第9声 出るか?必殺!那由多の拳!

 光の玉から叫び声が響く。


「うおおおおおお!!!なぜだ!完璧に準備したはずだ。体を手に入れ、愛を一身に浴び!満たされるはずだったのにいい!!」


 イエステールたちは、光に向かいこうべを垂れた。


「まだだ!!」


 光の玉から光線の束が放たれ、イエステールたちを包む。


 イエステールたちを見ていたアトラディが、龍馬たちの方を向き 促す。


 「龍馬!飛んで逃げるよッ!?」


 龍馬は彩子と赤ちゃんを抱え、アトラディとフィンディの方にすでに走り出していた。


 今度は、アトラディが落ち着き フィンディの方が慌てていた。


 「ヤバイよ!神が!ひとつが!この世界に現れようとしてる!」



 3人は赤ちゃんを連れて、その場から逃げ始めた。


 その場には、残ったイエステールたち3人の奇声と歓喜の叫びがこだまする。


 「あああぁあ!至福!しふきゅぅう!やっとひとつ様の元に戻れる!至福ぅゅぅぅぎゅッ!!」


 イエステールたち3人は、完全に光に包まれ…そして…3人の声が消えた…



 光が終息していく……




 龍馬は、彩子に簡潔に話した。


『彩子好きだ。お前ら二人を愛している。だから、アトラとフィンだ。信用してくれ…』

『フィン!アトラ!彩子たちを頼む!』


「分かんない…分かんないよぉ!」


 彩子は、子供のように首を横に振っていたが、龍馬は彩子を見ながら少し困ったような笑ったような顔をした後、フィンディとアトラディを見た。

 アトラディとフィンディが龍馬と目を合わせた、頷き、返事をする。


 「分かった…気をつけて…」

 「合点承知の透け透けパンツ!」


 アトラディは、彩子に学ランの上からローブをかけて抱えた。フィンディは、彩子から赤ちゃんを預かり、安心させようとあやす。


 「いないいない、ぶぁあ!」


 彩子は赤ちゃんをフィンディに預ける際に誰も聞こえないほどの小さな声を上げたが、その時少しだけ見えた 龍馬の横顔が 少しだけ雲ったように見えた。


 アトラディとフィンディは、二人を抱えて空へ飛び立った。


 彩子は、その場に残った龍馬に 感情のままに叫んだ。


 「ヨウ!りょうまああああ!大好きいい!」

  

 絶対絶命のこの時、初めて彩子は本当の気持ちを龍馬に表現できた…誰にも邪魔されることなく…だが、二人の距離は遠退とおのいていく…





 龍馬は、四人を背中で見送った。


 「ありがとう…彩子…これで、無限に力が湧いてくるよ…」


 光が完全に終息して神(ひとつ)が現れた。人の形をしているが、男か女か分からない…が、超然的な美しさがある。しかし、全くもっこりしない。


「土人がぁ!手を引けぇ!」


「俺は横島龍馬だ!お前がこの世界の神か?お前は誰だ?」


 顔は全く動かず、感情が全く現れない。しかし、声だけは心に響いてくる。これは、この世界に来たときに聞かされた声の感覚と同じだった。

 龍馬は、会話をしながら考え、この神を倒すことに決めた。


 「私は、わたし?私が…私で…」


 「神が全知全能なら、ひとつだけで完全なら!お前を肯定してくれるやつなど必要ないはずだ!彩子から手を引くのはお前の方だ!ひとつ!」


 ひとつは、名前について疑問符をつけたが、そのまま返事をしてきた。


 「私は、ひとつだったか?…許せん!私は!私で!私の!全てが!ひとつなのだ!何度繰り返したと思っているんだ!」


 ひとつの顔に感情が、怒りが露わになり始める。そして、超然とした輝きが薄まっていく。


 「私が!お前の責任で!私を!ここに存在させてしまったのだ!私は!お前がにくくてにくくてにくくて…お前の全てが許せん!お前を恐怖の中で!絶望の中で!お前の大事なもの必要なもの全てを奪ってやる!…まずは、視覚だ」


 バギッ!


