第9話 運命の分岐点

 木本プリバドの自衛能力を知り今後の立回りについて再考した僕は、ラフィちゃんとの再会は迎えに行く時まで我慢して、アスピスに居るセフィリカさんへの追及を優先する事にした。


 とは言っても、間違い無く事の真相を見抜いているツリピフェラちゃんを連れている今の僕は、アスピスの知識次第では警戒される可能性が高い。


 そこでだよ。 僕はシェリナさんに連絡を取って、セイレーン側にセフィリカさんを招いての祝勝会を提案してみた。

 セイレーンは相対的に戦闘が苦手な代わりに和睦主体での立回りが上手な種族だし、シェリナさんは僕の恋人だから当日に僕等が合流しても違和感は無い。



ツリピフェラ「聡お兄さんは、やっぱり聡明なのね」


聡「御蔭様でね。 皆が武力に長けるなら、僕は知略を活かした方が良いし」


マリアンナ「聡様の場合は、知略と言うより友愛ですよね♪」


聡「シェリナさんとは、昔から縁が有るからね。

 それにしても、急な申し出に対して随分と手筈が早いみたいだけれど、戦勝3日目という事で初めから準備をしていたのかな?」


ツリピフェラ「それも有ると思うの。

 ツリ達にも1000年以上前に戦勝した事は有るみたいだけれど、その時の木本は誰も喜んではいなかったと聞いているの」


マリアンナ「火種を作ったのが私達とプレシアだけに、この話での右側には頭が上がりません」


 つまり、その二カ国で起こった闘争を機に東洋怪異が下側を中心に進軍を始めて、左側にまで戦火が及ぶ前に木本が止めたという事かな?

 当時にアスピスが居たかは分からないけれど、それならサニアちゃんが木本の強さに関して全く話さなかった事にも頷ける。



聡「……言わば、調停者・木本プリバドだったんだね。

 僕等の世界のゲームとかでは、先に誕生した種族は強いと相場が決まっているんだけれど、プリバドの起原っていつ頃なの?」


ツリピフェラ「364日が吉日26回分だから、27憶吉日位前は……1億年ともう少し前なの」


聡「聖剣かと思ったら、ロボットの方でしたか」


 その辺りって、僕等の世界だと多分中生代の後期だけれど、ツリピフェラってその時期なんだ。

 でもさ、1億年ともう少しの年数なんて言ったら僕等の世界ではあれだし、プテラノドンとかの時代と聞いてパッと思い付くのはあれなんだよ。

 通りで、突打と大剣が主体な訳だよ。


ロリポップ「聖剣? ロボット……何の事?」


ツリピフェラ「お兄さんの世界には、お兄さんの世界の常識が有るの」


聡「仰る通りで御座います」


 やっぱり、この子には勝てないな。

 いや、共存すれば、勝つ必要自体が無いか。

 その十分後、砂浜に乗り上げた僕等は御城に繋がるあの転送装置の有る別荘に到着した。 ラフィちゃんを心配しているロリポップちゃんとは移動中に分かれたけれどあの子を一人にしても大丈夫なのはプリバドとの連立国を作ったからだよね。

