第16話 共 闘

 数日後の朝、オリオンはブランドーの街を旅立つ事になった。次の街はバーブンというらしい。馬に乗りのんびり歩いて丸一日ほどかかるそうである。その情報を予め掴んでいたヒロ達も旅立つ準備を進めていた。


「ねえ、ヒロ……、気持ちは変わらないの……」カルディアは自分の為にヒロがやろうとしている事に申し訳ない気持ちで一杯になった。


「仕方ない……、それしかお前を助ける方法はないんだ……」ヒロは一瞬手を止めたが再び準備を始めた。


「ヒロ様!そろそろオリオン様が出発されるようですちゃ!!」アウラが窓からオリオンの様子を確認していた。


「よし!行くぞ!」ヒロは皆に指示すると荷物を肩に背負った。



 街を出て白馬に乗りヒロ達の先を移動するオリオンの後を早足で追いかけていく。

 アウラ達は仔犬の姿で草むらの中を走る。出来るだけ目立たないようにという苦肉の策であった。二時間ほど移動した頃だろうか、オリオンの馬が歩く足を止める。辺りに人影も見えなくなった。ヒロは背中に背負う刀に手を掛けながらオリオンの近くへ足音と気配を消して近づいていく。


「やはり、君達は……」突然、そう呟くとオリオンは白馬の上から舞い降りた。

 その行動にヒロは少し後退りする。


「やはり、気づいておられたのですね」ヒロは刀を抜き目の前に構える。


「出会った時から解っていたよ。でも君達とは友達になれると思ったのだが、残念だよ。本当に……」オリオンも腰の鞘に収めていた刀を抜いた。その隙の無い構えにヒロは驚愕する。ヒロの隣ではカルディアも同様に戦闘体制に移行していた。


「驚いたね!さすがにアサシンと言うだけあって、その歳でその力量。恐れいる」オリオンには相手の構えを見てある程度の力量を測る事が出来るようでだった。


 視界の良い場所では分が悪いと思ったのかオリオンの草むらの中に飛び込んだ。それに合わせるかのようにヒロとカルディアも彼を追いかける。シーンと静まり返った草むらの中ではオリオンの白い服は判別が難しい。ヒロは目を閉じて気配を読んだ。そして、振り返りながらおもむろに刀を振り下ろす。


 カキーン!


 金属のぶつかる音。ヒロの刀の先にはオリオンがいた。彼はヒロの刃を見事に受け止めていた。


「流石ですね!」ヒロは後ろに飛んで距離を取った。


「いやいや、ヒロ君こそ!やはり、ただ者では無いな!」なぜかオリオンは嬉しそうな声をあげた。


「えーい!」後ろからカルディアが飛びかかった。オリオンは転がりながらその刃をかわした。再び道に出ると膝を地に突いたまま真っ直ぐに剣を構える。


「うーん、いいコンビネーションだ!」ヒロ達も同じように道に飛び出して、剣をオリオンに向ける。まるで打ち合わせでもしていたような動きであった。

 一息つかせず、カルディアは前に回転しながらオリオンの下半身を、ヒロは上半身を狙う。オリオンはカルディアの攻撃を刃で反らしてから、後方に移動してヒロの攻撃を鼻先でかわした。ヒロは地に突いた足を中心に回り後ろ回し蹴り。

 オリオンはギリギリの間合いでしゃがみそれを避けた。今度はオリオンの刃がヒロの軸足を狙う。しかし、ヒロは飛び上がってそれを避けた。そのまましゃがみ込むとオリオンの脇腹辺りに掌を当てた。


「しまった!」オリオンが不意を喰らったような顔をした。しかし、何も起きないまま二人は距離を開けた。


「今、どうして術式を使わなかったんだ。俺を確実に仕留められたと思うぞ!」興奮しているのかオリオンの口調が少し変わる。


「残念でした!!俺は術式が使えないんですよ!」ヒロは嬉しそうに返答をした。正直、こんなに剣術を交わして楽しいと思うことは初めてであった。

 オリオンの剣術は邪心の無い美しい技であった。彼の高貴さがそのまま剣技に反映されているようで、ヒロはその技に魅了されていた。


「そうか!俺は命拾いしたんだな!!」対するオリオンも戦いを楽しんでいるように見えた。その口調はいつもより少し荒くなっているように感じた。


「やー!」「たー!」二人の剣技が交差する。


 その二人の様子を見て、カルディアは間に入る事が出来なくなっていた。


「あっ!!」アウラ達が上を見上げて驚きの声をあげた。大きな大蛇がヒロとオリオンを飲み込もうとしている。


「ルイ!!」カルディアがその名を呼ぶと白銀の狼が大蛇の体に噛みついた。


「おのれ!!カルディア!!この裏切り者が!」アルゴスが姿を表す。カルディアは、アルゴスに剣を向ける。アルゴスがカルディアに斬りかかるが彼女はそれをうまくかわす。


「あなたの剣技では私には勝てないわよ。私が今まで負けたのはヒロだけなんだから!」実はカルディアはアサシンの里で剣精と言われるほどの剣の達人であった。彼女は里での剣技比べで負けた事が無かったのだ。ただ、ヒロには五回に一度負ける事があり、ヒロ以外では彼女の相手は全く務まらなかったのであった。


