第1話 異世界への導き
プロローグ 回想
これは、僕こと
成人式を迎えた今でも、僕は時々あの日の事を思い出している。
幼少期の僕は、いつも近所の
秘密基地と言っても、やる事は友人と集まってゲームソフトをプレイしたり、一人で本を読みながら
夏休みのあの日は、友人とはスポーツクラブ等の理由で都合が合わず、僕は少々退屈な時間を過ごしていた訳だけれど、その平穏はこの直後の出来事によって一瞬にして崩れ去った。
ぼんやりと、目の前の
僕が思わず目を閉じ、白光が治まったのを感じてから目を開けると、眼前には白い蝶の模様が入った黒い和服を着た、黒猫耳と一本の尻尾を持つ女の子が困惑した様子で佇んでいた。
聡「えっと、怪我は無いかな? 迷子なら、付き合うけれど」
僕がしっかりしないと! って声を掛けてみたけれど、もっと気の利いた言葉が有ったかも。
黒猫耳の少女「ケガとかは、していないみたいなの。 おにいちゃん、ここはどこ?」
僕の後悔とは裏腹に、この子は安心した様子で僕に
幸い言葉は通じるみたいだけれど……これは、本格的に迷子だね。
寂しがって泣きそうになるこの子をあやしながら、僕が数分掛かりで少しずつ話を聞き出して分かったのは、この子が魔力で循環している異世界の東洋怪異の国の出身である事と、彼女はその世界の中心に有る湖に触れたと思ったらこちらの世界に居たという事だけだった。
小さい子の相手とか、もっと練習しておいた方が良かったかな。 僕がそう思い始めた頃に、この子は何かを決心した様子で、たどたどしくも話し始めてくれた。
黒猫耳の少女「私は……
聡「ありがとう」
小蔭「あの湖はね、本当は王家の人しか近付いちゃいけないの。
小蔭、分かっていたの。
でも、それだといつか蛇姫様に置いて行かれちゃう気がして、寂しかったの」
聡「そっか。 それで、自分も一緒の事がしたくて、湖に近付いたんだね」
小蔭「そうなの。 おにいちゃん、ごめんなさい」
聡「謝らなくても良い。
謝らなくても、僕は君を責めたりしないよ」
こんなに小さい女の子の、こんなにも純粋な気持ちを、僕には責められる訳がなかった。
僕が何も言わずにこの子の黒髪を撫でていると、泣きそうだった小蔭ちゃんの瞳に、少しずつ希望の色が戻り始めた。
小蔭「それでも、王家の人は、湖の近く同士ならオリハルコンの魔道具で御話ができるから、もしかしたら……助けを呼んで来てくれると思うの」
聡「範囲の限られているスマホの様な物が有るのなら、きっと助けが来るね。
ここに居れば安心だから、僕と一緒に待っていると良いよ」
小蔭「おにいちゃん……ありがとうなの」
恥ずかしそうに俯くこの子と一緒に五分程待った頃、目の前の水面にストレートの水色の髪と白い清楚なデザインのローブ風の服が印象的な少女が映ると、先程の様に辺りが光り輝いた。
聡「どうやら、助けに来てくれたみたいだね!」
小蔭「そうみたい!」
僕等が強烈な光に少しだけ声を荒げると、目の前には三日月の珊瑚形の髪飾りを付けた九歳位の少女が、柔和な笑みを浮かべて立っていた。 彼女の服装と
彼女は優しそうな雰囲気を纏っていたけれど、僕の胸に御顔を隠す様に抱き着いた小蔭ちゃんの両腕には、叱られるのを警戒してか少なからず力が籠っていた。
柔和な少女「小蔭ちゃん、もう大丈夫よ。
驚かせてしまいましたね。
私は、セイレーンの国の次期姫君で、シェリナ=ウィズ=セレスティアルと申します」
聡「僕は、志方聡って言うんだ。 初めまして」
あれ、言葉が通じている?
