怒りをぶつける群衆に対して「ママを許してあげて」と懇願したりしたと優しい子供だった


ルイ16世を処刑したことにより後々ルイ17世が王位に着いた場合、報復されるのではないかと恐れていた革命勢力(国民公会)の手によって家族から離され監視を行い再教育するということになったが実際には暴行し性的な虐待までして最後には監禁しておきながら清掃もせず汚物にまみれた部屋のなかで衰弱させたという


この地獄から開放された当時、9歳ほどであったが見た目がそれ以上の年齢に見えた上に死亡後の検死解剖でも10歳の子供とは思えないほど脳が成熟していたという話もあり入れ替わり説が生まれ、逃げ出したルイ17世だと語る人々が多数 現れたが残念ながら検死解剖時に盗まれたルイ17世の心臓から親族と一致するミトコンドリアDNAが確認されているため当時の彼らは偽者であったと考えられる


ただ、ミトコンドリアDNAは親族であれば誰でも一致するのでルイ16世とマリー・アントワネットの子供であることを証明しないという理由で少数ながらルイ17世生存説を捨てきれていない人たちが現代でも存在する。ちなみに少数派の意見では鑑定に使用された心臓はルイ17世のモノではなく、その兄ルイ=ジョゼフのモノであるとしているが根拠はない


上述から、お察しするでしょうがルイ17世の遺体は発見されていない

公式記録ではサント・マルグリット共同墓地に埋葬されたことになっているが掘り起こしてもルイ17世と断定できる遺体は見つかっていない

(それらしいものが見つかっているが骨が15歳以上のもので検視解剖時に眉を起点に切られたはずの頭蓋骨が額のてっぺんで切られていた)


非公式な話ではサント・マルグリット墓地から秘密裏にクラマール墓地に移されたという話が存在する


こちらの説では埋葬後に「小さいカペー(ルイ17世)はうんと努力しなきゃ家族に再開できないぜ」と謎の台詞も残していて、なんとなく面白かったので作中ではコチラの説を採用しました



謝罪

過去のシナリオでクラマール墓地の場所を間違えて記載していました(既に修正済み)

クラマールの森の近くのクラマール墓地でなく正しくはパリ植物園近くのクラマール墓地でした


それと作中でパリ〇区と書くことが多いのですがコレは現代のパリ〇区で当時の区表記を行っておりません(現代のパリは20区まで作中の時代では12区までとなっていて今と大きく異なる)


理由としては、私の勉強不足が原因です。すみません…

修正も考えたのですが検索を行っても色々なモノが旧区の時どこにあったのかハッキリとしなかった為にやめておきました


こんな風に細かいところでガバガバなところもありますが作中で疑問があれば質問にも出来得る限り答えていきたいとも思っていますので今後とも見ていただければ身に余る光栄と思います


それでは、また次回のあとがきでお会いできることを願いつつ筆を置かせていただきます

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