【4th BATTLE】

ビジネススーツで冒険にでかけるのは、案外身動きが取りづらいので、気を付けた方がいい

黒髪おかっぱ vs 薄茶色のセミロング①


 湿った空気が、まとわりつく様に衣服の裏側を撫でる、六月某日――


 生ぬるい雨が、コンクリートの街をしとしととたゆませている。灰色の空が、猫背を丸めながら歩み行く人々を見下ろす。……なんだか、物憂ものうげな雰囲気が漂っている『外の世界』がウソのように――


 「――軍司さーーんッ! 海上ステージの、空飛ぶクジラにライドしたら、アプリ落ちちゃったんすけどッ!」

 「――っだぁ~~っ! なんでだよ!? 最近そのあたりのクライアントコードなんていじってねぇぞ!? ……コウメ!! てめーまた変なデータ入力しただろ!?」



 ――『私』……、『小島こじま 香澄かすみ』が存在する『中の世界』は、やたらと『かしましい』。



 「――あっ、クジラなら、移動速度を少しだけ調整したデータを、さっきマージしたかも――」

 「――っだぁ~~っ! ……てめー、コウメッ! マスターデータを全角入力で入れんなって……、何度言ったらわかるんだよぉぉぉぉぉぉっ!!?」


 軍司さんのだみ声が狭い屋内に響き渡り、コウメちゃんがあわあわと平謝りを繰り返す。


 ――その二人『だけ』じゃない。『怒号』、『絶叫』、『感嘆』、『爆笑』――

 我が社、『アソビ・レボリューション』の執務室は、『喜怒哀楽』がところかまわず勃発している『騒乱のるつぼ』と化しており、ハチの巣をつついたような騒がしさが連日連夜続いていた。


 『ベータ版』納品直前――

 『アルファ版』提出という一つの山を越え、ラストスパートに向かって全力疾走している『ムゲン・ライド』開発チームは、大介や軍司さん、テッさんといったリーダー陣を中心に、奇妙な一体感が生まれていた。


 ……あの頃……、『戦国ドッジ』の時とは、まるで違う――


 『プロジェクトマネージャー』という、ちょっと離れた立場から眺めているとよくわかる。


 あの頃と同じように、連日徹夜で、

 あの頃と同じように、みんな文句ばっかり言ってて、

 あの頃と同じように、身心共にヘトヘトのはずなのに――


 今の方が、圧倒的に、みんなの顔がキラキラしてる。

 『面白いゲームを作りたい』って、誰もが思っている。


 ……『私』を、除いて――――



 たまに、妙な疎外感に襲われることがある。同い年の友達同士で、昔見たアニメの話で盛り上がってる時に、自分だけ、その思い出が無かった時のような――

 ……ゲームを実際に作ってるわけじゃない私は、カヤの外から、ゲームで遊んでいる皆を眺めている、だけ――


 ふと、コウメちゃんの姿が私の目に映る。コウメちゃんは、未だに軍司さんにどやされ続けて、ついに我慢の限界に来たのか、甲高い声で子供みたいに喚き声を上げはじめた。顔を真っ赤にして怒鳴り返す軍司さんとコウメちゃんのやり取りを、私は沈むようなタメ息を吐きながら、呆れた目つきで眺めていた。


 ……まるで子供のケンカね……、いい歳した大人たちの仕事現場とは思えない。……でも……、あの子を見てると、……どこか羨ましいと思ってしまうのは、なんでだろう――


 ――お固いビジネススーツで覆われている私の心臓が、小さな小さな針で、遠慮がちにチクッと刺された。



 「――さん、小島さん?」


 ――ハッ、と意識が戻る。名前を呼ばれた私は声がする方に慌てて顔を向けた。見ると、経理担当の女性社員が、不機嫌そうに口をへの字に曲げながら、私の事をジトーーッと睨んでいる。


 「――あっ、ご、ごめんなさい……、ボーッとしてて……」


 ヘラヘラとごまかすような笑顔を浮かべる私に対して、女性社員がピクリとも顔を動かさず、口をへの字に曲げたまま淡々と言葉をぶつけた。


 「……昨日も確認したと思うんですけど、2Dイラストの製作会社への納品書の送付……、どうなってますか?」


 「……あ、すみません、まだでした……。すぐに対応します」


 ――ハァ~~~っと、耳にまとわりつくように粘っこいため息が、女性社員の口から漏れ出る。


 「……現場が大変お忙しいのはわかりますけど……、月末も近いんで、お願いしますよ……ッ」


 フンッと鼻を鳴らし、カツカツとヒールの音を悪辣に響かせながら、女性社員が私の元を離れていく。ヘラヘラとひきつらせていた口角をスッとおろし、私は小さな息をふぅっと吐き出した。


 ……こんなショボいミスで、あんなヤツに嫌味言われるなんて、クソっ――


 なんだか、最近妙にイライラする。

 「きっと湿度が高いせいだ」と無理に自分を納得させた私は、仕事の海に飛び込んでやろうと、やけくそ気味にエンターキーをタンッと打ち鳴らし、真っ暗になっていたパソコンモニターを叩き起こした。





 ――ひとたび集中力を働かせてしまえば、瞬きをする間に刻は過ぎ去ってしまうものである。

 チラッと時計に目を向けると、時刻は夜の七時を回っていた。なんだかドっと疲れが押し寄せてきた私は、凝り固まった身体をほぐそうとグッと伸びをし、そろそろ切り上げようかなと、何の気なしに周囲に目を向ける。



 ……あれ、あの子……、何やってんのかしら?