 行先固定の転送装置も製造コストの割に使用コストが少ないらしいから安心して使える訳だし、正に至れり尽くせりだね。



シェリナ「御主人様、御待ちしておりました♪

 ……ツリピフェラちゃん、マリアンナさんも、御久し振りですね♪」


 城内で出迎えて早々にツリピフェラちゃんと言い切る辺り、シェリナさんの安定感は健在だね。


聡「シェリナさん、ただいま」


マリアンナ「シェリナ様、御久し振りです♪」


ツリピフェラ「シェリナ様、御久し振りなの」


シェリナ「開催までまだ時間が有りますから、私の御部屋に招待しますね♪」


聡「ありがとう。 御願するよ」


 見覚えの有る通路を通りながら、僕はさっきの事を聞いてみた。


聡「(小声)ねえ、シェリナさん。

 良くチューリップちゃんと見間違えなかったね」


シェリナ「(小声)チューリップちゃんは、微笑み掛けると喜びますからね♪」


聡「(小声)やっぱりシェリナさんは、小型種皆のお姉ちゃんなんだね」


シェリナ「(小声)でしたら、私は聡様のお姉ちゃんにもなって差し上げましょうか♪」



 美人なマリアンナさんに対抗心が湧いたのか、彼女は僕の左から優しく腕を組んで来た。


マリアンナ「あらあら♪ でしたら、私も宜しいですよね」


 シェリナさんを一瞥してから、僕の右側から柔らかく腕を組んだマリアンナお姉ちゃん。 聖域の月明かりの珊瑚と、雪の花を添えた結婚式と言う名前の由来にも頷ける二人に挟まれて正に両手に華な訳だけれど、身長差が少ないからか、むしろ両腕に雪月花なんだよね。


ツリピフェラ「聡お兄さん、両腕に雪月花なの」


聡「東洋怪異には、そんな言葉も有るんだね。

 丁度僕も同じ事を思っていた所だよ」


シェリナ&マリアンナ「そんなに御上手だと、もっと振り向いて欲しくなってしまいます♪」


 僕は、そんな風に囁く柔和な二人の愛情を一身に受けながら、彼女の御部屋に到着した。



シェリナ「御茶の用意ができているので、少々御待ち下さいね♪」


聡「ありがとう。 シェリナさん」


マリアンナ「(小声)良い御嫁さんですね♪」


聡「(小声)お姉ちゃんだって」


ツリピフェラ「相思相愛なの。 正妻のサニアちゃんも、ロピスを渡す訳なの」


聡「ツリピフェラちゃん。

 側室と夫が良い雰囲気の時に、正妻の話をするものじゃないよ」


マリアンナ「御心遣い、感謝致します♪」


ツリピフェラ「小型種の皆は気にしないけれど、他の種族はそうなのね」


聡「木本プリバドは強いのに、他の小型種とも仲良くしていて良い子だね」


 僕がいつも通りにこの子の髪を撫でると、この子は以前とは全く違った反応をして見せた。



ツリピフェラ「木本は、お兄さんが思う程強くはないの。

 本当に強かったら、皆を救えるの」


聡「そっか……プリバドの思う強さって、そう言う意味なんだよね。

 何だか、ごめんね」


ツリピフェラ「大丈夫なの。

 むしろ、ツリ達から見た強者は、聡お兄さんの方なの」


聡「流石にそれは過大評価と言うか、誇張こちょうも有るんじゃないの?」


マリアンナ「スノードロップには、尖った性能をしていても強者に有効な武装は最強格という言葉も有ります。

 生き方においても、この子からの評価には相応の意味が有ると思いますよ」


聡「マリアンナお姉ちゃんも、ありがとう。

 期待に応えられる様に、僕も頑張るよ」


 話が丸く収まったのは良いんだけれど、それだとあの鑓って、強国への対抗手段なのかな? 光や土の斬撃が効かない水龍、火龍、蛇姫にも通る氷の打突……言わば、古代生物特効なんだね。



シェリナ「御待たせ致しました♪

 宜しければ、私は御主人様の左側に掛けさせて下さいね」


聡「確かにそこは、シェリナさんの定位置だよね。

 マリアンナお姉ちゃんは、右側でも良い?」


マリアンナ「はい♪ 東洋怪異と上側の国では、最も信頼を寄せる側近を左側に置くのですが、プレシアやスノードロップでは右腕という言葉の様にこれが右側になり、丁度良いのです♪」