……ああ、時期姫君を名乗る彼女が、東洋怪異の国の王家と通訳無しで話せるとすれば、小蔭ちゃんに通じている日本語が分かるのも当然かも知れないね。
シェリナ「聡さんですね、初めまして。
あら、小蔭ちゃんって、男の子には人見知りする子なのかなって思っていたけれど、この尻尾は……クスクス、優しいお兄さんなのね」
シェリナさんが硝子細工の様な笑みを浮かべると、小蔭ちゃんはようやく彼女に振り向いた。
小蔭「うん。 とっても優しい、おにいちゃんなの」
艶やかな黒猫耳を横に下げながら真赤になる小蔭ちゃんの様子に、和装の女の子って言うのも素朴な感じで良いなと見惚れていると、シェリナさんも顔を赤らめながら続けた。
シェリナ「男の方って、やっぱり女の子の可愛らしい仕草が大好きなのですね♪
私の国では、女性は物腰穏やかに、清楚にしているのが好ましいと言われておりますが」
聡「シェリナさんも、可愛いよ」
シェリナ「まあ……」
意外な程直ぐに平静を取り戻した彼女を見て尚更赤くなった僕は、慌てて話題を戻した。
聡「二人は、向こうの世界の子なんだよね。
こっちには、どの位居られるの?」
シェリナ「今日でしたら、いつでも帰れると思います。
こちら側との往復は初めてですから、確実に成功するとは言えませんが……今日は丁度、湖の魔力が高まる14日目なので」
聡「それなら、二人で僕の家に来ない? 御土産に、渡したい物が有るんだ」
僕は二人を連れて実家の門前まで帰ると、一人だけで家に入って日本語の辞書を取って来た。 どうしてかって? 僕には考えが有ったんだ。
もしも向こうの世界で次に何かが起こった時に、異世界の理解に熱心な子全員に言葉が通じれば、僕も何かに協力できるかも知れないからね。
他の人は異世界自体を信じないだろうし、信じても行くのを怖がると思うから、僕一人の協力ではとても解決には至らないかも知れないけれど……もしこの子達が窮地に立たされる事が有ったら、僕は絶対にその隣に居てあげたいって思ったんだ。
それに、そんな事が起こらなくても、辞書に書かれたこちらの世界の知恵が向こうの世界の発展に役立つかも知れないと、この時の僕は考えたんだ。
夏休みなのに帰り道が日本語の授業と化すのは分かっていたけれど、あの子達が相手だったからか不思議と退屈には感じなかった。
その結果、異世界の情報は行きの20分位しか聞けなかった訳だけれど、向こうでは湖の魔力が高まる14日目が吉日とされている事、小蔭ちゃんが仕えている蛇姫様は儀式等で用が有る時以外は吉日にしか湖には近付かない事、吉日には多国の姫君が湖の近くに有る別荘に来る事等が聞けたから、こっちの世界に飛ばされた小蔭ちゃんを、水に強くてオリハルコン製の魔道具を持つ他国の次期姫君が助けに来れたのは、偶然ではなく必然だったという事までは理解できた。
もしかしたら、神影神社の泉は昔から定期的に異世界に繋がってはいたけれど、向こうの人が水面を見た時に誰もそれに気付かなかったのか、過去に誰かが飛ばされた事が有ったとしても、その人も他人には信じて貰えないと直後に帰って来て秘密にしたのかも知れないね。
そんな事を考えながら、僕等は神影神社に戻って来た。
聡「一人にさせるのは不安だったから一緒に歩いて貰ったけれど、疲れたかな?」
小蔭「おにいちゃんとのお話が楽しかったから、平気なの♪」
シェリナ「向こうの世界でも、徒歩で移動する事は有るので大丈夫でしたよ」
聡「良かった。 これで御別れなのは寂しいけれど、楽しかったよ」
小蔭「おにいちゃんも、こっちに来れば良いのに……」
腰の後ろで手を結んで、友達を待つ子供の様にじれったそうにする小蔭ちゃん。
シェリナ「小蔭ちゃん、聡さんには、聡さん達の世界が有るのですよ。
私も寂しいですが、もし機会が有りましたら、また御会いしましょうね」
こういう時は、シェリナさんの冷静さが有り難い。
僕は、彼女の思慮深さに感謝しながら、別れの言葉を口にした。
聡「吉日が14日置きなら、こっちは毎回日曜日だから、なるべくいつもここにやって来るよ。
だから、もしもそっちで何かが起きたら、きっとまた僕を呼びに来てね!」
小蔭「分かったの。 おにいちゃん、またねなの!」
シェリナ「聡さん、もしも貴男が大人に成った時に未婚でしたら……その時は、私達の世界に御嫁さんを探しに来ると良いですね。
……きっと、貴男好みの女性が見付かる筈ですよ」
聡「えっ、それって」
シェリナ「そのままの意味です♪ それでは」
最後の方は囁く様に言われて、僕は柔らかく手を振るシェリナさんから目が離せなかった。
第一話 異世界への導き
あれから僕は、日曜日の度に神影神社に通い続けた。
と言うのも、僕には直に二週間が待ち切れなくなったからだけれど、なんと一週目の時点から水面に彼女が映ったんだ!
