6.17
一〇分間、ジルたちは微動だにせず警戒をし続けた。
張りつめた空気。
耳に痛いほどの静寂。
いつ襲われるか分からない恐怖。
それらに耐えかねたのだろう。ニーナが怯えた様子で口を開く。
「諦めたの……かな……。もう大丈夫……かな……」
「……ナイナ。マダ奴ノ、血ノ匂イガ、微カニスル。気配モ、感ジル。タダ襲ッテクル感ジハ、シナイ。……今ハ」
トンテの言葉に、ロベルトは頷いた。
「あの猿の怒りは異常だった。このブラッドヴァインから脱出しない限り、僕たちを諦めるとは思えない。ただ自分が圧倒的に不利になる裂け目の中では戦いたくないから、待つことにしたんだろう。僕たちが登ってくるのを、隙が生まれるのを、弱るのを……」
全員が、自分たちを虎視眈々と狙っているであろう巨猿が見えないかと、裂け目の上を注視する。直接対峙している時よりも、やはりいつ襲われるか分からない状況の方が精神的に辛い。
しかしだからといって、いつまでもこの場で警戒を続けるわけにはいかない。水も食糧も今日でなくなる。巨猿に殺されるのも、餓死するのも、結局は同じ死だ。目先の危険だけに囚われていては、何も解決しないどころか自分たちの首を絞めることになる。
ジルはそう判断し、構えを解くと全員に向かって言った。
「みんな、警戒度を少し下げよう。トンテとロベルトの言う通り、俺も奴がすぐに襲ってくることはないと思う。決定的な隙さえ与えなければ安全なはずだ。とりあえず状況確認と、今後の方針を考えよう」
誰かがそう言うのを待っていた、とばかりに皆が少しだけ肩の力を抜く。
引き続きセリカ、トンテ、ニーナには警戒を続けてもらい、残りの三人で地図を見ながら手短に話し合った。
現在地はブラッドヴァインの東側へ三キロ入ったところだと思われる。巨猿に狙われている以上、裂け目から出るのは困難だ。仮に出られたとしても、また追い詰められ裂け目に舞い戻る羽目になる可能性が高い。
であればと、裂け目の中を進み、そのままブラッドヴァインを脱出できないかという案が出た。
裂け目は南西から北東へと伸びている。南西へは十数メートルほど先で行き止まりになっているが、北東へは目視できないほどどこまでも続いている。現在地の予想が正しければ、北東に二〇キロ進むことができれば荒野地帯に出られる計算だ。
その間常にブラッドヴァインの東側を進むことにはなるが、裂け目はほぼ一直線なため迷うことはなく、比較的ツルの密度が低いため、進路を遮られる心配もない。そして何より、巨猿が追いかけてくれるのであれば、他の昏獣は逃げ出すはず。
つまり、巨猿がいる限りは安全に移動ができる。
「皮肉だな。奴のせいでこうなったのに、奴のお陰で安全が保たれるってのは。まぁ途中で裂け目が途切れたら、やっぱりただの害獣になるけど」
ジルの吐き捨てるように言った言葉に、ロベルトは苦笑しながら頷いた。
「そうだね。裂け目が途切れたら、ブラッドヴァインよりこの裂け目から脱出する方が困難かもしれない。モグラ叩きの要領で、頭を出したらすぐに潰されてしまう。その時はあいつが夜目が利かないことを願って、夜闇に紛れてひっそりと這い出るしかない」
「……なら、今日中にできるだけ、進んでしまいたいところだな。裂け目が途切れるなら、日が暮れる前にそこまで到着して、今夜中に抜け出したい」
ニックの言葉に、ジルとロベルトは頷く。
現在の時刻は午後の二時。あと五時間もしない内に辺りは暗闇に包まれる。もしこの裂け目がどこかで途切れている場合、あと五時間でその行き止まりに辿り着かなければ、裂け目の脱出はまた翌日の夜にまでお預けだ。
水と食料が乏しい今の状況で一日のロスは痛過ぎる。
ニックの言う通り、今日中に進めるだけ進んでしまいたい。
これで方針はまとまった。あとはひたすら、歩くだけ。
ジルたちは巨猿の警戒を行いながら慎重に、だができるだけ早く前へ進むもうと、強い歩調で歩き始めた。
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