 ――ふと、私の視線に映った、挙動不審にうごめく黒髪おかっぱの姿。

 コウメちゃんが、執務室入り口付近に設置されているプリンター機をいじくりまわりながら、なにやらウンウンと唸っている。


 ……もしかしてあの子、『プリンターの使い方』……、知らない……?


 はぁっ、と小さなタメ息をもらしながら、凝り固まった腰を静かに持ち上げようとした私の目に――


 ――初めてのネズミ狩りに息巻く子猫のような目つきで、ぐっと拳を振り上げ、今まさに『プリンター機』に向かって振り下ろそうとしている、コウメちゃんの姿が映る――


 「――ちょっ……、ちょっと、ちょっとっ!? スト~~ップ!!」


 思わず大慌てで駆け寄った私に気づいたコウメちゃんが、ビクッと身体を震わせながら、振り上げた拳をスッと降ろした。


 「……かっ、かすみさ――」

 「――アンタッ!? 今何しようとしたのッ!?」


 おどおどと、つまみ食いが見つかった時の子供みたいな顔を浮かべながら、コウメちゃんがたどたどしく声をつむぐ。


 「……ぷ、プリンター……、動いてくれないから――」

 「――だからって、叩いて解決するもんでもないでしょ!」

 「――う、うちのテレビは、コレで直るから――」

 「――家電と一緒にすなっ!?」


 しゅんっ、と視線を地面に落としたコウメちゃんが、一言「はい……」と、しおらしい声をこぼした。 ――なんだか、この子を『羨ましい』と一瞬でも思った自分がバカみたいで……、私はハハッと、乾いた声で笑った。





 ――ウィーン、ガシャンッ、ウィーン、ガシャンッ、ウィーン――


 仰々しい機械音の滑稽なリズムが、私の耳から耳へと流れていく。隣に立っているコウメちゃんが、ポカンとした表情でまんまるの黒い瞳をキラキラと輝かせていた。


 「……動いた。壊れてなかった……、香澄さんすごい、ありがとう――」


 ……まさか、出力したいデータをそもそもプリンター機に送ってなかったとはね――

 キラキラとした瞳で私を見やるコウメちゃんを、私は思わずジト―ッとした細い目つきで見下ろす。


 「……難しいことじゃないわ、逆に、なんでこんなコトもできないワケ――」

 ――口に出した瞬間、ハッとなる。


 私の眼前……、黒髪おかっぱが、ガクッと垂れる。

 キラキラさせてた瞳をどんより曇らせ、コウメちゃんがしおしおを情けない声を上げた。


 「……ご、ごめんなさい……、私……、みんなが当たり前にできるようなコトが、出来なくて……、私、私ッ――」


 ――私の胸に、真っ赤な罪悪感と、真っ黒な自己嫌悪が、同時に、急速に、立ち込める――


 「――わ、わ、わかればいいのよ!? ……じゃ、じゃあアタシは帰るから――」


 ――その場に居ることが耐えられなくなってしまった私は、コウメちゃんの言葉に被せるように声を投げ捨て、そそくさと自席に戻る。ノートパソコンをパタンっと閉じ、ハンドバッグをひょいと担ぐと、ポカンと口を開けて私の顔を眺めるコウメちゃんを横目に、逃げるように執務室を後にした。





 ……はぁ~~~っ、何やってんだろ、アタシ――


 何度目になるのかもわからない、大仰なタメ息が、私の口から漏れ出る。

 ――きらびやかなネオンライトの明かりに照らされて、幾多の人の影にまみれている私は、ヨロヨロとした足取りで、コツコツと覇気の無いヒールの音を鳴らしている。


 ――自分のミスを棚に上げたあげく人に腹を立てて、年下の無知を見下すことで自分を慰めて――


 ……サイテー、やば……、泣きそうかも――


 ――思ったら最後、目頭にジンワリと熱が帯びてくる。

 ブンブンとかぶりを振ることで、涙を無理やり目の奥に引っ込めた私は、傘を持つ手にギュっと力を入れ、グッと胸を張った。


 ……ダメダメ、こんなしょーもないコトで、いちいち落ち込んでなんてられないわ。私はもっと、『上を目指してる』んだからッ――


 空いばりのちっぽけなプライドを焚き付け、コツコツと再び高飛車なヒールの音を踏み鳴らし始めた私の元に、『懐かしい声』が飛び込む。


 「――あれ、……カスミ、ちゃん…………?」


 ビニール傘を片手に、ピタっと足を止めた私の眼に、真っ赤な和傘に包まれているストレートロングの黒髪が映った。


 「――スミレ……?」



 しとしとと、生ぬるい六月の雨が、私たちの間を縫う様にしたたり落ちる。

 真っ赤な和傘に包まれているストレートロングの黒髪がフワリと揺れ、彼女はニコッと、柔らかい笑顔を私に向けた。



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