まさかと思って他の日の学校帰りとかにも見に行ってみたけれど、どうやら毎回日曜日のみが吉日らしかった。
これでは、あちらの時間が倍速……つまり、午後3時が午前6時なんだね。
それでも、この時の僕の予想はその斜め上を行く事実により部分的に否定された。
僕等の関係は、吉日の度に水面越しに手を振り合う文字通りの遠距離恋愛だったのだけれど、数回通った辺りから水面の右側にはシェリナさんが、左側には姫君を思わせる黒を基調としたドレス姿の5歳位の女の子が映る様になったんだ。
暗い水色の髪をしたこの女の子も、僕に興味が有るみたいで手を振ってくれる様になったけれど、この子はシェリナさんよりも熱心な……そう、丁度僕位の熱心さだった。
御互いに微笑んで手を振り合うとシェリナさんは満足気に帰るけれど、この女の子は母親に連れて帰られるか、僕が一度目を離すまでこちらを見ていた。
でも、この子の成長速度……明らかに半分位なんだ。
成長期の幼女である以上種族の特性は考えにくいから時空や食料の違いによる筈だけれど、これだと生物以外の時間は倍速なのに、生物から見た時間はその四分の一の半分みたいだね。
不思議な話だけれど、物の成立ちから違う可能性すら有る異世界の現象なのだからと納得する。 これは聞き齧りの知識だけれど、恒星との位置関係や自転の速度、テロメアに作用する食料等が関与していれば、現実的にも有り得ない話ではないし。
それと、小蔭ちゃんはあの一件が応えたのか数週間に一回だけ顔を見せてくれるけれど、いつしか僕は、あの子やシェリナさん以上に僕と気長に向き合ってくれる、ドレス姿の小さい女の子にも特別な感情を抱く様になっていた。
勿論、シェリナさんも女性として本当に魅力的な人だし、小蔭ちゃんに何か有った時は誰よりも僕が味方でいてあげたいと思っているけれど、あの子は10年越しの付き合いの中で僕と一番気が有った子だからね。
過去の経験から異世界を信じている僕が彼女等の間で揺れてしまう事については、許して欲しいとも言いたくなる。
彼女の言葉を大切に覚えている僕は、水面越しでも何回後に長期滞在できる夏休みに入るかが分かる様に、数字の下に横矢印とウェディングドレスを描いた紙を用意して、矢印に合わせて指で数字を数える手振りをする事で、彼女とその左に映る女の子にその旨を伝えた。
家族には、帰省した友人と一カ月の本州旅行に行くとだけ伝えた訳だけれど、向こう側で恋人が見付かった後にもう一つの選択をする可能性も考えると、ある程度の非情は必要だからね。
(それに、この頃の日本には、まだあのウイルスは出現すらしていなかったからね)
後は、泉を保守してくれる協力者の神主さんが秘密を守り通せるかと、皆に気付かれない様に旅行用の荷物を向こうに運べるかを祈るばかりだよ。
……こうして僕は、運命の夏休みを迎える。
夏休みか。
シェリナさんは、ウェディングドレスの絵を見て瞳を輝かせていたけれど、僕が本当に好きなのは、むしろあの女の子ではないか?