聡「ああ、あれはサニアちゃんが強気だからじゃなかったんだね。

 僕等の世界では、利き手を男女のどちらが空けるかとどちらが前を歩くかで、その二人の性格が分かるんだけれど」


シェリナ&マリアンナ「それは興味深いですね♪

 どう言った法則性なのですか?」


 同時に瞳を輝かせる清楚な御二方。

 確かに、この二人は恋愛とか大好きだからね。



聡「確か、自分の右側を空ける子は相手に頼って欲しくって、その上で前を歩くのは強気な子。 逆に相手の右を空けさせる子は相手に守って欲しくって、その上で後ろを歩くのは謙虚な子」


ツリピフェラ「サニア様が強気で、シェリナ様は謙虚。

 マリアンナお姉さんは控えめ寄りの中間で、真後ろを歩くツリは従順なの」


マリアンナ「凄いですね! 当たっています♪」


 マリアンナさんも謙虚だけれど、国交という観点では完全に当たっているね。


聡「それじゃあ、少しだけ僕等の世界の恋占いの御話もしようか?」


シェリナ「良いですねえ! 是非とも聞かせて下さい♪」


 勿論男性の僕はそこまで恋占いとかには詳しくないけれど、生年月日を星に見立てた物や名前の画数による物、タロットカードを使う物が有るという事は常識だから、それらを大まかに紹介した。



シェリナ「御主人様は、本当に恋に興味が有るのですね! とても興味深い御話でしたが……私にも用意が必要ですし、そろそろ行きましょうか」


聡「その事なんだけれど、僕等は後から行っても良いかな?

 僕達の世界では、こう言うのをサプライズって言うんだけれど、セフィリカさんにも驚いて貰えると思うんだ」


ツリピフェラ「サプライズ……確かに、驚きそうなの」


シェリナ「それは名案ですね!

 それでは私も、聡様の事は話さないでおきますね♪」


 微笑みながら出て行ったシェリナさんを見送りながら、僕は少しだけ悪い事をした気分になる。 あの様子だと、僕等が道半ばで祝勝会を楽しみに戻って来たと思っている筈だよね。


マリアンナ「大丈夫ですよ。

 シェリナ様は、きっと誰よりも聡様の事を信じております」


聡「そうだよね。

 もしかしたら、木本を連れている時点で気付いているのかも知れないし」


ツリピフェラ「そう言う事なの。

 ここから先は、何を聞いたかが大切なの」


聡「そうだね。

 セフィリカさん達を感心させられる位には、考えを纏めておくよ」



 こうして僕は、できた側室の御二方と庭園を眺めていたのだけれど、その数分後、門前に華やかな赤のドレスを纏ったセフィリカさん達がやって来た。


聡「到着したみたいだね。

 それじゃあ、もう少しだけ待ってから行こうか」


マリアンナ「どんな反応をなさるのか、今から楽しみですね♪」


 彼女等の後ろ側に当たる事から、敢えてホールの正面から祝勝会に参加した僕等は、入口に居たメイドのアクアさんの案内で彼女の居るテーブルに到着した。


アクア「(小声)それでは聡様、頑張って下さいね♪」


聡「(小声)アクアさん、今回もありがとう。

 セフィリカさん、御久し振りだね!

 祝勝会が有ると聞いて、サプライズで参加しちゃったよ」



セフィリカ「聡さん!?

 貴男は、サニアさんと私達の賛同者を推理している筈では!?」


マリアンナ「サプライズ、成功ですね!

 セフィリカ様、御久し振りです♪」


ツリピフェラ「セフィリカ様、初めましてなの。

 私はツリピフェラ=フローリスなの」


セフィリカ「聡さん、マリアンナさん、御久し振りです。

 ツリピフェラちゃん、初めまして。 ……サプライズとは驚きましたが、どうしてスノードロップやプリバドと同行を?」


聡「セフィリカさん、驚いてよ! 賛同者が分かったんだ。

 理由も大体、見当が付いている」


セフィリカ「(歓喜)ああ、やりますねえ!」


 案の定、彼女は想像以上の反応をして見せた。



アクア「それは本当ですか?

