恋人同士になったと思ったらお互いの親が結婚 そんな一つ屋根の下の物語

魚谷

第1話 一つ屋根の下(渉の場合)(1)

隣にいた母さんから緊張が伝わってくるせいで、こっちまで緊張してしまう。


 母さんはい、白いブラウスと上下クリーム色のジャケット、スカート姿。

 髪型はセミロングの髪をアップにして、真珠をあしらった髪飾りでまとめている。


 そんな母さんの出で立ちを家で見て、

「これから家族になる人たちの前で、おめかししてどうするのさ」

 そう、ぼくが言えば、

「第一印象は大事でしょ」

 と、厳めしい顔で言った。

「子どもを育てるのは初めてじゃないのに」

「あんたは男じゃない。安藤さんちは女の子なのよ? 男と同じって訳にはいかないし……」

「それ、息子に言う言葉じゃないから」


 そんなやりとりをした時には笑顔になった母さんだったが、今ではすっかり笑顔を失い、唇を引き結んで神経質になっていた。


わたる。いい? あちらのお嬢さんたちにお会いしたら……」


 母さんはもう何度言ったか分からないことを、繰り返す。


「分かってるって。挨拶くらい、ちゃんとするに決まってるだろ?」


 内心の気持ちを抑えながら言った。


「そう……そうよね……。あんたが変なことする訳ないもんね」


「あ、うん……」


 そんなやりとりをしている内に、住宅街の中のとある一軒家の前に立った。


 最近見た、ギリシャを舞台にした映画に出ていた、真っ青な海に映えるような真っ白な住宅。

 周囲にある建て売り住宅よりも一回りは大きくて、小さいながら庭もあった。

 芝生の緑が晴れ渡った空や、咲き誇る桜とあいまって眩しい。


「母さん」


 呆然として家を見ていた母さんの袖を引っ張る。


「な、何?」

「これ」


 ぼくが指さした二枚の表札にはそれぞれ、


 ANDO

 INABA


 そう書かれていた。


 母さんは再婚し、名字をぼくの義父になるであろうその人と同じく安藤に変えた。

 INABA――稲葉は、母の旧姓で、今のぼくの姓。


 離婚の時も変えて、また変えるのも面倒だからと、ぼくは稲葉のままにしてもらった。


 最初は母さんも、ぼくが成人するまでは名字は稲葉で、と言ってくれたけれど、ぼくはそれを断った。


「――それじゃあ、鳴らすわね?」

「うん」


 母さんがチャイムを鳴らしてすぐに、「はい!」と威勢のいい、よく通る勢いのある声が聞こえた。


「二人とも、よく来てくれたね! 今、行くよ!」


 その勢いに押されつつ待っていると、すぐに玄関の扉が開く。


 そこには半袖のブランドもののポロシャツにチノパン姿の、豪快そうな大柄な男性――新しい父になる人がいた。


 母さんが深々と頭を下げるのに、ぼくもならう。


陽介ようすけさん。これからお世話になります」

琴音ことねさん。顔を上げて下さい。そんな他人行儀になる必要はありません。これから私たちは、家族なんですから」


 陽介さんが、ぼくを見るや、大きな笑顔を見せた。


「渉君も、そんなのはやめてくれ。さあ、入って入って。これから、ここが君の家になるんだから」


「は、はい」


 陽介さんに背中をそっと促されながら、家に入る。

 ふわっと甘い匂いが、鼻をくすぐった。


 そしてリビングに通される。

 そこにあるソファーセットには、二人の少女がいた。

 

 分かりやすいくらい、鼓動が高鳴ってしまう。


「ほら、一華いちか双葉ふたば。さあ、挨拶をしなさい」


 父親に促され、二人が立ち上がった。


「一華です」


 そう頭を下げたのは、腰まで届く栗色の髪の大人びた雰囲気の少女。

 焦げ茶で、二重の瞳は円らで、鼻筋は通って、唇を薄い。

 ブラウスにロングスカートといのもあいまって、とても清楚で落ち着いたたたずまい。

 

 陽介さんの長女の、一華さんだ。


「双葉です」


 一華さんよりも背が頭一つ分ほど低い、次女の双葉さんは、ワンピース姿。

 髪はセミロングで、前髪に花をあしらった髪留めをしている。

 顔立ちは、一華さんがすぐ隣にいることもあいまって、とても幼げに見えた。

 

「渉です。よろしくお願いします」

 ぼくは二人に頭を下げる。


 陽介さんが言う。


「二人に部屋に用意しているから。さあ、こっちに――」


 その時。


「お父さん。渉君は、私が案内するわ」


 そう言ったのは、一華さんだった。


「そうか。頼んだぞ」

「うん」


 一華さんが円らな瞳を向けてくる。

 彼女が、にこっと微笑む。


「渉くん、こっち」

「あ。はい」


 ぼくはノロノロとついていく。


「渉。一華さんに迷惑をかけちゃダメよっ」


「か、かけないって……!」


 母の余計な一言に声を上げながら、足早に階段を上がっていく。

 もちろん顔を上げると、一華さんのお尻がすぐ目の前にあるから、うつむき気味に。

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