あの頃と全く変わらない神社の泉を眺めながら、いけない。
こんな心持ちのまま彼女等を迎えたら、それこそ失礼だ。
皆に全力で接してみて、一番気が合う子と結ばれるのが建設的だろうと、僕は余計な感情を追い払う。
すると、あの時と全く同じ様に辺り一面が光り輝いた!
白光が治まると、僕の眼前にはあの頃の雰囲気を残して僕の半分だけ成長した二人が期待に満ちた表情で立っていた。
普段は穏やかにしている僕も、これには思わず声が高鳴る。
聡「二人とも、御久しぶりだね! 来てくれて、ありがとう」
小蔭「お兄ちゃん、御久し振りなの!」
11歳位の小蔭ちゃんは、案の定な……上級者向けな、和装のなのロリだね。
なのロリって言うのは語尾がなのになる小さい女の子を示す言葉で、僕の周囲では近年流行り始めている新属性なんだ。
シェリナ「聡様、御久し振りです。 そして、御主人様、御待たせ致しました」
14歳位のシェリナさんは、メイドな御嫁さんの雰囲気を纏った、長身で清楚な御姫様だね。
二人共、凄い攻撃力だな……唖然とする僕の沈黙を破ったのは、以外にもなのロリの方だった。 この子にしては珍しく、とても真剣な目をしているね。
小蔭「聡お兄ちゃん、優しい蛇姫様を、東洋怪異の国を救って欲しいの!」
聡「そっか。 ……本当に、僕の助けが必要な時が来たんだね」
シェリナ「御主人様、左様で御座います。 貿易や内政という意味では事足りているのですが……今回は一発触発の状況ですので、是非とも聡様の英知を御借りしたいのです」
聡「戦術ゲームで和睦エンドを目指す様な物だね。
話の流れからして、今はその蛇姫様が戦火に巻き込まれ掛けているか、疑われている段階だと思うけれど……分かった、協力するよ」
シェリナ「流石は聡様、御察しの通りです!
本当は、過去の千年の様に平和な時期に私達の世界に御招きしたかったのですが、これでは御嫁さんを探しにくいかも知れませんね」
聡「こういう時は、持ちつ持たれつだよ」
こんな情勢に直面していても、僕を第一に考えて物憂げな表情で思案してくれる愛情の深さは、きっとシェリナさん特有の魅力だね。
それにしても、一千年も世界平和が続くなんて、向こうの人達はいったいどんな精神性をしているのだろうか?
小蔭「お兄ちゃん、ありがとうなの! 優しいお兄ちゃんで、良かったの!」
シェリナ「有難う御座います。
状勢について補足をすると、各国の疑心暗鬼の原因は、大地や湖から取り込まれているマナ以上に、生成されているオリハルコンの量が多い事です」
冷静に解説するシェリナさんの隣で、小さい女の子の様に歓喜する小蔭ちゃん。
あの日とは随分印象が違うけれど、きっとあの時は思わぬ事態に怯えていたからだよね。
シェリナ「小蔭ちゃんって、随分大きくなったと思っていたけれど……優しい御兄さんの前では、まだまだ小さい女の子なのね♪」
本当の御姉さんの様に、慈愛に満ちた笑みを浮かべるシェリナさん。
聡「同感。 ところで、どこかがそんな技術を確立したと考えると黒幕の国はきっと強いよ」
小蔭「だから、元から強過ぎる東洋怪異の国が、一番疑われているの」
聡「事情は分かったよ。
こちら側の人間で、帰還が遅れたり怪我をしても責任を負えるのは僕だけだと思うから、僕は……準備ができたらシェリナさんの国に入るよ」
小蔭「えっ、小蔭の国に来てくれるんじゃないの?」
艶やかな黒い尻尾を丸めて落ち込むこの子が可哀想だから、ちゃんと説明をしてあげる。
聡「東洋怪異の国の潔白を証明するのなら、疑われていなくて動き易い外部の人間がやった方が、信憑性も高くなるし動き易い筈なんだ」
シェリナ「そうですね。
優しい聡様には、きっと補助魔法の習得が必要でしょうし」
ふとした違和感。
けれど、魔法の適性が精神性に依存すると考えれば、筋も通るよね。
小蔭「それじゃあ、折角会えたのに、小蔭から見たらまた直ぐに御別れなの?」