 その御話、是非ともこのアクアにも御聞かせ下さい」


 アクアさん……ここは上下関係の緩い異世界だし、僕は向こうの人間だから立回りに関しては言及しないけれど、あの直後に戻って来るとか隙が無さ過ぎるよ。


セフィリカ「あらあら、この辺りの方々は抜かりないのですね♪ 是非ともこの後、皆さんを御茶会等に招待したい所ですが、この際ですし今直ぐ貴男の推理を聞かせて頂きましょうか」


 一頻ひとしきり微笑んだ後で、アスピスらしい表情に戻ったセフィリカさん。


聡「それじゃあ話すね。

 僕は、スノードロップ以外には賛同者は全うできないと思っている。

 それでも、これにはきっと長い目で見た全土への貢献とかの理由が有って、彼女等が知り得た知識を兵器応用するなんて事は有り得ないと、信頼してもいるんだ」


セフィリカ「……やりますねえ」



ツリピフェラ「シュクレに協力して貰える、木本の可能性は?

 ツリ達も、皆の事が好きなの」


マリアンナ「ツリピフェラちゃん……」


 驚いて振り向くと、この子はマリアンナさんを庇う様に二歩も前に出ていた。

 ある意味この子らしいけれど、さっきの言葉で世界観に関する謎も一つ解けたよ。


聡「ツリピフェラちゃんが無名だったら、原初の森に留まって暮らしているプリバドはかなり内向きな種族だから、大国を挟んだ対岸のアスピスの賛同者には不適切と言う場面だけれど、姫君の御付きの君がセフィリカさんと初対面だった時点で、木本の女の子は無関係なんだよ」


ツリピフェラ「やっぱり、気付かれたの」


聡「それもマリアンナお姉ちゃんのためでしょう?

 ツリピフェラちゃんは良い子なんだね」


 いつものこの子に戻った所で、僕はツリピフェラちゃんの髪を撫でてあげる。



セフィリカ「ツリピフェラちゃん、マリアンナさんも、聡さんは隠し事をした位で咎める様な人ではありませんし、アスピスの国民も何時かはこの事を全国に知らせる必要が有ると理解はしている訳ですから……私は、彼にでしたら今直ぐ全てを伝えても大丈夫だと思いますよ」


マリアンナ「そうですね。

 聡様、私は貴男の側室なのに、隠し事ばかりでごめんなさいね」


聡「まあ……それだけ、お姉ちゃん達には、お姉ちゃん達の守りたい物が有るという事だよ」


セフィリカ「そうですね。 それでは、これからは私も貴男には彼女等の様に接しますから、余計な隔たりや隠し事はもう無しです♪」


 愁いを帯びた瞳をしながらも、優しく微笑むセフィリカさん。

 彼女等は、もう大丈夫だね。



ツリピフェラ「セフィリカお姉ちゃんも、聡お兄さんの側室になりたいの?」


セフィリカ「そっ、側室!?

