第10話 強襲!ナポレオン美術館 Ⅱ

1797年 フランス。


 この当時。王党派は多くの議席を手にし政治に強い影響力を持ち始めていた。


 そのまま行けば王党派が政権を手にしフランス王室も復活するハズだった。


 だが、そうはならなかった…


 王党派議員は君主制復活を目論む悪として共和制主義者という名の正義の味方に成敗されたからだ。


 馬鹿げた話である。彼ら王党派は法律を順守し選挙で選ばれ議員になったにも関わらず何故こんな理不尽に合わなくてはいけないのか?


 無論。総裁政府には異議を申し立てた。


 結果、軍隊の力によって王党派議員は逮捕され、総裁政府に反乱を企てた罪でピシュグルはギアナに追放された。


 その後、ピシュグル将軍がどうやってギアナという過酷な大地で生き残り脱出したのか、その詳細を知ることは出来ないがフランスへと戻る前イギリスのロンドンに居たことはハッキリとしている。




 ロンドンで暮らし始めたピシュグルはどこか満たされない人生を過ごしていた。


〈ギアナを脱出し生き残ったというのに…空虚だ…ロンドンの空気も…食事も…芸術も…何も私を満たしてはくれない…〉


 オープンテラスで一服していた そんな、ある日。大柄の男と銀髪で青い瞳をした女性が目の前にやってきた。


「お初にお目にかかるであろうピシュグル将軍。突然だが貴殿に頼みたい事がある」


「誰だよアンタ…」


 ピシュグルはダルそうに答えた。


「失礼。我輩はジョルジュ・カドゥーダル。貴殿と同じく王党派だ」


「そうかい…それで…」


「我輩たちは今あの成り上がりで田舎者の野望を打ち砕くために同士を集っている。貴殿にも力を貸して欲しい」


「それに何の意味があるんだ…」


 熱意あるカドゥーダルに対してピシュグルは気力もなく返すと女性の方が話しかけてきた。


「将軍」


「元ね…」


「貴方は今、満足しています?」


「……いいえ」


「取り戻したとは思いません?」


 そう言われて即答できなかった。


「貴方の居場所はここではありません。フランスです。満たされないのは貴方がフランス人でここがフランスではないからです

美味しい食事に美しい芸術。そして心 同じくする信仰。それらを無くしてどうして幸せと言えるでしょうか?」


 飯は不味い。芸術は質素。信仰は微妙に違う。それがイギリスだ。

 人間、何処だろうと生きていけると言うヤツはいくらでも居るが実際やってみるとそうでもない。


 舌に合わない食事。噛み合わない美的観と価値観の異なる文化。ふと瞬間に所詮は余所者と思い知らされる日常…


 幸福なき人生はただ呼吸をしているだけで生への実感など湧き上がりもしない。それを生きているというのならばソイツは幸福だ。


「貴方の不幸はフランスに戻れないことです」


「………どうしろと?」


 ピシュグルが問うと彼女は笑う。


わたくしを女王に担ぎ出しなさい。そうして全てを終えた時、貴方は祖国に帰り居場所を得るでしょう」




 炭になった体にヒビが入り表面が崩れ落ち中からピシュグルの顔が現れた。


 死の淵からの生還。それは彼の持つ武器スクラマサクスによって成り立っていた。


 スクラマサクスは4~11世紀頃のゲルマン人がヨーロッパ各地で使用していた武器でその中には多数のルーン文字が刻まれていたり柄に蛇の絵が彫られた物が存在する。


 蛇は脱皮する姿から再生の象徴を持ち刀身には死と再生を意味する〝ユル〟の文字。ソコから復活の魔術の出来上がりと言うわけだ。



 甦ったピシュグルに先ずは〝姫〟からの「おかえりなさいませ」の一言が聞こえると続けて彼女は言った。