寂しがる小蔭ちゃんを見た僕は、明確に希望が持てる上に筋も通る見立てを話す事にした。 目線を合わせて髪を撫で始めると、この子は決して我儘なんて言わない良い子になってくれる。
小蔭「お兄ちゃん……あたたかぁい」
聡「安心して。
小蔭ちゃんの国が強大過ぎるのなら、むしろそこは黒幕では無いよ」
小蔭「どういう、ことなの?」
聡「圧倒的な強国なら、堅実に内政を固めて周辺国の動きを傍観していても侵略は受けにくいし、貿易品に混ざり得る生産品の改良が他国に国力として警戒される程周辺国が鋭敏なら、国土の有る大国にとっては兵力を隠しながら数割増強する方が動き易い筈だからね」
小蔭「それじゃあ、やっぱり蛇姫様は潔白なのね!」
シェリナ「流石は、御主人様です!」
手を繋いで喜び合う二人。
それでも、次の瞬間シェリナさんの表情がどこか陰の有るものになったのを、僕は見逃せなかった。
シェリナ「それにしても、強国側の目線で考えると、その様な発想もできるのですね」
僕は、美人な彼女にそんな事を言って欲しく無くて、思わずフォローに力が入る。
聡「ずっと、大国の脅威に怯えていたんだね。
それでも、これだけは信じて欲しいんだ。
……誰も、戦争自体なんて望んではいないよ」
シェリナ「そうですよね。 聡様、有難う御座います」
小蔭「お兄ちゃん、かっこ良かったけれど、少し怖かったの」
黒の猫耳を少しだけ降ろして上目遣いをする小蔭ちゃんを見ていると、僕の語気は自然と元に戻った。
聡「そうかも。
異世界に憧れながら、戦術物のガチ勢なんかをして来た僕には、ああ言うのは似合わないよね」
シェリナ「御主人様も、恋に興味が有るのですね♪」
小蔭「お兄ちゃんは、優しいお兄ちゃんが一番なの!」
きっと恋愛ゲームは知らないものの、恋の部分に反応して赤くなるシェリナさんと、安心して微笑む小蔭ちゃん。
これからも、いや、これからは尚更この子達の味方でいてあげよう。
僕が、皆に予め決めておいた内容のメールを送ると、やはりこの子は不思議そうな顔をした。
小蔭「御別れの前に聞いておくけれど、その荷物の中には何が入っているの?」
え、荷物の方を聞くの?
まあ、電話の様な魔法具は有ると聞いたし、姫君の御付きをしているこの子がその辺りに良く気付いても当然か。
聡「これには着替えを入れて来たんだ。
勿論向こうでは、小分けにして運ぶけれどね」
国力に影響する貿易品を理由に疑心暗鬼になる程一般人が鋭敏でも、千年間も魔法による戦争をしない程の女性率だと、
シェリナ「随分と、家庭的な御主人様なのですね。
……それでは、行きましょうか」
僕は、感心するシェリナさんと共に、魔法具と泉の共鳴によって現れた転送陣の中に入った。
小蔭ちゃんとは一旦御別れだけれど、一緒に行動するシェリナさんは次期姫君だから、こちら側の世界の僕も国賓とまでは行かなくても丁重に持成されるだろうという安心感は有った。
光の中に吸い込まれてから砂の上に足が付いたのを感じると、そこはもう湖の前だったけれど、スマホは案の定圏外だった。
……これじゃあ、充電のできない時計付きカメラだね。
引き運も問われるスマホゲームより、プレイヤーの操作が重視されるパッケージ売の戦術物が好みな僕が電源を切ると、シェリナさんは今までよりも一層御姫様らしく僕の方に向き直った。
それに気付いた僕も、姿勢を正して彼女の方に振り返る。
シェリナ「ようこそ、私達の世界へ。
聡様、丁重に御持て成し致します」
聡「シェリナさん、ありがとう。
話には聞いていたけれど、本当に海みたいな湖だね」
シェリナ「あの時、小蔭ちゃんを助ける形になった理由も、これを見たら頷けますよね」
透き通った湖の前で、口許に指先を添えながら苦笑する彼女は、あの頃よりも魅力的だ。
聡「本当だね。
こんなに流れが速いと、水の得意な種族以外は抜け出せないよね」
シェリナ「確かにそうですが……御主人様は、随分とあの子の様な事を言うのですね」
聡「あの子って、小蔭ちゃんと僕は違うでしょう?
