歳上の幼馴染か…少女になって出直してこい

学校というものはどうしてこれほど面倒なのだろうか。

低レベルな同級生に囲まれ、低レベルな教師の低レベルな授業を無理矢理受けさせられる。

いや、義務教育でもないのだし望んで入学したのだから無理矢理というと語弊があるが、現代日本の『高校に通うのは当たり前だ』といわんばかりの空気からは目に見えない"強制力"を感じずにはいられない。


低レベルなのが嫌ならもっと偏差値の高い学校に通えば良い、などと言われるかもしれないが、僕はそこまで高いレベルの教育を求めてはいない。

そもそも頭さえ良ければ良いのであれば、学校に通う必要などないのだから。


自分でいうのもなんだが僕は優秀だ。

一度見たもの、聞いたことは大抵忘れない。

簡単な事も困難な事も、等しく苦もなくできてしまう僕にとって、環境というものは意味をなさないのだ。


まぁこの高校も世間一般的にはそれなりに高レベルな学校であるのだが、一流校も三流校も等しく低レベルだと断じる僕には窮屈な場所にしか感じられなかった。



本来であれば接したくもない有象無象の他人達。

しかし接しない訳にはいかない。

人は社会的動物であり、僕もまたそんな人だからだ。

人が人として生きる以上、社会性を持たなければならないというのは僕の最も意識するところだ。


つまるところ、"人間関係のバランスをうまく保ちましょう"という事である。

面倒なことこの上ないが、僕はこういう生き方を変えられないし、変えるつもりもない。


だから話したくもないゴミ共と話す。

何が楽しいのか理解できないのに集団に交わる。

だがただ交わるだけでは駄目だ。

それは僕の傲慢さプライドが許さない。


他人と接したくないのに人の上に立ちたいと思う。

いや、ただ他人と対等でいるのが嫌いなのだ。

この矛盾した醜い欲望が、僕という存在なのだろう。

僕は人が嫌いだ。

だが人と接せずにはいられないのだ。


結局、僕が何を言いたいのかというと。




人付き合いって、めんどくさいよね。







「天宮、今日はなんか予定あんのか?これからどっか遊び行かね?」


放課後になった途端に誘ってきやがって。

毎日よく飽きねぇなこいつら。


「ごめん森田、今日は生徒会の手伝いがあるんだ。」


「うわぁまじか……役員でもないのに大変だな。」


「はは、そうでもないさ。僕も好きでやってる事だしね。」


「生徒会長と知り合いなんだよな?」


「うん、幼馴染みたいなものかな。昔はよく一緒に遊んでいたよ。」


あのアバズレめ。

ことあるごとに仕事を手伝わせやがって。

生徒会の仕事なんて外注してんじゃねぇよ、てめぇらの仕事だろうが。


「良いよなぁ…綺麗だよなぁ、卯月先輩。」


うっとりした顔すんな、気持ちわりぃ。


「そうだね。僕もそう思うよ。」


10年前はあんなに可愛かったのになぁ。

何で女の子って大きくなるんだろ。

ずっと小さいままで良いのに。




「失礼します。」


「あら、天宮君。いらっしゃい。」


「こんにちは、早川先輩。」


「優華から聞いてるわ。いつもごめんなさいね。」


謝るくらいなら最初から頼んでくるんじゃねぇよ。

副会長なんだから会長を止めろボケ。


「気にしないで下さい。どうせ他にする事もありませんでしたから。」


本当は昨夜届いた漫画『無垢の楽園』の新刊を読む予定だったんだがな。

愚かなる生徒会め。

この僕の至福の時間を邪魔しおって…


新刊が発売されてもネット注文して届くまで待つしかない僕がどれだけ楽しみにしているのかわかっているのか?