 龍馬から視界が消えた。


 「神が人を憎むとはな!おまえは、私!私と言い過ぎだぞ!神なら!全知全能なら!世界の全てなら!一人称なんか使う必要ねぇだろ!人間くせえ!」


 龍馬は不思議な感覚を感じていた。煽れば煽るほど、ひとつに何かが集まるのがわかる。


 「私は、私で、私を肯定こうていする。お前から全てを奪うんだぞ!怯えて膝を抱えて震えろ!土人どじんが!…次は聴覚だ」


 バギッ!!


 龍馬から周りの音が消えた。ひとつの声だけ聞こえる。


 龍馬の意識が冴え、逆に集中できた。


 「私で、私を、私が、あれを一番愛しているんだ!私だけが!あれともう一度ひとつになり、愛を共受すべきなんだ!満たされるべきなんだ!!」


 龍馬は、ひとつを鼻で笑って答えた。


 「ひとつ!お前は完全に間違っている。どうせ、昔の女が彩子に似てたんだろ?面影があったんだろ?代替え品を選んでも虚しくなるだけだぞ!おまえは、誰も愛せないし、愛されない…何も知らない詐欺師が!」

 

 ひとつは、更に感情的になり、肉体から放たれていた光がさらに集約し、弱まる。


 「私へ私を私に対して…私が知らないことなどない!ずっと見守っていたんだ!この世界で満たされるように準備したんだ!あれをあれはあれで…あれ?」


 龍馬は、更にひとつを煽り、ひとつをひとつの体に集約させる。


 「ははは!やっぱりな、ひとつ!お前は彩子についてなにも知らない。お前が知ってるやつは彩子じゃないッ!」


 バギッ!!!!!


 龍馬は、崩れ落ちた。龍馬の身体中の感覚が消えた。


 「どうした!横島龍馬ぁ!もうお前は、何も感じず!何も表せず!私の声が無くなれば何もなく、無になるのだ!」


 「……」


 ガシッ

 ひとつは、床に転がった龍馬の体を踏みつけ叫んだ。


 「横島龍馬ぁ!憎い!この転がる体すら憎い!私の計画!準備!全てを無駄にしやがってぇ!遠くに、この世ではない遠く、億?いや、兆?いや、さらに彼方に消し飛ばしてやる!」


 龍馬の体が消えた。


 ひとつの体から光は、もう発せられてない。


 「もう、一回やるかぁ…いや…あれは彩子と言うんだったなぁ。彩子の子供には、なり損ねたが……」


 ひとつの体が波打ち、歪んだ…




 アトラディとフィンディは、家に戻っていた。アトラディは、眉間にシワを寄せていた。


 「神と戦えるのは、神の体をもつ私たちだけだ」


 彩子が小さい声で赤ちゃんをあやしている。


 フィンディは、彩子を椅子に座らせ、台所に移動した。

 「でも、3人も吸収しちゃったよ?」


 アトラディは、焦っていた。


 「だから準備してきただろ?」


 「そうだな…」


 ……


「「何でいるの?!」」

 アトラディフィンディは、同時に叫んだ。


 ラインハルトは、窓辺にもたれ掛かり話を続けた。


 「神があんなに邪悪な神素を放つ訳がない。あれは、私が元に戻そう」


 「いや、そう言うことじゃなくて」

 「まあ、まあ」


 彩子は、赤ちゃんを抱きながら小さく手を上げた。

 「あの~」


 ラインハルトの話は続く。

 「私に全てを任せなさい!」


 彩子は、強めに声を出した。


 「あの!説明してください!」


 ラインハルトは、また話を始めようとした。


 バコッ!


 ラインハルトの頭部から鈍い音が響く。


 アトラディは、彩子の対面に座った。


 「ご、ごめんなさいね。」


 「は、はい。こちらこそ…説明してくれませんか?私は常盤彩子ときわあやこといいます」


 四人は軽く挨拶をして、アトラディが龍馬との出会いから彩子が身籠り、子供を生むことになった経緯について、なぜ彩子と龍馬の二人の子供と言い切れるのかについて説明した。