 わ……私は別に、そんなつもりで言った訳では!」


 セフィリカさんも、驚くとツンデレするんだ。

 共通項は、長身な中型種だけれど。


アクア「この分なら、大丈夫そうですね。

 それでは、私はこれにて♪」


 一礼してから去って行くアクアさん。

 やっぱり、彼女もかなり姫君らしいよ。



シェリナ「サプライズは、成功しましたか♪」


 振り返ると、セフィリカさんとは対照的な青と白のドレスを纏ったセイレーンがそこに居た。


聡「御蔭様でね。 大成功だよ」


シェリナ「それは良かったですね♪」


 あの時の様に、柔和に微笑むシェリナさん。


聡「前から思っていたけれど、シェリナさんって本当に美人だよね」


シェリナ「あらあら、御主人様は御上手なのですね♪」



セフィリカ「確かに貴女は、アスピスの歴史上の美女にとても良く似ていますね」


聡「アスピスにも、細身な補助魔法型って居たんだ」


セフィリカ「そうなのですが……補助魔法向きな性格や博愛が高く評価されている人物なので、内面という意味ではシェリナさんと言うよりも聡さんなのですよね」


シェリナ「それは興味深いですね♪」


聡「ルベライトさんならまだしも、二人共、僕はれっきとした男性だよ。

 確かに小さい女の子と仲良くしていて後列からの回復補助が得意だと、男性的ではないけれど」


マリアンナ「むしろ柔和な御姉さんですよね♪

 スノードロップですら、もっと攻勢ですのに」


ツリピフェラ「お姉さん達は、古来生物特効の塊なの」


聡「ああ、古代生物の多くが生きているこの世界では、古来生物って言うんだね」


 こう言った状況の中でも、思わずこの子の髪を柔らかく撫でてしまう自分に悲しくなる。


シェリナ「やっぱり、聡様は御優しいのですね♪」


 彼女の理解がその賜物たまものだと言うのなら、僕は喜んで向き合うけれど。



聡「それにしても、光の補助魔法って何なの?

 もしも魔法防御系の効果だったら、絶対僕の適性だと思うんだけれど」


セフィリカ「気付きましたか? あの時はサニアさんも居たので……いえ。

 私がまだ聡さんを信頼し切れていなかったので言い出せませんでしたが、後からこの地に移住したアスピスには独自の魔法観が有り、光の攻撃魔法や補助魔法はその最たる例なのです」


聡「この流れだと補助系だけ第五魔法まで使えそうだけれど、後で効果を教えてね」


セフィリカ「勿論なのですが、私達の歴史書には第五補助魔法だけが載っていないのです」


聡「強力過ぎたから、悪用を避けるために書物に残さなかったのかも知れないね。

 それでも、水の補助魔法から効果を予測して詠唱すれば、手応えは掴めそうだけれど」


シェリナ「ここでも、ゲーム知識オーバーパワーですね♪」


セフィリカ「補助系統の最強は、聡さんで決まりですね。

 できれば今から教えたい所ですが」


シェリナ「でしたら……聡様とセフィリカさんに、二人きりの時間を作って差し上げますね♪ 私に考えが有るので、ダンスが始まる前にこちらに来て下さい」


 近くに居たアスピスの御付きに許可を取り、メイドの様な手際で使われていないホール側面の出入口まで僕等を招いたシェリナさん。 どうやら、ここから側面の最上階に向かえば当分は二人きりになれる見晴台みはらしだいと呼ばれる場所に行けるみたいだね。



セフィリカ「シェリナさん。 御心遣い、感謝致します♪」


シェリナ「どう致しまして♪」


聡「見晴台と呼んでいる上に、今日は片方を空けているなんて、何だかセイレーンらしいね」


シェリナ「御主人様、あんまりそう言った御話に明るいと、尚更意識してしまいます♪」


 俯き加減な上目遣いをして頬を赤らめるシェリナさん。

 僕は、どこを取っても可愛い彼女と優秀過ぎる側室二人に手を振ってから、セフィリカさんとの貸し切りスペースに到着した。



聡「綺麗な夕日だね。 庭園も左右対称に良く整えられている」


セフィリカ「見張り台すらもこの様に演出できる、セイレーンの御国柄に感謝ですね♪」


聡「そうだけれど、本当に嬉しい時はセフィリカさんもこんな風に笑うんだね」


セフィリカ「今までは、難しい情勢の中で緊張していましたからね。

 私達が安心できるのも、聡さんがアスピスを……正式にはカオス・エンジェルである私達を理解して下さった御蔭です」


聡「セフィリカさんも、色々と大変だったんだね。 それなら尚更、これ以上昔の事を話してくれなくても、僕はお姉さん達の味方でいるよ」


セフィリカ「本当に貴男は、私達よりもエンジェルらしい性格をしているのですね。

 ですが、聡さんが初代のアスピスに似ている程、私は貴男の繊細な心が心配になるのです。 貴男だって、年下の恋人に囲まれていると、たまにはお姉さんに甘えてみたくなるでしょう?」