実はヒロの剣技も自分で思うほど、決してレベルの低い物ではなかった。


「剣精、カルディアか。しかし、所詮は実戦知らずだな」アルゴスはいきなり口から何かを吹き出した。カルディアはそれを刀で阻もうとしたが容赦なく彼女の目に飛び込んだ。


「あああ!!」カルディアの視界が完全に見えなくなった。


「カルディア!!」異常に気づいたヒロが、オリオンとの戦いをやめて飛び出して来た。アルゴスの刃がカルディアを襲う。


「ギャー!!」カルディアの右腕が刀と一緒に切り落とされた。その瞬間、彼女の体をヒロが受け止めた。


「カ、カルディア!!カルディア!!!貴様!!!!」ヒロの体が怒りで震える。「アウラ!カカ!イオ!カルディアを頼む!!」ヒロはアウラ達に彼女の体を引き継ぐと、アルゴス向かって飛び込んでいった。


「イオ!!」アウラがイオの名前を呼ぶ。


「解ってるダニ!!」イオが珍しく真面目な顔で答えたかと思うと人の姿に変わり、体を青く輝かせた。


「これをカルディアさんに!」オリオンアウラ達に声を掛けると、懐から袋に入った薬を渡した。それは鎮痛剤のようなもののようであった。アウラは地に落ちていたカルディアの腕を拾い上げると、元あった部分に重ねた。イオの体が輝きをどんどんと増していく。どうやら彼女には治癒する力があるようである。カルディアの顔から少しずつ苦痛が消えていっているようであった。アウラはカルディアとイオを守るかのように念を込めて黄色い障壁を作った。


「半端者のお前が、このアルゴス様に敵うわけないであろう。使い魔もいない癖に!」


 ガルルルル!!


 ヒロに助太刀するかのように白銀の狼ルイが唸りつづける。その背中に仔犬の姿をしたカカが乗っていた。


「カカ!!危ないから……」ヒロが言おうとした時、カカの体から激しい炎が吹き出してルイの体と一体になった。それはまるで犬神けんしんと呼ぶに相応しい姿であった。

 犬神はアルゴスに突進していく。


「くっ!!カドモス!!!」アルゴスがそう叫ぶと大蛇が犬神に食らいついた。犬神の体から更に炎が吹き出した。


「フマ!!」オリオンが叫ぶと大空から大きな火の鳥が現れ、犬神と共に大蛇に襲いかかる。どうやら、その鳥はオリオンの使い魔のようであった。明らかに大蛇は劣勢となった。


「アルゴス!貴様は俺が倒す!!」ヒロがそう叫ぶと髪の色が変化し始めた。「うおー!」ヒロの髪が黒髪から金色に変わる。そして、手にしている刃も金色に変わった。


「まさか、あれは……、オリハルコンか!?」オリオンが感嘆の声をあげた。


「うりゃー!!」ヒロはアルゴスの頭上めがけて金色の剣を振り落とした。


「こんな、紛い物!!」タイミング良く、アルゴスはヒロの剣を受け止めた……、筈であったが彼は剣と一緒に真っ二つに切り裂かれた。そのまま、二つの肉片となりアルゴスは絶命した。

 時を同じくしてアルゴスの使い魔、大蛇のカドモスは、火の鳥フマと犬神となったルイとカカによって灰と化した。


「カルディア!カルディア!!」ヒロは必死の形相で彼女の側へ走っていった。


 カルディアの切り落とされた筈の腕が元に戻っていた。その横で力尽きたようにイオが倒れている。仔犬の姿のままのアウラとカカが悲しそうにイオの体を舐めている。


「まさか、イオが……、イオが……」ヒロは地面に両膝をついてイオの体を抱いた。


「イオには、治癒能力があるのだっちゃ。でも、自分の力以上の能力を使ったちゃ……」ヒロの両目から涙が滝のようにこぼれ落ちる。


「もう、カルディア様は大丈夫だっちゃ。オリオン様の痛み止めも効いたようだっちゃ」アウラはカルディアが無事である事を告げた。彼女は気を失ったままであった。


「ありがとう……、でもイオが!イオが死んでしまったら……」ヒロはイオの亡骸を抱きしめた。


「うーん、は、は、は……」イオの唇が微かに動いた。その小さな声にヒロは驚く。「腹が減ったダニ……」そう言うと彼女はヒロの腕の中で再び眠りについた。

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