 フィンディは、赤ちゃん用のミルクを手際よく用意して彩子にミルクの飲ませ方を教えていた。


 「…つまり、龍馬の左手と彩子さんの体の一部を媒介にこの子が生まれた。だから、この世界では二人の子供と定義付けられるのよ。」


 ラインハルトは、窓の外を眺めながら言った。


 「ほう…そんなことが可能なのか…」


 フィンディと彩子はもう仲良くなっていた。


「フィンちゃんありがと」

「アヤちゃん、ちゃんと頭を支えてあげて…」

「うん」


 イチャイチャきゃっきゃ…


 「…ック!!」


ぷるぷる…アトラディの肩が震えている。


 「フィン!ずるいよ~!私もミルクあげたい~」


 ラインハルトは取り残され、そのまま窓から外を眺めていた。


 「ふッ龍馬が帰ってきたぞ。」


 彩子は立ち上がり子供を抱えたまま走り出した。


 「龍馬!!」


 「彩子さん!走ったら危ないよ!一緒に行きましょう」


 アトラディが注意する。


 「はい…」


 5人で外に出た。

 そこには、服も体もきれいに整った龍馬がいた。


 「あやこ…」


 彩子は、赤ちゃんを隠すように後ずさる。

 「だれ?」


 3人は、龍馬と彩子を交互に見た。


 「???!」

 ラインハルトが先に口を開く。

 「龍馬だろ?」


 「違う…龍馬じゃない…」


 龍馬が近づいてくる。


 「自分が信じた…自分を信じる!フィン!子供を預かって!逃げるよ!」


 フィンディは、彩子から子供を預かり、アトラディは、彩子を抱えて飛び出した。


 「ここで会ったが3回目!いくぞ!龍馬!」


 バギッ!ガガがが!

 ラインハルトと龍馬が殴り合う。


 「どけ!」


 「お前は龍馬ではないな!」


 「欠片よ。私は龍馬になったひとつだ!お前らを生んだ神だぞ!どけろ!」


 「なッ!ひとつ様?!」


 ラインハルトは、ひとつから離れた。


 「おまえは、龍馬を倒せなかった。死ね。」

 「わかりました…しかし!ひとつだけ教えてください」


 「ふッ…なんだ?私の欠片かけらで作った人形の最後の言葉だ…聞いてやろう。」

 「ひとつ様は、いつから自分を定義付けてしまったのですか?」


 「どういうことだ?」


 ラインハルトが、聞きたい質問をし、結果として時間を稼ぐ。


 「私が知るひとつ様は、完全で至高で全てを包みこんでしまう圧倒的な神秘感がありました。しかし、今のあなたは、あの龍馬よりも小さく、矮小なことにこだわっているように感じます」


 パンッ!


 ひとつは、彩子の姿になりビンタをして、龍馬の姿に戻った。


 「ひとつ様は、全知全能で、世界の全てと同等で、全が一でありひとつ様が全であるはずです。龍馬が言う彼女にこだわり、こだわりがあるのにも関わらす私などの生死など気にしている。こんなことは、私が信じる正義に反します」


 ラインハルトは、腰の剣を抜き放った。


 ひとつは、呟く。


 「死ね…」


 ラインハルトは、光に包まれながら、最後に思った…

 (私は私が信じる正義に恂じれたのか…)



 「フィン!あなたは邪神国に行きなさい!」

 フィンは、頷いた。


 彩子は、アトラディに抱えられた状態である。

 「子供は?龍馬は?」


 アトラディがなだめる。


 「落ち着いて…」


 彩子は取り乱していた。たった一人で連れてこられた別世界、気を張り詰め続ける日々、出産、いつの間にかできた自分と龍馬の子供、龍馬じゃない龍馬、生死不明の本物の龍馬…もう、彼女の精神は限界だった。


 「龍馬への気持ちに気づけたのに!龍馬にやっと気持ちを伝えられたのに!離して!子供を返して!龍馬に会わせて!」


バタバタ!


