第41話 羊飼い

 ヒロは街を少し離れて一面綺麗な草の生えた草原にたどり着く。彼女はその雑草の上に大の字に寝転ぶ。日差しと風が気持ちよくてそのまま眠ってしまう。やはり、疲れがたまっているようであった。


「う、ううん」なにかがヒロの頬を舐める。その刺激で彼女は目を覚ます。ゆっくりと瞳を開けるとそこには小さな子羊がいた。


メー!可愛い声でそれは鳴きながらヒロにじゃれついてくる。


「おっ、おい!くすぐったい」ヒロはくすぐったくて微笑んでしまう。


「すいませーん!」遠くから少年の声が聞こえる。どうやらこの子羊の飼い主のようである。


「目を離した隙に、本当にすいません」少年は申し訳なさそうに頭を下げた。


「いいえ、大丈夫です。可愛いらしい子羊ですね」相変わらず子羊はヒロと遊びたいようである。

 少年は突然目の前に現れた美しい少女に目が釘付けになっている。


「放牧ですか?」沈黙を破ったのはヒロであった。


「あ、あ、そうです!たまに散歩をさせてやらないとストレスが溜まるんで……、あっちに一杯いますよ。良かったら……見ますか……」少年は遠慮勝ちにさそう、あまり女性慣れはしていないようであった。ましてや、同じ年頃の女の子と話しをした事など皆無である様子であった。


「ええ、それじゃあ、お言葉に甘えて」ヒロは立ち上がると笑顔を見せる。立ち上がったヒロの姿に少年は改めて魅とれているようであった。「あ、あの、どうかしましたか?」ヒロは少年がなぜか固まっているので不審に思った。


「あ、あ、すいません!こ、こっちです!」少年は顔を真っ赤にして先導していく。


「うわー、本当だ!いっぱい羊が居るのですね!」ヒロは初めて見る羊たちの放牧の様子に胸を踊らせる。


「これでも半分位なんですよ、一気に連れてくるとさすがに収拾がつかなくって、あの犬が羊が脱走しないように見張っているんです。ピーター!」少年が名を呼ぶと犬がまっすぐ走ってくる。


「へぇ、お利口さんなんですね」ヒロはピーターの前にしゃがんだ。ピーターはヒロに好意をもったようで尻尾を振りながらヒロに軽く飛びつくような格好になった。


「きゃ!」ヒロは女の子のような悲鳴をあげて草の上に尻餅をついた。その時、彼女の太股が露出され、それを見た少年は顔を真っ赤にして目を反らした。「もう、いけない子ね!」ヒロは笑いながらピーターの頭を撫でた。


 グー


 突然、ヒロのお腹が鳴った。そういえば朝から何も食べていなかった事を思い出した。おなかの音を聞かれてしまい恥ずかしくて少し頬を赤く染める。


「もし、良ければ一緒にお昼でもいかがですか、今日はちょっと多目に持ってきたんで……」少年が意を決したかのようにヒロの事を誘ってくる。


「えっ、いいんですか……、それじゃあ……少しだけお言葉に甘えて」ヒロは微笑んで少年の申し出を快諾した。


 大きな木の下の木陰に、椅子のように切り株が配置されている。どうやらここが彼の休憩場所のようであった。彼の名前はダフニス、自分の事はダフと呼んでくれと言った。


「お、いや、私の名前は……、ヒロミ、ヒロって呼んでね」ヒロは咄嗟に嘘をついた。呼び方は同じなので罪悪感はない。


「ヒロさん……ですか?今、街で有名な騎士様と同じ名前なんですね」少年は持参してきたサンドイッチをヒロに手渡した。


「えっ?騎士……様ですか」本来、アサシンであるヒロの事が間違って伝わっているらしい。


「ええ、オリオン王子が従えている騎士様で凄い強いそうです。三人の綺麗な使い魔と、ヒステリックな女の助手を連れていると聞きました」たぶん、そのヒステリックな助手とはカルディアの事だなと苦笑いした。


「へえ、そうなんだ。あっ、このサンドイッチ美味しい!」こういう場所で食べるサンドイッチは格別であった。


「そうですか!良かった」ダフも嬉しそうにサンドイッチを頬張る。

 しばらくの歓談が続いた。彼はこんなに長い時間女の子と話した事がなかった。しかし、彼の中での時間の感覚はかなり短いものであった。夕刻に近づき少し日が陰り出してくる。


「そろそろ帰らないといけない。遅くなると獣が現れて羊を襲うので……」ダフは名残惜しそうに言う。


「そう、今日は色々な話が出来て本当に楽しかったわ」ヒロは満面の笑みで感想を述べた。


「ヒロ……、また会えるかな……」少し淋しそうにダフは聞く。


「そうね、またいつか……」そう言いながらヒロは手を振りながら牧場を後にする。


「きっとだよ!……ヒロ!」ダフは、名残惜しそうに呟くと大きく手を振った。

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