流石に、妹分とお兄ちゃんの関係だし」
シェリナ「同感です。
……同感ですが、聡様は何か御自身の変化に気付きませんか?」
やっぱり、あの子の事ではないよね。
今は言及されたくないみたいだし、素直に答えようか。
聡「そう言えば、体が内側から冴え渡る様な、それでいて穏やかな……とても優しい感覚が、全身に広がっているね」
それを聞いた途端、シェリナさんは珍しくも目を見開いて驚いた。
シェリナ「……信仰魔法!? 詳しい話は後にしますが、こちらの世界はあちら側とは時空の流れ等が異なるらしく、立ち入った誰もに等しく魔法の適性が与えられる様なのです」
この言い方だと、歴史書とかに書いて有ったのかな?
聡「その中でも、光と闇は特別な属性。
ファンタジーあるあるだよね」
シェリナ「魔法が無い世界の出身ですのに、良く御存知ですね。
一般に、得意な魔法は種族や精神性に依存して、属性には火水風土と、炎とは弱点同士で水龍にも有効な氷が有ります」
聡「……氷は特殊な水なんだ。
それにしても、信仰魔法ってそれらのどれとも違いそうだね」
シェリナ「そうです。
魔力を得た時の感覚だけでも適性の区別は付くのですが、御主人様が先程述べた様な感覚は、紛れも無く光属性の信仰魔法のそれなのです」
特別な素質を得られて嬉しいのは勿論だけれど、僕は戦争をしに来た訳ではない。
僕は、言葉を選びながら信仰魔法について少しだけ聞いてみる事にした。
聡「戦局をコントロールして和平を導くには都合の良さそうな素質だね」
シェリナ「左様で御座います。
攻撃ができない代わりに、全身全霊を掛けて自他を守り抜く信仰魔法は、正に和睦を導くための魔術なのです」
自分の事の様に瞳を輝かせるシェリナさんを見ていると、回復魔法は供給が課題になる遠征や長期戦の中でこそ真価を発揮する物だけれど、なんて言える訳がない。
……きっと、そう言った意味で、使い方を間違えない人にのみ与えられる能力なんだろうな。
シェリナ「信仰魔法の適性とは、聡様は本当に私の理想の斜め上を行く男性なのですね」
和睦用と言うからには、習得難度に対する性能は控えめだと思うけれど、彼女のこの驚き様を見ると流石に気に成る。
それに、彼女の本気度を考えると、あの時御嫁さんにしてではなく御嫁さんを探しに来ると良いと言った理由も併せて気に成る。
最も、後者については姫君の人数や距離感に彼女の奥ゆかしさを加味すると、その方が自然と言えるのだけれど。
考察モードに入った僕は、前者について真剣に質問してみる。
聡「この世界では、信仰魔法ってそんなに珍しいの?」
シェリナ「少なくとも、私はそれを得意とする御方を初めて見ました。
魔道書の熟読や努力により、副属性として第二魔法までを習得された姫君でしたら、一名だけ知っておりますが」
聡「それじゃあ僕は、その人から魔法を教われたら一番なんだね」
シェリナ「確かにそれができれば一番なのですが、サニアさんには信仰魔法の適性は受け入れ難いと思われます」
彼女は、珍しくも人に対して懐疑的な様子をして見せた。
聡「……その子は、相当な努力をしたんだね」
シェリナ「そうです。
外見こそまだ小柄ですが、伸びしろも考えると最強の総合力を持つと言われる姫君で、公正でありながら良くも悪くも自分に素直な、とても御嬢様らしい御方です」
蛇姫と比べても最強で、御嬢様育ちでありながら公正。
僕は、そのサニアさんという少女に、少なからず興味を抱いた。
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