「しかし、よくやりますわね。蘇生に関する魔術は絶対ではないのでしょう」


 彼女の言うと通り、絶対に蘇生できるワケではない。でなければ この世に死者など存在し得ない。


「ええ、ですが王党派が勝たない限り私は死んでいるも同然ですから…」


「だからってやります」


「いっそ、死んだ方が神の身許で安らげるかもしれません……」


 〝姫〟は呆れ、そして言った。


「貴方は死に慣れすぎている」


「地獄ならギアナでとうに見ましたからね」


「それで服はどうするつもりかしら?」


 炭が体についていたのでまだ下半身は晒す粗相はしていないが燃え尽きてしまった以上ピシュグルはいま裸であった。


「そうですね……このご老体に斬られた部下の服でもいただきましょうか」



 ナポレオン美術館襲撃の一報が届いた頃。

 サン・ジュリアン・ル・ポーヴル教会での葬儀を中座しドゥノン館長たちは外に出ていた。


五月ホース・ライディング


 エミールは直ぐに時祷書を開き魔術で作り出した馬に跨がる。


「先に行きます館長」


 エミールはそう伝え動くとそれに続いて動く男がいた。

 だが、その男が一歩踏み出すより早く一枚のカードが身動きを封じた。


 タロット番号5番教皇ザ・ハイエロファント

 上下を逆さにした逆位置に束縛の意味を持つカードだ。


 身動きがとれなくなったことで男はバランスを崩し倒れ「なにをするんだ。サミュエル」と三十代半ばの茶髪の男性に言った。


「先程の連絡でお前にだけ伝えられてないことがある」


 これを言ったのはドゥノンだった。


「クラリナ達がふくろう党の連中から聞き出したそうだ。裏切り者の名前をな」


「マジ。それ本当?別のアンドレくんじゃない?同じ名前なだけじゃない。ちゃんと確認した館長?」


 身動きが出来なくなった男。アンドレは冗談めかしたノリでよく喋った。


「報せに来た奴だって怪しいよな。ウソついてるかもしれないし」


「どっちにしろ。大人しくしてろ。冤罪かどうかは後で判る」


 サミュエルが後ろから声を掛けるとアンドレは言った。


「おいマジかよー。初っぱなからコレとか」


 アンドレが騒ぎ散らしため息を吐き言った。


「マジ。早めに起動しておいて良かったわー」


 その一言を耳にすると同時にサミュエルは後方から襲われ地面に倒れ、もう一つの影が素早くアンドレを抱え館長たちから距離を取りアンドレを拘束していた教皇ザ・ハイエロファントのカードを破り捨てた。


 突然のことにその場にいた全員が驚いたが直ぐにアンドレの方に視線を向ける。

 そこに二人の女性が彼の近くに居ることに気づく。


「ありがとう。アラクリタスちゃんヴェロチータスちゃん」


 アンドレは救出してくれた二人の女性に感謝の言葉を送る。


 アラクリタス。ヴェロチータス。

 どちらもラテン語で速さを意味する言葉だ。


 即ち、両方とも人間ではない。魔導芸術から出現した擬人像だ。


「魔導芸術シャー・トリオンファーレ…」


 ジェラールはアンドレの持つ魔導芸術の名を口にした。


「始めて見た」


 ジェラールの近くに居た金髪碧眼の小柄で童顔な彼が言うと次々と女性の擬人像が現れ始めた。


「おいで!!プロヴィデンシアちゃん!モーデラティーオちゃん!オッポロトゥニタスちゃん!フィルミチュードちゃん!アクリモニアちゃん!ヴィリリタスちゃん!オーダシアちゃん!マグナニミタスちゃん!エクスペリエンティアちゃん!ソレーティアちゃん!グラビタスちゃん!ペルセルヴァンティアちゃん!フィデンティアちゃん!セクリタスちゃん!イユスティーティアちゃん!フォルティトゥードちゃん!プルデンティアちゃん!テンペランティアちゃん!ラティオちゃん!」