 彩子はアトラディの細い腕の中で暴れようとした。しかし、子供を生んだ疲労からか彩子はすぐに疲れ、気を失った。

 その瞬間、彩子の肉体がアトラディの腕の中から忽然と消えた。





 彩子は真っ白の部屋の中で目を覚ました。


 そばには、龍馬のような何かが裸でいる。


 その他には、柔らかい地面と暖かい布が敷いてあるだけ…アトラディにかけてもらった大きめのローブはない。


 龍馬の様な何かが叫ぶ。


 「私を愛せ!」


 「無理です!」


 彩子は、すぐに否定した。


 龍馬のような何かは、少しだけ寂しそうな顔をした後、ゆっくりと彩子に近づいてくる。


 「今回もか、残念だ…」


 龍馬のような何かは、小さく呟き、彩子の首にそっと両手を添えた。


 彩子は目をつむり、抵抗しなかった。その代わりに彩子の目からは涙が溢れた。


 「龍馬、ごめんね…」


 そう彩子が呟いたことを確認したかのように、龍馬のような何かは、彩子の首をゆっくりと締め上げた。


 彩子の涙が頬を伝い、地面に落ちる…


 ポチャン…


 ごぎッ!「がッ!」


 彩子の首が締め上げられる直前!彩子の首から圧迫感が消えた。それと同時に、龍馬の様な何かの足が急に曲がり、龍馬のような ものの声が響いた。


 彩子は、ゆっくりと目を開けた。


 そこには、正真正銘!本物の龍馬がいた。


 「りょーまぁ…私、わたし…」


 「彩子…大丈夫…」


 龍馬のような何かは、白い人形となり、龍馬に飛びかかった。


 「おまえは!横島龍馬ぁッ!」

 

 バゴッ!


 龍馬の右フックで白い人形は弾き飛ばされた。

 彩子は龍馬に抱き上げられた。


 「彩子…大丈夫…もう大丈夫」


 「龍馬ぁ!」


 「大丈夫だから…」


 「龍馬?」


 「大丈夫…」


 「りょッ…」

 こちらを見ていると思った龍馬の目は瞳孔が開ききっている。支えてくれる腕はずっと震えている。耳と口、鼻からは血が出ていた。


 白い人形は、叫んだ。


 「私はひとつ!そう!私が私で私を!」


 龍馬は、彩子をゆっくり立たせ、ひとつの方を向いた。


 「感覚の全てを奪い!魂を体から切り離し!別世界に体だけを送ったぁ!なぜだ!私の声だけは聞こえるはずだ!答えろ!なぜお前は私の前にいるんだ!」

 

 龍馬がゆっくりと歩き、ひとつに近づく。


 「自分が信じた…自分を信じただけだ」


 「わからん!私は何億!何兆と繰り返したんだ!刹那の時間しか生きていないお前が!桁違いに努力し繰り返し励んだ!私を私の私だけのこの夢をこの望みをこの願いを邪魔することなど許せるわけがない!」


 龍馬は、まだ立ち上がれないひとつの前で歩みを止めた。


 「ひとつ…お前…過去がどうだったとか、これだけやったんだから…とか、昔の辛い時期と比べれば…とか、そんなこと考えても…今は今しかないんだぞ…」


 ひとつが折れた足を直し立ち上がる。


 「たかだか15年しか生きていない屑が説教か?この神がこの世の心理を教えてやろう。夢、望みと言うものはな…頑張り続けられれば!いずれ絶対に叶うものなんだよ!可能性が少しでもあれば全てが時間が解決する!無限の存在の私が至福を望めばそれすなわち、いずれ必ず叶うと言うことなのだ!」


 龍馬は、ふらつきながら答える。


 「…その通りだろうな…今を生きてるやつなら…な…しかし、お前は過去に生きている。過去は反省するもので、後悔するためのものじゃあない!神もその程度か…なら、次は僕が、文字通り本当の桁違いの努力というもの教えてやろう!」


 ギュッ!!!


 龍馬は、拳を握りしめ…構えた。


 「これが!目的意識が明確な僕と!いや、俺と!曖昧なお前との差だ!俺の拳は、那由多の拳!万とか億とか兆とかじゃねえ!那由多の可能性の結晶!一生掛けてやっとたどり着くかつかないかの究極の拳!喰らえ!俺の彩子への愛の集大成!次元をも越える!これが俺の拳だぁあああ!!!」


 <超新宇宙開闢大爆発(オーバービッグバン)!>



 全ては光に包まれた……


 ひとつは、考えた…過去のことを……


 ※※※※次回予告※※※※

 もう、何も言うまい…

 神とは…思考とは…愛とは…考えても分からない、答えを求めて…

 次回第10声完結「君の声が聞きたい!」

 君の…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る