この恨みはいつか晴らす。


「優華ももうすぐ来ると思うわ。座って待っててちょうだい。」


「はい、ありがとうございます。」


言われなくとも座るっつーの。



「やっほー天宮君!」


「お疲れ様」


「今日はよろしくねー」


口々に挨拶してくる生徒会モブ役員共。

こいつらは部外者に頼っているという自覚があるのだろうか。

適当に相手すること10分ほど。

生徒会室の扉が開いた。





「遅くなってごめんなさい!」


やっと来たか。


「お疲れ様、優華。天宮君来てくれてるわよ。」


「あっ、ほんとだ!来てくれたんだねセイ君!」


「こんにちは、卯月先輩。」


何が来てくれたんだね、だ。

今朝わざわざ電話してきやがったのはお前じゃないか。


「むっ…セイ君、相変わらず他人行儀な呼び方だね。」


頬を膨らませるな。

それが許されるのは10歳までだ。


「公私は分けるべきです。」


「良いもん。私はいつも通りにするから。」


さよか。

勝手にしろ。






「それじゃ、今日はこれくらいにしておきましょうか。」


副会長である早川の言葉を聞き、窓に目を向ける。

いつのまにか空は赤く染まっていた。

もう1時間もしない内に暗くなる事だろう。


ちなみに今日は来月行われる文化祭の出店報告書の確認を行った。

何故こんなことに外部の手伝いが必要なのかというと、生徒会役員が二人同時に体調を崩して欠席し、人手不足となっていたらしい。

体調も満足に整えられない役員はクビにするべきだと思う。


「皆お疲れ様!セイ君もありがとね!」


「どういたしまして。」


「ちょっと先生に用があるから、先に帰って良いわよ。戸締りはしておくから。優華、天宮君と一緒に帰るでしょ?」


「うん!」


なに勝手に決めてやがるんだクソビッチ共。


「帰ろ、セイ君!」


「はい。」


断りたくとも断れない。

社会的動物とはかくも悲しきものか。




「ねぇねぇセイ君。」


「なに、ユウちゃん。」


隣を歩く幼馴染に目を向ける。

校外で先輩と呼ぶとひどく不機嫌になり、色々と面倒なのだ。


「文化祭が終わったらさ…生徒会選挙があるじゃん?」


「そうだね。」


受験生なのに秋まで生徒会でいなければいけないなんて大変そうだ。


「やっぱり…会長になる気はないの?」


「ないよ。」


きっぱり断る。

曖昧な態度を取ってこれ以上食い下がられても面倒だ。


「セイ君なら立派な会長になれると思うけどなー。皆も言ってるし。」


「副会長達?」


「うん。あとは私のクラスの人達も言ってるよ。セイ君、顔広いから。」


僕は外面だけは良いからな。


「期待してもらえるのは嬉しいけどね。他にやりたい事が沢山あるから。」


「趣味人だもんねー。」


「好奇心が強くて飽きっぽいだけだよ。」


「何でもできるよね。セイ君って………」


「……どうしたの?」


いかにも何かありそうな態度。

かまってちゃんかよ。



「…セイ君は……私が遠くに行っちゃったら…どう思う……かな。」


「…どういうこと?」


「私、受験生じゃん?それで……海外の大学に通いたいなって…思ってて……」


少なからず驚いた。

優華は頭空っぽで能天気そうに見えるが、学業はかなり優秀だ。

だから関東か関西の有名な大学にでも行くのだろうと思っていた。

それがまさか海外志望だとは。


「そっか……凄いじゃん。流石は生徒会長。」



「セイ君は…良いの?」


神妙な顔で僕を見る優華。

その瞳には不安と期待の色。

しかし…その期待には応えられない。

応えてはいけない。


「ユウちゃんが望んで、学びたい事があるなら行くべきだ。僕がどうこう言う事じゃない。」


だから、そんな目を向けるな。


「それは…そう、だけど。でも……」


「おじさんとおばさんには相談したの?」


「…うん。応援するって、言ってくれた。」


「なら、尚更迷う必要なんてない。ユウちゃんは、行きたい所に行くべきだ。」


優華がショックを受けたように目を見開いた。

大きな瞳がじわりと涙で滲む。

やがて俯き、ポツリと小さく呟いた。




「私が言って欲しかったのは…そんなことじゃない。」




僕はいつだって人が望む言葉を紡ぐ。

それが人間関係のバランスを保つ最良の手段だから。

でも、それは人と繋がる術でありながら、近づき過ぎないようにする術でもある。


優華の望む言葉を紡げば、きっと彼女はそうしてしまう。

そうすれば、たぶんこれから先もこの曖昧で適当な関係が続くのだろう。

しかしそれは彼女の人生を、その未来を狭めて許容できるほど大切なものか。

僕はそうは思えない。


別に優華の為に突き放すわけじゃない。

ただ、僕は責任を負いたくないだけなんだ。



「ユウちゃん…帰ろう。」


だから、彼女の言葉は聞こえなかった振りをする。


「……うん。」


ごしごしと目を擦って頷く優華。

僕はその涙さえも、見えていない振りをした。






「じゃあね、セイ君。」


うっすら赤くなった目元。

下手くそな笑みで手を振る彼女は、いま何を考えているのだろうか。


「うん、またねユウちゃん。」


そして僕もまた、作り物の笑顔を向ける。

優華は僕を見限るだろうか。

僕は別に構わない。


だけど…人生の歯車っていうのは…噛み合わなくて良い時に限って、噛み合うんだ。



「っ!!」


優華の背後に黒い靄のようなものが見えて、らしくもなく声にならない声を上げる。

去りかけていた彼女が僕を見た。


「ど、どうかした?セイ君。」


落ち着け僕。

見慣れたものじゃないか。


「…いや、何でもないよ。じゃあね。」


優華に背を向けて歩き出す。

少し残念そうに俯いた後、彼女も家に向かって歩き出した。


チラリと後ろに目を向け、去っていく優華を見る。

うっすらと纏った黒い靄。

やはり見間違いではない。



「はっ」


僕は自らを嘲笑うように口を開いた。

よりにもよって彼女…よりにもよってこの状況。

最悪の気分だ。


力なく笑い、空を見上げる。




「見つけましたよさくら様……次のターゲットです。」


僕に、何ができるというんだ。

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