 新たに一斉に呼び出される19体の擬人像たちに囲まれドゥノン達は教会を背にする形になる。


「何体いるんだ…コレ…」


 童顔の男が言うとドゥノンが答える。


「21体だ」


「それだけの魔導芸術をどうやって持ち歩いて…」


「アンドレの魔導芸術はマクシミリアン1世の凱旋車を参考に作られた一枚の絵だ普段は金属製の筒の中に丸めて閉まってある」


 ドゥノンの言葉に童顔の男は驚き引きつった顔で言った。


「これだけ居て一つだけって……俺のなんか持ち歩きに向かないから今日は美術館に置いてきたっていうのに…」


「俺も持ってきていない。こんなことなら槍くらい持ってくれば良かった」


 ジェラールも同じく持ち歩きに不便であったため美術館に置いてきてしまったことを後悔しながら いま誰が魔導芸術を持っているか聞くとサミュエルが答えた。


「いま魔導芸術を持っているのは館長と私とシルヴェストさんだけです」


「これは足手まといかな……」


 ジェラールはそう悟ると童顔の男と連絡役で来た美術館員と一緒に後ろに下がる。


〈相手は館長と十二上位館員アンシアン二人か…〉


 アンドレは、さて、どうしたものかと考える。


〈凱旋馬車はデカ過ぎてこんな狭いとこじゃ出せないし…先に行ったガキは…まぁいいか、ピシュグルに殺すようなことはするなって言われてるし…〉


 そうして思案し終えるとアンドレは館長たちに提案する。


「ねぇ館長。俺達って戦う理由ってあるかな?」


 ドゥノン達には言っている意味が解らないが彼は話を続けた。


「だって、そうでしょ。ふくろう党の連中が勝っても俺達に困ることなんてないでしょ?むしろ協力すれば金も名誉も貰える」


「特権階級の復活なんて国民が許さないだろ」


 ジェラールが館長たちの後ろで言うとアンドレは答えた。


「いやいや、流石に王族だって今さら民衆の反感を買ってまで絶対君主制に戻す気はないって。考えて見ろよ君主制と民主主義は両立するだろ?イギリスがそうだ。フランスも同じになるだけだって」


「それはフランス的エレガントじゃないな。時代はナポレオンを選んだんだ」


「ああ……アンタはナポレオン支持者ボナパルティストなのね。それじゃ戦うしかないわ。それで残りの方はどうなの?」


 ジェラールの答えにアンドレは呆れ気味に答えると他の意見を求めた。


「話にならないな。まず、お前は勝つことを前提に話している。美術館には十二上位館員アンシアンが六名も居るんだぞ本気で勝てると思っているのか?そもそも、なぜ美術館に攻撃を仕掛けた?それになんの意味がある!?」


 サミュエルは毅然として答えるとサミュエルと同意見だとドゥノンとシルヴェストの50代組が答えた。


「あー、襲撃理由は聞かされてないから俺も解んねぇ、でも協力してくれれば勝ちは より確実にはなるぜ」


「バカが…」


 薄っぺらい考えのアンドレにそう答える。


「で?フェリクス君はどうなの?後、そこのモブ……は非戦闘員だから別にいいや」


 アンドレにフェリクスと呼ばれた童顔の男は雑に扱われた連絡役の男が傷ついていることも気にせず答えた。


「どっちでもいい。だけど法は守るべきだ立憲君主制にしたいなら正当なやり方でするべきだ」


「カルノーかオメーは!いや中立で良いけどさ。それやって追放されたんだぜピシュグルは」


あの悪徳政治家バラスはもう居ない。言えることはそれだけだ」


 そうして答えを聞き終えアンドレは言った。


「あー、結局意見が合わないか。しゃーない」


 争いが避けられないと解るとサミュエルは盾を持つ女帝ザ・エンプレスのカードを出し周囲に被害が出ないように防壁を巡らせシルヴェストは象牙でできた小さなナイフを取り出す。


 それと小さな人形がドゥノンの懐や周囲の草陰、物陰から現れアンドレに不意打ちを仕掛けるがセキュリティーの意味を持つセクリタスの擬人像の手によって容易く砕かれた。


「ウシャブティでしたっけ?すみません貴重な芸術を壊しちゃって」


 アンドレは砕けた古代エジプトの副葬品を踏み潰し言い擬人像に攻撃指示を送り戦いの火蓋が切られた。

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