 セフィリカさんは、自身の慎ましやかな胸元に右手を添えると、柔らかく微笑んで見せる。


聡「セフィリカさん……嬉しいけれど、僕はこれでもサニアちゃんを大切にしたいんだよ。 確かに僕はマリアンナさんにも振り向いたけれど、彼女は僕よりも恋に一途だからね」


セフィリカ「そうですよね。

 綺麗にしている女性が、こんな事を言ってはいけませんよね」


聡「気にしないで。

 素直に嬉しかったし、セフィリカさんはそれでも可愛いから」


 愁いを帯びた彼女の雰囲気が美し過ぎて思わず言ってしまったけれど、これは誉め言葉だよね。


セフィリカ「全く、貴男がそんな事を言う様な子だから、私だって意識してしまうのですよ」


 ああ、清楚にしているお姉さんの素だ。

 これはこれで、魅力高いかも。



セフィリカ「それでは、気を取り直して光魔法の練習をしましょうか」


 少しだけ尖らせた口許くちもとを元に戻して、マリアンナお姉ちゃんの様な表情をするセフィリカさん。


聡「攻撃魔法は皆を警戒させちゃうから、補助魔法だけを御願いするね」


セフィリカ「分かっています♪

 光の補助魔法には、第一魔法から順に光耐性 魔法防御上昇 光の属性値上昇 単体に光の盾を作り、範囲魔法とは重複しない強力な光耐性と魔法防御の上昇に加えて軽量武器による物理攻撃も防げる物が有ります」


聡「属性耐性を中心とする水の補助魔法とは少し違った、魔法防御型の総合サポートなんだね」


セフィリカ「属性値はその属性の攻守両方に関与するので、正にその通りですね」


聡「水属性の第五補助魔法には、風耐性に加えて理力の消費を低減する効果が有る訳だから、光属性にも同格の物が有るとすれば、魔法に対する特殊な軽減効果に加えて体力に関係する間接効果が有ると考えるのがセオリーだよね」


セフィリカ「属性以外に対応する抵抗に、直接回復以外の体力系の効果ですか……」


 そう言いながら、彼女は心底意外そうな顔をした。

 水魔法を知らないのなら、無理もないね。



聡「何いずれにせよ、まずは第一魔法からだよね。

 光属性・第一補助魔法!」


 案の定、詠唱した直後に白光が巻き起こり、透明なヴェールが僕等を包み込んだのを感じた。


セフィリカ「やはり、回復魔法を扱える聡さんには光の初級補助魔法は簡単過ぎましたね」


聡「水魔法の時とは、下積みが違うという事だね。

 それじゃあ、光属性・第二補助魔法」


 以外にも、第二魔法も一回で発動できた。

 むしろ、初見で回復魔法を覚えた事から比べれば、主属性の補助系統はそこまで難しくないのかも知れないね。



聡「次は中級だから、一回では発動できないかも知れないね。

 光属性・第三補助魔法!」


セフィリカ「……流石にこれは、難しい様ですね」


聡「それでも、第四魔法は単独戦闘向きだから、ここまで感覚を掴めれば十分だよ」


セフィリカ「そうですね。

 貴男は大将戦という柄では有りませんし、正に適材適所ですね」


聡「そうだね。 本当はロウ・エンジェル達とも仲良くできれば一番なんだけれど、両陣営の被害を最小に抑えて勝つには防御魔法が必要だし、説得するにも足場の確保は重要だよね」


セフィリカ「正に、和睦を導くための信仰魔法ですね」


聡「僕等の世界には、ペンは剣よりも強いという言葉が有るんだ。

 僕は、人の精神を武器の強さと正面から比べたあの言葉は好きではないんだけど、和睦は覇道よりも器用だと思ってる」


セフィリカ「……貴男も、私達とさほど変わらない境遇に居たのですね」


 流石に言い過ぎたかも知れないけれど、今回は彼女等の命運が関わっているから僕は引かない。



聡「ねえ、セフィリカさん。 お姉さん達はエンジェルの歴史を悲観しているみたいだけれど、僕は少なくともこの地に移住したアスピスの行動には殆ど非は無かったと思いたいよ。 この地で起きた1000年以上前の戦争の時の木本プリバドみたいに、巻き込まれただけと信じている」


