第20,5話 処刑
セーヌ川中央の島に存在する
かつてはフランス君主の居城であった この建物はフランス革命中では財務省。高等法院などの本部として機能し、今では司法裁判所と監獄の役割を担う場所となっている。
そこに収監されていたジョルジュ・カドゥーダルに木製の手枷を付けると馬車に乗せ公開処刑場へと移送する。
到着するまでの間、カドゥーダルは大人しかった
意外かもしれないが死刑が決定した後の人間というのは案外 大人しい人が多い。
最初の内は反抗的であっても死刑執行までの間に徐々に諦めや絶望が勝るのか、最後には抵抗もなく死刑を受け入れて断頭台へと登っていくという。
にわかには信じられない話であるが、人は与えられた役であれば死刑囚であろうとも演じ切るのである。
そして、ここにもう一人。役を演じる人物が居た。
シャルル=アンリ・サンソン。死刑に反対しながらも処刑人一族としての多くの刑を執行してきた自己矛盾を抱えた男である。
「抵抗は……しないんですか…?」
「奇妙なことを聞くな。まるで吾輩に抵抗して欲しいような口ぶりじゃないか?」
サンソン自身も馬鹿げた質問をしていると思っている。それで暴れだされたら自分が困るというのに…しかしソレでも疑問なのだ、今の社会に抵抗するほどの意志を持ちながらどうして諦めてしまうのか、それを知りたくて彼は こうして語り掛けているのだ。
「………私は今までにも沢山の人を処刑台まで連れていきました。多くは大人しく、静かで……どうして、そうも簡単に死を受け入れてしまうのか今でも解りません…」
「なら、この手枷を外してもらいたい」
彼が手を上げて言うもサンソンがコレを断ったのでカドゥーダルはため息を吐いた。
一度 沈黙を挟むと今度はカドゥーダルの方から話しかけた。
「吾輩も最初は抵抗した。だが今さら自分だけ助かりたいとも思えん…」
サンソンはそのまま何も言わずにカドゥーダルの話に耳を傾けた。
「貴殿はもう知っているかもしれないが、吾輩がナポレオンの部下になることを承諾しさえすれば部下を含め恩赦を得られたのだ
だが、吾輩は蹴った。反抗して反抗して蹴った。そうして部下は処刑されていった…」
「これから死ににいくのは部下の生きるチャンスを奪った罰を受けたいからですか?」
「それだけではない。吾輩たちが失敗したせいでブルボン王家に席がないことを国外に示さねばと民衆が考えるようになる原因を作り 結果、あの男を玉座に着かせてしまった…」
死刑囚になると否応なく考える時間が生まれる。その中で自らの罪と向き合ってしまうと罰を欲するようになる。そうなると痛みや死が彼らにとっての救いとなってしまう。
いま彼は処刑を欲している。そしてその救いを与えるのがサンソンなのだ。
だが、それでもサンソンは死の救いを軽蔑し、コレからもギロチンを落とし続けていくであろう。
自己矛盾を抱えながら馬車は道を行く…
※
パリ4区 グレーヴ広場。そこには処刑を見に来た見物人と警備を行う人々で溢れていた。そこにシテ島からアルコル橋を渡って馬車が到着する。
カドゥーダルが馬車を降りると彼よりも先に下車し断頭台の横に立つサンソンの下にまで移動する。
「何か言い残すことはありますか?」
サンソンはカドゥーダルにギロチンの首枷をする前に聞くと彼は観衆にも良く聞こえる大きな声で言った。
「
そして、もう一度 言った。
「
続けて繰り返し口にする。
「
※
「警戒していたが結局 何も起きなかったな」
カドゥーダル処刑の警備をしていたジェラールは同じ
「〝姫〟とか呼ばれていたヤツですか? 最近あったヴァル・ド・グラースの事件で目撃されたそうですよ」
「捕まったのか?」
「いえ、サン=ジェルマンとかいう男に連れていかれたとか……そうそう、裏切り者の元館員も居たそうです」
「…そうか」
そう言うとジェラールは一拍おいてから呟いた。
「どうして裏切ったんだろうな…」
「共和制主義者だったんでしょう。たく左翼ってのはどうして こう過激な奴が多いのか…」
フェリクスが悪態を吐きながら二人の他愛のない会話は終わりを告げていく。
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