セフィリカ「聡さん……」


聡「全体の3割が完璧に動いても、7割の行動次第では不幸を避けられない場合も有る筈だよ。 きっと、そう言う事なんだって、僕は貴女達の事を信じているんだ」


セフィリカ「ロウ・エンジェルを悪く思う気は有りませんが、幾分いくぶんか気が楽になりました。

 私はお姉さんなのに、これでは貴男の妹分ですよね。

 それでも、素直に嬉しかったですよ♪」


聡「やっと、この話題でも笑ってくれたね。

 セフィリカさん、分かってくれてありがとう」


 御互いに気恥ずかしくなったものの、彼女は柔和な笑みでその静寂を破った。



セフィリカ「こちらこそ、有難う御座います。

 それでは、そろそろホールに戻りましょうか。

 ……何だか、これでは恋人みたいですね♪」


聡「そうだね。 できれば、僕の右前を歩いて欲しいな」


セフィリカ「あらあら、貴男は思いの他甘えん坊さんなのですね♪」


 やっぱり彼女は、人間の女性よりも強いけれど、それ以上の愛情を兼ね備えた天使なんだね。


ツリピフェラ「(ピクンッ)聡お兄さんが、帰って来たの」


シェリナ「あらあら、愛の成せるわざでしょうか?」


 あれ、もう皆がこっちの方に振り向いているけれど……ツリピフェラちゃんかな?



聡「皆、ただいま。 やっぱり、ツリピフェラちゃんなのかな?」


ツリピフェラ「ツリ、分かんない」


シェリナ「あらあら♪」


セフィリカ「その様ですね♪ やはり、側室ともなると違いますね!」


マリアンナ「ツリピフェラちゃんは、特別です。

 セフィリカ様も、御望みであれば……」


セフィリカ「私には、難局に有る国の姫君としての務めが有りますし、私はもう十分聡さんに支えて頂きましたからね♪」


ツリピフェラ「セフィリカ様……身内の外部勢力とは、もう向き合えそうなの?」


聡&セフィリカ&マリアンナ「え!?」


シェリナ「あらあら、考察勢なのですね♪」


セフィリカ「この辺りには、最強格が多過ぎます! やりますねえ♪」


 やっぱり、彼女が現れると、この台詞で締め括られるんだね。



シェリナ「そろそろ閉会ですが、聡様はこの後どうなさいますか?」


 ああ、僕等が空けていた間に、祝勝会も終盤に差し掛かっていたんだね。


聡「勿論名残惜しさも有るけれど、僕等には小蔭ちゃんの居る東洋怪異の国に用が有るからね」


セフィリカ「でしたら、アスピスの御城までは私達と一緒に参りませんか?」


聡「そうさせて貰うね。

 シェリナさん、本当に良くして貰っているのに、何だかごめんね」


シェリナ「いえいえ。 御主人様のためですからね♪」


マリアンナ「シェリナ様、本当に有難う御座います」


 こうして僕等は、閉会と共に風珠に乗り込み、光の魔法具で飛ぶセフィリカさん達と同行した。

 祝勝会を終えた僕等がアスピスの国に入った頃には、もう夜になっていた。

 とは言っても、昨日の夜中に下側のシュクレから左側のスノードロップに出発した訳だから、物凄い進展だよね。



セフィリカ「折角貴男方に来て頂いたのですから、観光にでも招待できれば良かったのですが」


 硬派な彼女には、むしろその事が気に成っていたみたいだね。

 僕等は、一旦風珠から降りる。


聡「気にしないで。

 僕はこの世界に遊びに来た訳ではないし、東洋怪異の国には小蔭ちゃんを待たせているからね」


セフィリカ「貴男は、あの国の家臣にも面識が有るのですか!?」


マリアンナ「……随分と顔の効く来訪者なのですね」


聡「シェリナさんと小蔭ちゃんも、サニアちゃんの様な旧友だからね」


ツリピフェラ「お兄さんの好みは、その時に決まったのね」


聡「きっとそれも有ると思うけれど、あの子達とは一目惚れの方が大きかったと思うんだ」


セフィリカ「離れ離れに暮らしていても、心は繋がっているのですね♪」


 こう言った御話でも、彼女が笑ってくれる様になった事が、何だか微笑ましい。



聡「(小声)セフィリカさんも、ロウ・エンジェルとそんな関係になれたら良いよね」


セフィリカ「(小声)実は、私は現在の彼女等とは全く面識が無いのです。

 単一種の国なので、歴史書に載っている女性と似ている筈では有りますが……」


聡「(小声)そうだよね。 対立から離れ離れになった上に、相手の方が多数派なら近付こうとする事自体が危険な筈だし、相手側も反旗を翻されないか警戒している可能性が高いよね」


セフィリカ「(小声)それどころか、先に潰してしまおうと捜している可能性すら有るのです」


 敢えて私達をと言わない辺りが、彼女の本音を如実にょじつに表している。



聡「(小声)それじゃあ、敢えて全国的に戦闘準備をして、模擬戦の様に迎え撃つのも良いかも知れないね。

 天使なら上空から捜す筈だから上に攻撃魔法を放てばきっと目印になると思うし、第四魔法までの一発なら疑われたとしてもこの大地での他国への目印と言い逃れる事もできると思うんだ」


セフィリカ「(小声)皆さんを巻き込む訳には……」


聡「(小声)そう言った状況になった場合は、相手側は部外者の巻き添えも厭いとわない筈だよ。 何時いつかセイレーン辺りが巻き込まれる事を考えると、軽量武器では刃が立たない木本や大型種を連れて来て、コア投げと身代わり石で安定して勝った方が、手を出して来なくなると思うんだ」


セフィリカ「(小声)確かに貴男の言う通りにした方が、今後のためになるかも知れませんが」


聡「(小声)それじゃあ、東洋怪異やサラマンダーに相談してみて、全国的な気運を調べてから報告しに戻って来るよ。

 事と次第によっては、ミックスフロートも借りられると思うし」


セフィリカ「(小声)……そうですね。 ロウ・エンジェルは劣勢に立たされた事が一度も無い事が満身の理由になっている感が有りますし、共闘を機に他種族との距離が縮まるのであれば強襲される危険性すら有るアスピスの未来も安定します。

 その話、乗りましょう。

 それと、光の魔法具は特殊な魔力を帯びるためその持ち主が近付いている場合は、私達には遠くに居る内から分かるのです。 ですから、事前の連絡も可能ですよ」


聡「(小声)そうなんだ。 それなら安心だね」


 エンジェルの歴史に詳しいセフィリカさんには理解して貰えたけれど、これは全面戦争の提案だ。

 これ以降、僕がその方向に進み続けるのであれば、この日は良くも悪くも僕等の運命の分岐点となる訳だけれど、この行動は全てが終わった後に振り返っても果たして正義と呼べる物なのだろうか?



7~9話の後書き

 人物紹介にも有る通り、本作は精霊界の姫君と恋をした主人公が、常に彼女等と比べられていて出逢いの無い姫君の御付きを側室として御城に連れて帰るハーレム型のシンデレラストーリーと考える事もできますよね。

 人物構成も生粋の西洋美人ですし、勇者表現も有るとは言え、本作は幼少期に童話から入った女性向けなのかも知れません。

 7人目の恋人やセフィリカさんよりも強力な中型種については、10~12話の御楽しみと致しましょう!

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